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ある冬の日。エルリック兄弟は、いつもどおり一緒に朝食をとっていた。
「兄さん、今日は早く帰れる?」
アルフォンスが、向かいでパンをほおばっているエドワードに訊く。
アルフォンスが年相応な元の身体を取り戻してから、エドワードは国家錬金術師の身分を返上した。しかし、エドワードは研究者として生きる道を選択し、結局は国の所有する機関…この国では軍と繋がることを意味する…に勤めている。
その為、学生をやり直しているアルフォンスに比べて、エドワードが帰宅する時間は不確定だった。
「ああ、そうそう。今晩な、ロイに夕食に誘われてんだ」
エドワードの言葉に、アルフォンスが微かに眉をひそめる。
ロイとは、エドワードが国家錬金術師の資格を返上した時点で、一応、縁が切れている。
しかし、ロイはエドワードが国家錬金術師をやめる際、友人づきあいを申し出たのだった。エドワードはそんなロイの申し出を受け入れ、それ以来、彼のことを肩書きではなく名前で呼ぶようになった。
「なんでも奢ってくれるっつーからさ、おまえとリザさんを誘って4人で食事したらどうかと思うんだけど、どうだ?」
エドワードの提案に、アルフォンスは、今度ははっきりと眉間にしわを寄せた。
「ボクは嫌だな」
不機嫌に綴られた言葉に、エドワードは目を丸くする。
「なに?用事でもあるのか?」
エドワードの問いに、アルフォンスは口を尖らせた。
「用事なんかないよ。でもボク、今日の夜は兄さんとふたりで食事がしたい。この家で」
アルフォンスの言葉に、エドワードは戸惑う。
「えーと…?でもさ、せっかくロイが奢ってくれるって言ってるんだしさ。うんと高いもんを食ってやろうぜ?」
エドワードの提案に、アルフォンスは首を横に振った。
「別に、お金に困っているわけじゃないでしょ。食べたければ、自分のお金で食べに行けるじゃないか。ボクは、ロイさんと食事をするのは嫌だ」
はっきりとしたアルフォンスの言葉に、エドワードは驚いた。
「アル…?おまえ、ロイのこと嫌いだったっけ?」
エドワードの問いに。
「うん。あんまり好きじゃない」
アルフォンスは、きっぱりと言い切った。
「…なんか、珍しいな。アルがそんなこと言うの…」
エドワードはまだ戸惑っている。いつもと様子の違うアルフォンスに。
「わかったよ、アル。おまえがそう言うのなら、ロイの誘いは断る。今晩は、ふたりで食事しよう?」
エドワードが微笑みと共にくれた言葉に、アルフォンスは満面の笑顔を浮かべた。
「ありがとう!ボク、頑張って美味しい料理を作るから、今日は早く帰ってきてね!」
アルフォンスの様子に、エドワードは微笑を深くする。
「ああ、わかったよ。アル」
その言葉に、アルフォンスは本当に嬉しそうに笑った。
その夜、約束どおり早めに帰宅したエドワードは。その光景を見て、しばし言葉をなくした。
「…一体、今日はなんの祝いだ?」
エドワードの視線の先。テーブルの上には。
所狭しと豪華な料理が並んでいる。しかも、それらは全てアルフォンスの手作りだ。アルフォンスはどれだけの時間と労力をこの料理達に注いだのだろう、とエドワードは頭の隅で考える。
スープにパン、サラダにキッシュ。エドワードの好物のシチューはパイ包みになっている。他にも魚介を使った料理等、豊富に揃っていたが、メインはローストチキンのようだ。
明らかに特別な食卓に、エドワードは戸惑っていた。記憶の中を探しても、今日が特別な日だという心当たりがない。
そんなエドワードに、アルフォンスはにっこりと微笑んだ。
「いいから、兄さん座って」
アルフォンスはエドワードを食卓に着かせる。そして、用意しておいた食前酒をグラスに注ぐと、自分も席に着く。
「乾杯。兄さん」
アルフォンスは自分の持つグラスを、エドワードに持たせたグラスに軽く触れさせる。グラスの触れ合う、小さく高い音が響いた。
「…だから、何に乾杯してるんだ?今日はなんの日なんだ?」
顔をしかめるエドワードに、アルフォンスは小さく笑った。
「兄さん、覚えてないんだ。今日は『恋人たちの日』だよ」
「恋…?」
アルフォンスの答えにも、エドワードは益々顔をしかめるだけだ。
「愛する人と一緒に食事をする日。恋人とは限らなくて、家族で過ごす人も多いんだよ。そして翌日は、一番最初におはようって言い合う。そうしたら、それから1年間、一緒にいられるんだって」
アルフォンスの説明に、エドワードは首を傾げる。
「そういや、誰かそんなこと言って騒いでたような…?」
興味のないことに関してのエドワードの認識に、アルフォンスは苦笑をこぼす。
「兄さん、覚えてないかな?昔、母さんが、いつもこの日にごちそう作ってただろ」
エドワードは、その言葉にピクリと反応した。
「それから翌朝は必ず、おはよう、大好きよって、ボク達にキスしてくれた。…今になって思うんだけど、母さんはボク達に言いながら、そこにいない父さんにも言ってたんじゃないかな。大好きよ、側にいてって…」
アルフォンスの言葉に、エドワードは唇を噛み締めた。
母親の寂しげな姿を思い出したのだろう、エドワードの曇った顔に。アルフォンスはそっと触れた。
「…だから、どうしてもふたりで過ごしたかったんだ。母さんはもういないけど。ボクには兄さんがいて、一緒にいる。そのことを、心から感謝しているから」
「アル…」
アルフォンスを見上げて、エドワードは瞳を潤ませた。
「去年はまだ、ボクは鎧の身体で。自分がどうなるのかわからなくて。いつまで兄さんと一緒にいられるのかもわからなくて。兄さんのことは信じていたけど、凄く不安だったよ。でも、今は違う。これから先も、ずっと兄さんと一緒にいられるんだって、信じられる。そのことに、感謝している」
アルフォンスの言葉に、エドワードはゆっくりと微笑んだ。
「ああ…。ずっと一緒だ、アル。オレもそのことに、感謝する。なあ、もう1回乾杯しよう?今度は、オレもちゃんと感謝するから」
その言葉に、アルフォンスも頷いた。
「うん。乾杯、兄さん。明日最初に会う人が兄さんでありますように」
「乾杯」
エドワードはアルフォンスの掲げたグラスに自分のグラスを触れさせながら、小さく笑った。
「ふっ…なんだ、そりゃ。朝一番に会うのはオレに決まってんだろ」
「うん、そうだね」
アルフォンスも笑った。
これから先もずっと、この日を共に祝いたいと願いながら。
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