| 微かに香る君の風 | |
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遠い、線路の向こう側。
僕の呼びかけに、兄さんが顔を上げる。 「ん?」 強い意志を秘めた瞳は、時折眩しく僕を焦がした。 「……なんでもない」 「なんだよ。言いたいことがあるなら言えよ」 「いいってば」 いらだつ兄さんをなだめる。ただ、その顔が見たかっただけなんて言ったら、 「あ、おい、ちょっと待てよ。アルーッ」 「置いてくよ、兄さんっ」 「こら、ずるいぞっ」 僕を追いかけて兄さんが駆けてくる。僕だけを見てる。
「アル、おまえ、ちょっとは手加減して歩け!!」 兄さんと僕は足の長さが根本的に違うので、ずんずん歩くうちに距離が 「大丈夫? 兄さん」 「大丈夫じゃ、ねえ……」 予想通り、兄さんは息も絶え絶えだった。座り込んでしまったので、僕は 「水飲む?」 「ああ……」 水筒を手渡すと、兄さんはそれをごくごくと飲み始めた。 「ほい」 一息ついた兄さんが僕に水筒を返した。まだポーっとなっていた僕は、 カシャン。 「―――あ」 受けそびれ、水筒を落としてしまう。 「あああ〜、おまえ、これ最後なのに……」 「ご、ごめん兄さんっ」 「ま、いいけどな」 そういって苦笑する顔さえ、今は眩しかった。 好きすぎて、困るよ。 座り込んだまま、しばらく過ごす。 「なあ、アル」 「ん?」 「あの、さ」 「…………」 「おまえが、オレのこと、好きだなあって思うのはどんな時だ?」 「い、いきなり何言い出すんだい兄さんっ」 「だ、だって!! 気になる、だろ……なんか、そういうのって!!」 真っ赤な顔をして兄さんが言う。何言ってるんだよ。いつだって、 「じゃあ兄さんは、どんなときに、僕が好きだと思うのさ」 「えっ……」 ―――それこそ、ユデダコのように兄さんは真っ赤になってしまった。 「あ、あのなあ、そういうのはおまえが先に言えよ」 「何でだよ。兄さんが先に言ったっていいじゃないか」 「う、や、だって、おまえ、ああもぅ……」 兄さんが髪をかきむしっている。あーあ、せっかくのきれいな髪を……。 すっと、手を伸ばす。兄さんの手を軽く押さえるようにして。 「……え?」 「髪。痛むよ」 顔を覗き込むようにして、手を下ろさせる。そうして、髪を撫で付けた。 「あ……」 兄さんは、口を大きく開けたかと思うと、急にうつむいてしまった。 「兄さん?」 「…………」 「?」 「……おまえ、それ、わかってて、やってる……わけないんだよな」 顔を上げた兄さんは、真っ赤な顔をさらに赤くして。 「どうしたの、兄さん」 「あーあ……まったく、鈍い弟を持つと苦労するぜ……」 「はあ? 鈍いのは兄さんだろー!!」 「何言ってんだよ、おまえ、……自覚なしのタラシ野郎め」 最後のほうは、声が小さくて聞き取れなかった。 「なんか、よくわかんないんだけど、兄さん僕のことばかにしてる?」 「そーおでーす」 すっくと立ち上がったか思うと、兄さんはズボンについた砂を払い始めた。 「……そろそろ行くぞ。夕方までに町に着かないと」 そう言って上げた顔はりりしい。兄さんは切り替えの早い人だった。 「アル?」 屈んで僕を見る兄さん。その手をぐいっと引き寄せた。 「え――――」 「……24時間いつだって。 兄さんを愛してる」 腕の中の人へ。 かーっ。 元に戻っていた兄さんの顔が、また真っ赤になった。 「お。おまえよくそんなことを臆面もなくおまえ…っ」 「兄さん、言ってることがめちゃくちゃだよ」 笑って言うと。 「ばかやろっ、もう、おまえはっ、…離せよっ」 「もうちょっとだけ」 ぎゅうっと抱きしめる。 「おまえ、わがまま」 「そうかな……」 「うん。すごく」 その声が、セリフとは裏腹に優しくて。僕は嬉しい。 「オレもな?」 「ん?」 「おまえのこと、好きだと思う。24時間」 「…兄さん、それ、殺し文句だよ…」 「お、お前がさっき言ったセリフだぁっ!!」 またじたばたと兄さんが暴れてしまって、僕は慌てて抑えた。 「兄さんってば、じゃじゃ馬なんだから」 「なぁにー!?」 「いや、嘘です。うそ」 「しっかり聞こえたってーの。…ほら、そろそろ離せ」 日没までに、間に合わなくなるから。 そういって兄さんは僕を促す。 「兄さん…」 思わず、背中に呼びかける。 「アルフォンス。行くぞ」 振り返った兄さんの瞳は、澄んでいてとてもきれい。 24時間本当に、兄さんが好きだ。 兄さんしか、見えない。
「え?」 「今はおまえしかいないよ。アル」 まっすぐな瞳。風が吹いて流れる髪。それを軽く押さえる手。
君の瞳の中に、僕がいることを。
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