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アルフォンスがシャワーを浴びて寝室に戻った時、エドワードはぼんやりと窓辺に座っていた。
「兄さん?何してるの?」
アルフォンスは不思議に思って声を掛けた。
「いや。明日は雨が降りそうだと思って、空を見てた」
エドワードは空を見上げたまま答える。
「ああ…曇ってるね。降るんじゃない?」
アルフォンスもエドワードの隣へ歩み寄り、窓から空を見上げた。
「図書館に行くつもりだったのに…」
エドワードはブツブツと口の中で文句を言っている。
そんなエドワードに、アルフォンスは微笑んだ。
雨が降ると、エドワードの機械鎧の結合部が痛みを発する。エドワードは何も言わなかったが、眠っている時、痛みにうなされているのを目にしているから、アルフォンスにはそのことがよくわかっていた。だから、アルフォンスは雨が嫌いだった。
しかし今は、エドワードの身体に固く重い機械鎧はない。彼はその右手、左足を取り戻したのだ。
雨が降る度にそのことを思い、アルフォンスは嬉しくなる。
「この時期は毎年、雨が多いから。…そういえば、そういう伝説があったね」
「伝説?」
その言葉に、エドワードはアルフォンスを振り仰ぐ。アルフォンスは記憶を手繰り寄せ、以前に読んだ伝説を思い起こした。
「えーと…どこか東の国の伝説だったと思うけど。働き者のお姫様が働き者の若者と結婚した。ところが、ふたりは結婚生活が楽しくて働かなくなってしまう。それに怒った神様は川の両岸にふたりを引き離した。そこでふたりは改心して元の働き者に戻るんだ。神様は年に1度だけふたりが会うことを許すんだけど、その日に雨が降ると川の水かさが増して、ふたりは会うことが出来ないんだって」
雨が降ると水かさが増す、なんてわざわざ言っているってことは、その日は雨が多い時期なんだろうね、と言いながら、アルフォンスはエドワードを見る。すると、エドワードは不機嫌に顔をしかめていた。
「どうしたの?兄さん」
アルフォンスが問い掛けると、
「なんだ、その横暴な「神」ってヤツは。それにおとなしく従うヤツもどうかしてる」
ムッとした声でエドワードが言った。
「仕事を忘れて遊んでいると罰がくだるって教えじゃないの?」
アルフォンスの意見に。
「そういう問題じゃない。オレが気に食わないのは、どうして誰かに罰を与えられたりしなくちゃならないんだってことだ。しかも、それに逆らいもせず、粛々と従うヤツの気が知れねーっつってんだ」
「はぁ…」
エドワードの剣幕にアルフォンスは呆気に取られた。
「それまで真面目に働いてきたのに、それを全部忘れちまう程好きになった相手なんだろ?それなのに、何でそんなに簡単に手を離せるんだ?」
「だからそれは、川がね…」
「川がなんだ。そんなの、オレはどんな手段を使っても渡ってやる!」
「…泳いで渡れるような川じゃないんだよ?溺れて死んでしまうかもしれない」
「命も掛けられないような相手を、1年も待つアホがいるか」
アルフォンスはため息をひとつ吐いた。
「兄さんらしい意見だけどね…。そうして命を掛けて、本当に死んでしまったらどうするの?死なないまでも怪我をしたら?川向こうのお姫様はどう思うかな」
エドワードはアルフォンスを見上げる。
「怪我をしても兄さんは平気だって言う。もしも死んだとしても後悔はしないって言う。でも、それじゃあボクの気持ちはどうなるの?兄さんが怪我をしたら辛いって思うボクの気持ちは?兄さんが死んでしまったら…もう、何もかもが終わってしまうと感じるボクの気持ちは…?」
「…アル」
エドワードが息を呑んだ。
「…バカ。誰がオレとおまえの話をしてるんだよ…」
バツが悪そうに、エドワードが顔を逸らした。
「兄さんが最初に「オレなら川を渡る」って言い始めたんでしょ」
アルフォンスが首を傾けてエドワードの顔を覗き込む。
「…兄さんが怪我をしたりしたら嫌だ。だから無茶はしないで…」
アルフォンスの優しい手がエドワードの頬を包み込む。
「じゃあ、おまえはオレと何年も逢えなくても平気だって言うのかよ」
不貞腐れたようにエドワードが言う。多分、そこには幾分か照れくささも混じっている。
「平気じゃないよ。兄さんのいない日常なんて耐えられない」
「!」
エドワードの顔が朱に染まる。
「…だったら」
咎めるようなエドワードの言葉を遮って。
「だからボクは考えるよ。兄さんと一緒に居るためには、どうすればいいのか。一生懸命考える」
「アル…」
エドワードはアルフォンスの顔を凝視した。
「兄さんも考えて。兄さんは頭がいいんだから、きっといい方法が見つかるよ。ふたりが一緒に居られる方法。…死んじゃったら2度と会えない。そんなの、ボクは嫌だ。そんなことになったら、ボクは兄さんを絶対に許さない」
真剣なアルフォンスの表情に。エドワードはその言葉を慎重に受け止める。
「……わかった。もしも、おまえと離れ離れになるようなことになったら。オレも考える。オレもおまえも無事で、また一緒に居られるような方法を」
そのエドワードの言葉に、アルフォンスはにっこりと微笑んだ。
「約束だよ、兄さん」
囁きは、優しい唇とともに降りてきて。エドワードの言葉を塞いだ。
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