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ボクと兄さんは、例のごとく、東方司令部に報告の為に訪れていた。芳しい成果もなく、兄さんはここに来る途中、グチばかり言っていた。まあ、それもいつものこと。
大佐に報告を終えると、兄さんはさっさと立ち去ろうとした。けれど、そこに大佐の声が掛かる。
「待ちたまえ、鋼の。お茶ぐらい出すぞ。少しくらい、座って行きなさい」
立ったままで、早口に報告を終えた兄さんに、大佐はソファを指す。
「そんなに暇じゃねーよ」
兄さんは、斜めに大佐を振り向いて、睨みつけた。
「鋼の。今日の茶菓子は苺のショートケーキだ」
そう言われて。兄さんの動きが止まる。
「苺のショートケーキ?」
兄さんが完全に振り返って確認する。
「ああ。中尉が君の為に用意してくれたものだよ。食べて行きなさい」
「中尉が」という処がミソだった。兄さんは「しょうがねえな」と言いながら、どかっ、とソファに腰を下ろした。
「悪いな、アル」
兄さんが、ボクを気遣って声を掛けてくれる。
「ううん。せっかく中尉が兄さんの為に用意してくれたんだもん。ボクのことは気にしないで」
ボクは、いいよ、と手を振った。そして、そのまま壁際に立って、兄さんを見ていた。
兄さんは出されたケーキに、嬉しそうに目を輝かせて。おいしそうに食べながら。横から何やら口を出してくる大佐と、言い合ったりしている。頬を膨らませて、怒ったり、拗ねたり。やがて、大佐の言葉に、ぷっ、と噴き出して笑ったりして。
ボクは、そんな様子をぼんやりと見ていた。
兄さんは、大佐と会うのをいつも嫌がるけれど、結構楽しんでいるのだということは、ボクも知っている。ボク達は沢山の人達に助けられて、ここまで来たけれど。兄さんを預けられる人は、大佐なのかもしれないと、思った。大佐は兄さんを好きで。多分、兄さんも大佐を好きだから。
そうだと嬉しいな、とボクは思う。大佐が、兄さんの心の拠り所になってくれればいい。そうでないと、兄さんは、休むことなく走り続けて、いつか壊れてしまいそうだから。
ちくん。
あれ、と思った。なんだか、痛みを感じた。空洞の胸の辺りで。おかしいな。ボクに痛みを感じる器官なんて無いのに。
考えているうちにも、胸の痛みはどんどんと増してきて。ボクは、大佐と兄さんを見ていられなくなった。
「兄さん、ボク、中庭で待っているね?」
痛みに耐えながら、やっとのことでそう言った。
「ん?」
兄さんがボクを振り返る。
「わりぃ、待ってるの退屈だよな?」
兄さんが済まなそうに言うのに、ボクは、ううん、と首を振る。
「そうじゃないんだ。ほら、天気がいいから。なんとなく、外に出たくなって」
ボクは嘘を吐く。
そうして、「じゃあ、後でね」と声を掛けて、部屋を出ようとした。なのに。
「待てよ、アル。オレも行くから」
兄さんがボクを呼びとめる。
「え?」
ボクは驚いて振り返った。
「兄さん、まだケーキ残ってるじゃないか。ゆっくり食べてよ」
そう言うと。
「こんなの、一口だって」
言うが早いか、兄さんは、本当にケーキを一口に、口の中に押し込む。そして、紅茶で、ずずっ、と流し込んだ。
ああ、折角のケーキなのにもったいない。
ボクがそう思っている間に、兄さんは、さっさと立ちあがって、ボクの隣に並ぶ。
「大佐。中尉にお礼言っといてくれよな。ごちそーさん」
そう言うと、兄さんはボクを見上げて笑った。
「じゃ、行こうか。アル」
「う…うん」
ボクは頷いて。ちらり、と大佐を見た。…凄く不機嫌そうな表情をしていた。ああ、とボクは心の中で青ざめる。きっと、大佐は、ボクがふたりの時間を邪魔したと思ったに違いない。そうじゃないのに。邪魔したくなんか、なかったのに。
ボクがぐるぐると思っている間にも、兄さんは着実に外へと歩みを進めていて。ボク達は、いつの間にか中庭に出ていた。
「ほんとーにいい天気だ。さっさと出てきて正解だな」
兄さんがにっこりと微笑む。
ボクは、なんだかぼんやりと嬉しくなって。胸の痛みが、いつの間にか治まっていることに気付く。でも。
「兄さん、よかったの?久しぶりに大佐と会ったのに。もっと、一緒に居たかったんじゃないの?」
ボクの言葉に。
「はあ!?なんで、オレがあんなヤツと一緒に居たがらなきゃならないんだ?気味悪いこと言うなよ、アル」
心底、嫌そうに兄さんは答えた。
「気味悪い…かな?」
「気味悪いよ」
即答されて。あれー?と、ボクは首を傾げる。素直でない兄さんの言葉だから、きっと、額面通り受け取ってはいけないんだろうと、思い至る。そんな兄さんだから、ボクがもっと気を遣ってあげなくちゃいけないのに。今日は足を引っ張ってしまった。
ごめんね、兄さん。と、心の中で謝る。と、兄さんが、じっ、とボクを見上げた。ボクの心の声が聞こえたのかと、内心焦っていると。
ちょっと、怒ったような顔をして、兄さんが口を開いた。
「もう、あんなのは止せよな。アル」
「?」
意味が掴めなくて、首を傾げるボクに。
「行きたい所があるなら、オレを誘えよ!なんでひとりで行くんだよ」
「え…」
もしかして兄さんは、ボクがひとりで、中庭に行くと言ったことを言っているのかな?
「おまえが隣にいないと、落ち着かないだろ。それに…おまえが見たいものなら、オレだって一緒に見たい」
兄さんは、少し俯いた。
「…それとも、本当は、ひとりになる為の口実だったのか?オレといつも一緒だと、窮屈か?」
思ってもいないことを言われて、ボクはびっくりする。
「な!何言ってるの!そんなことある訳ないじゃないか」
驚いて否定すると、兄さんはボクを見上げた。探るような目だ。
「…本心か?」
「当たり前だろ」
ボクは、力一杯言う。何て誤解をされてしまったんだろう!
「ボクはただ…ボクは、兄さんこそ、ボクから離れて、息抜きをする必要があるんじゃないかと思ったから…」
「はあ!?」
ボクの言葉に、兄さんは目を剥く。
「おまえこそ、何言ってんだ。大佐の所にオレひとり置き去りにして、何が息抜きだよ。ストレス溜まる一方だっつーの。第一…」
強い口調で言い募る兄さんが、口篭もった。
「…第一。オレはおまえの隣に居る時が、一番落ち着くんだから…」
俯いた顔。伏せられた目。ほんのりと赤い頬。兄さんが、照れているのだと、わかる。
ボクは、胸の奥から、なにかわからない波のようなものが、押し寄せてくるのを感じた。なんだろう、この感じ?凄く、兄さんを抱きしめたかったけれど。ぐっ、とがまんした。だって、絶対変に思われるよね?代わりに、ボクは口を開いた。
「そうだね、ボクも兄さんと同じ気持ちだよ。だから…、もう、兄さんから離れたりしないよ」
自分でも、こんな声が出せたのかと思うくらい、甘い声が出た。なんだか恥ずかしい。
兄さんは、ボクの言葉を聞いて顔を上げ、頬をピンクにしたまま、にっこりと笑った。
「よしっ!それでいいんだよ、オレ達は」
元気に言う。いつもの、子どもみたいな笑顔で、にかっ、と笑う。
「うん」
ボクは、いろいろ考えていたことが、馬鹿らしくなって、兄さんの手を取った。兄さんが、きょとん、とする。
「手、繋いで歩こう?」
言ってみると、兄さんは、また頬を染めながら、素直に頷いた。普段なら、絶対に嫌がるんだろうけど。今日は特別。
兄さんがボクと居て苦しいんじゃないか、とか、辛いんじゃないか、とか。もう考えるのは止めよう。ボクが兄さんを大好きなように、兄さんもボクのことを大好きでいてくれてるって、信じよう。
あなたの隣に、ボクの居場所をください。
もう、このひとを誰にも譲ってあげることは出来ないだろう、と、ボクはぼんやりと思った。
こんな気持ちを、何と言うのだろう。兄さんに、何と言って伝えればいいのだろう。
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