何もかも上手くは…。

 

 

 早朝の駅のホームに。ヘンリーはひとりで立っていた。
 荷物はトランクひとつ。見送りも無い。
 そこに、軽い足音がする。ヘンリーはそちらを見た。
「よぉ」
 にっ、と笑って立っているのはエドワードだった。常と変わらぬ様子で、ヘンリーに歩み寄ってくる。
「おはよう。エドもどこかへ行くの?」
 ヘンリーが微笑んで聞くと。
「いや。おまえの見送りに来た」
 なんでもないことのように、エドワードからそんな言葉が返って。ヘンリーは一瞬、呼吸を止める。
「…知ってたんだ?ウィンリィから聞いたの?」
 ヘンリーは顔を僅かに歪めて苦笑した。
「いや。悪い。立ち聞きした」
 悪びれる風もなく、エドワードが答えた。
「そう…。じゃあ、エドは全部知ってるんだ」
 ヘンリーが目を伏せる。
 もちろんそれは、ヘンリーがウィンリィにプロポーズして、断られたことを指している。
「まあな」
 簡潔にエドワードが言う。ふたりの間に沈黙が落ちた。風がエドワードの髪の毛を揺らす。
 ひとのいない早朝の駅には。他に動くものも無い。ただ、駅舎の中で立ち働く駅員の姿があるばかりだ。
「諦めるなよ」
 不意に、エドワードが足元に視線を落としたままで言った。
「…何を?ウィンリィのことを?あんなにはっきり断られたのに?」
 ヘンリーが顔を歪めて笑う。自嘲的な笑み。
「違う。獣医になる夢だよ」
 エドワードの言葉に、ヘンリーは、はっ、と彼を見つめた。
「セントラルなら、獣医として充分やっていける。おまえなら出来るさ。おまえは知識も豊富だし、人当たりがいいし、まあ、技術はこれから習得するとして。…何より、動物が好きなんだから」
 特に何の感情も込められていないような口調だが、その声には優しさが溢れていた。
「…簡単に言うね。ボクが通うのは人間相手の医学を学ぶ学校であって、獣医学校じゃないよ」
 ヘンリーが苦笑する。
「そんなの、いくらでも方法はある。まずは動物病院に下働きで入り込んで、勉強するとかな。いい師匠を見つけたら、そこからいくらでも道は開ける」
 さらりとエドワードは言う。その、あらぬ方を見ているエドワードの瞳は、強い光を放っていて。彼ならば、諦めずに自分の道を進むのだろう、とヘンリーは思う。
 けれど、自分には…。
 ヘンリーは、弱弱しい笑みを浮かべた。
「僕は、リゼンブールで医者になるのもいいと、本気で思ってた。ウィンリィと一緒に開業できることを夢見ていた」
「………」
「でも、その夢は破れた。僕にはもう、何も残っていないよ…」
 寂しげに遠くを見るヘンリーを。エドワードは、強い目で睨みつける。
「ウィンリィのことと、おまえの夢は関係ない。獣医になる夢を諦めるな」
「エドには関係ないことだ」
「ウィンリィはおまえを選ばなかった。ウィンリィはおまえの相手じゃなかった!」
「でも僕にはたったひとりの運命のひとだ!!!」
 ヘンリーが、エドワードが知る限りで、初めて声を荒げた。
「僕が巡り会った、たったひとりの運命のひとだ。だから、彼女の為なら獣医の夢だって諦められた。その彼女を失って…僕に夢なんか残っていない…」
 激しい口調が、次第に力を失って、呟きになる。
「…馬鹿。セントラルはこんな田舎とは違うぞ?出会いなんて山とある。ウィンリィの運命の相手がおまえじゃなかったんなら、おまえにとっての運命の相手も、他にいるんだよ」
「そんなことはない」
 ヘンリーはむきになって言い返した。
「ウィンリィだけが僕の運命のひとだ」
「ウィンリィはおまえの相手じゃなかった。だったら、おまえの運命の相手は他にいる。この世界のどこかに必ずいる。その誰かを、ヘンリーは、ひとりにしておくのか?おまえを待っている誰かに、ずっと背を向けているというのか?」
 エドワードの優しい囁き声。
「!」
 ヘンリーは、エドワードを凝視した。エドワードは優しく微笑んで、ヘンリーを見ている。
「…御伽噺みたいなことを言うんだね。エドがそんなことを言うなんて思わなかったよ」
 ヘンリーは、苦しげに笑った。
「あいにくと。それが世の中の真理だって知っているからな」
 エドワードは当然のことのように答える。ヘンリーの顔に、ようやっとまともな笑みらしきものが淡く浮かぶ。
「…じゃあ、エドの運命のひとはウィンリィ?」
 その、ヘンリーの問いに。
 エドワードは笑った。
「まさか。それだけはないな」
「そう…?」
 その答えに納得した様子はなかったが。その時、汽車がホームへと入って来た。
「じゃあ、行くよ。エド、色々とありがとう。エドと出会って、いろんな話が出来て、楽しかった」
 ヘンリーが右手を差し出した。
「オレも楽しかったよ」
 エドワードも右手を差し出し、ヘンリーの手を硬く握る。
 お互いの手を握り締めて。しばらく見つめあった後。
 ヘンリーは「じゃあ」と言って、汽車へと乗り込んだ。
 その後姿に。エドワードは勢いよく呼び掛けた。
「じゃあな!未来の獣医!」
 その声に弾かれたようにヘンリーが振り返る。
 そして、照れくさそうに笑った。それは、エドワードのよく知る、ヘンリーの笑顔だった。
 獣医の夢を、語ってくれたひとの笑顔だった。
「元気で、頑張れ」
 エドワードは口の中で呟く。それは、強い祈りのように。

 やがて、ヘンリーを乗せた汽車は動き出し。その姿が線路の遥か彼方に消えてから。
 エドワードは、低く呟いた。
「オレの運命の相手がウィンリィだなんて有り得ない。だって…」
 エドワードは、足元に視線を落とすと、自嘲的に微笑んだ。
「オレには運命の相手なんて、初めからいないから」
 その呟きは。静かな駅の空気の中に。染み入るように消えていった。

 

<あとがき >
2005.6.6
の日記より。
ヘンリー退場の回でした。
なんていうか、この回は上手く文章がまとまってなくて汚いですね。今回、アップするにあたり、説明不足の箇所を1箇所だけ加筆しましたが、その他の箇所は手を入れていません。下手すぎて直すのも嫌なぐらいです。(直せよ…)。
それにしても、ヘンリーはなんでそんなにウィンリィが好きなんでしょうね。ヘンリーの目にはウィンリィが女神のように見えているようです。(そしてウィンリィが必要としている相手はそんな人じゃないようです。…)。
2006.8.27up


戻る 次へ