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ボク、アルフォンス・エルリックは、ほんの少し前まで鎧の姿をしていた。生身の身体を取り戻すべく、兄のエドワード・エルリックと過酷な旅を続け、やっと、生身の身体を取り戻すことが出来た。
その後、兄さんは銀時計を返上し、リゼンブールに帰って来た。そこで、ボク達の新しい生活が始まった。
ボクにとっては楽しいことばかりだった。けれど、ひとつ気に掛かるのは兄さんのこと。何処か様子がおかしくて。でも、それを聞くのはためらわれた。なぜなら、兄さんは笑っていたから。ボクには笑って見せていたから。
ボクには話せないことなのかと思う。
兄さんはリゼンブールに帰って来てから、ほとんど家に閉じこもりっきりだった。出掛けるとしたらウィンリィのところぐらい。
ボクはといえば、そんな兄さんとの気詰まりな空間から逃げ出すように、外出ばかりしていた。
…鎧だった頃には考えられなかったことだ。
あの頃は。兄さんと離れていると、心配で仕方なかった。どこかでトラブルに巻き込まれているんじゃないか。怪我をしているんじゃないかって、いつも兄さんのことを考えていた。
でも、ここはリゼンブールで。兄さんはもう、国家錬金術師でもなければ、危険な事件に巻き込まれることもない。何も心配する必要はないのだ。
意外と、というか、ボクは結構女の子にもてる方らしい。ボーイフレンドをたくさん持っているウィンリィによると、そんなものは所詮友達。恋人とは違うのだから、どんどんガールフレンドを作れ!とのことだった。…いいのかなぁ、と思うけれど、ボクも17歳。女の子と遊ぶくらいしたい年頃だ。
そしてボクは、何人かの好もしい女の子と仲良くなった。
夢見ていた暮らし。とても楽しい。
ある日家に帰ると、リビングから兄さんの話し声がした。
誰か来ているのかな?と思ってリビングを覗いた。見えたのは電話で話している兄さんの後姿。
珍しい、と思ったから。つい、相手は誰だろうと耳をそばだてた。
「だから、オレにそんな気はないって言ってるだろ」
くだけた口調。ぞんざいな言葉遣いだけれど、不愉快な様子はない。兄さんがそんな口調で話す相手。一体誰なんだろう、とボクは気になって更に聞き耳を立てた。
「いいんだよ。オレには、ここが似合いなんだ。セントラルになんか、帰る気はない」
その言葉でわかった。電話の相手はロイ・マスタングだ。
「…だから、銀時計は返しただろう?さっさと処理しろよ。なんならオレが直接、上に突き返してもいいんだぜ」
『……』
ロイが何か言ったのだろうか。兄さんが一瞬、黙り込んだ。
「…あんたも、いつまでもバカなこと言ってんなよ。オレなんかじゃなくて、山ほど居る、あんたのいい女に言えよ、そういう台詞は」
どういう意味だ。ボクは眉をひそめる。
「…ロイ。わかってるよ。わかってるから、言ってるんだ。オレ、好きな奴がいるんだ。だから、オレのことは諦めろよ」
息が、止まるかと思った。
兄さんに好きなひと?そんな話は聞いていない。
ボクの受けた衝撃も知らぬげに、兄さんは言葉を続けていく。
「バカ言ってんな。なんであいつなんだ。違うよ。こっちに帰って来てから知り合ったんだ。…ん?男だよ。何だよ。あんただって女好きのクセに、オレに手ぇ出してきたじゃねぇか。オレが男を好きになったらおかしいかよ」
兄さんの好きなやつが男?ロイが兄さんに手を出してた?
ボクの頭の中がぐるぐると回る。もう、何に動揺しているのかわからない。
「…ロイ。だから、オレのことは諦めろ。他に好きなやつがいる相手を思い続けていたって、いいことないぞ」
ドアに背を向けているから、兄さんの表情は見えなかったけれど。
「…そんなこと言って、オレを困らせるなよ」
兄さんの、心底困ったような声がして。
兄さんが、ロイのことを真実心配しているのだと知れた。
そう思った瞬間。何故か、胸が焼けるような気がした。
兄さんにあんな声をさせた、ロイに。イライラした。
「もう切るぞ。オレは戻る気はない」
がちゃん、と受話器が置かれた。
ボクは、馬鹿みたいにそこに突っ立っていた。
振り返った兄さんがボクの姿を見て、目を見開く。
「な…、おまえ、そんな所で何してんだよ…!」
焦った声。彷徨う視線。
「兄さん、今の話、何?」
ボクの低い呟きに。
「何って…ロイのやつが、セントラルに帰って来いってうるさいから…」
兄さんがしどろもどろの返答をする。
「銀時計は返したのに?」
ボクが問うと。
「あいつ、自分の手元で止めてやがるんだ。だから…オレはまだ、軍の狗ってわけだ」
兄さんは自嘲的に笑った。
「それは、ロイさんが兄さんを好きだから…?」
「!」
ボクの問いに、兄さんは顔を強張らせた。
そして、俯く。
「…まあ、そんな冗談も言ってたな」
ボソリと兄さんが小さな声で言う。、
「冗談?じゃあ、兄さんに好きなひとがいるっていうのも、冗談?」
「…それは、本当」
冗談にしてくれればいい、と思いながら言ったボクの言葉に。案外としっかりと、兄さんは答えた。
「…じゃあ、それが男だっていうのも…?」
窺うように問うと。
「それは…聞かない方がいいと思う」
なんて答えが返って、ボクは訳のわからない苛立ちに、声を荒げた。
「誰だよ!兄さんが好きなやつって!」
兄さんの濡れた瞳が揺れている。そのことにも苛立った。
「そんなこと聞いてどうするつもりだ」
「どうするって…それは」
逆に問われて言い淀んだボクの様子に、兄さんは唇の端を歪めて笑った。
「まあいいけどな。…ヘンリーだよ。オレの好きなやつ」
その名前に、ボクは瞠目する。
「ヘンリーって…ウィンリィのボーイフレンドの!?」
数いるウィンリィのボーイフレンドのひとり。ボク達は、確かに何度か顔を合わせているけれど。ヘンリーと兄さんがそんなに親しいなんて、ボクは少しも知らなかった。
ヘンリーはリゼンブールの出身ではない。ボク達兄弟が家を焼いてリゼンブールを出てから後、この村に引っ越してきたらしい。だからボク達兄弟はヘンリーと面識は薄い筈なのに。いつの間に?どうして?
疑問がボクの胸に渦巻く。
「そう。ウィンリィの家で知り合ってさ。あいつ頭いいし、話してて楽しいよ」
兄さんの言葉に、胸の渦は怒りに変わった。
「それだけ?それだけであいつのこと好きになったの!?」
「な、なんだよ、それだけって!他にもいい所はいっぱいあるさ!金髪が綺麗だし、目が優しいし、それに結構強いんだぜ」
「そんなの、ボクや兄さんの方が強いじゃないか」
「それは、場数が違うんだから、しょうがねぇだろ。あいつは一般人だぞ」
金髪が綺麗だって?目が優しいって?そんなの、ボクだって、しょっちゅう女の子達に言われる。ボクの方が、ずっと…!
…何を張り合っているんだ、ボクは。
ボクは我に返ると、自分の胸に湧いた感情を静めようと一呼吸した。そして言った。
「駄目だからね」
「え?」
兄さんは、きょとんとボクを 見上げてくる。
「そんなやつ、絶対に駄目。男で、ウィンリィのボーイフレンドだなんて、兄さんを絶対に幸せに出来ないじゃないか」
ボクは強い口調で言い切った。
兄さんを幸せに出来るのは、もっと可愛い女の子の筈。そんな子が相手ならボクだって快く…。…快く、祝福できるのだろうか?
再び湧いてくる胸のむかつきに、ボクは密かに顔をしかめた。
「なんだよ、別にいいんだよ!好きなんだから、それだけで!おまえにとやかく言われる筋合いはねーよ!」
ボクの言葉に反発するように、兄さんが声を荒げた。その言葉に、ボクの胸は更にむかついてくる。
好きなだけでいいだって?兄さんはそんなにあんな男が好きだというのか?あんな、ひとがいいだけの、特に目を引く所など無いつまらない男が。
無性に腹が立った。腹が立って腹が立って仕方なかった。
「あんなやつ、全然兄さんに釣り合わない!」
ボクはその苛立ちをぶつけるように、兄さんに怒鳴った。
兄さんに釣り合う、非の打ち所のないやつでなくちゃ、認めない。そこらのヤツに兄さんを盗られるなんて我慢ならない。
…盗られる?何を考えているんだ、ボクは。
ボクは再び我に返る。
「そんなの、おまえに決められたくない!オレのことに口出しすんな!」
ボクの怒声に負けじと兄さんも大声で怒鳴り。怒りで顔を真っ赤にして、そのまま部屋から出て行ってしまった。
リビングにはボクが取り残される。
ボクは、荒々しい兄さんの足音が遠ざかるのを聞きながら立ち尽くしていた。
兄さんが、ヘンリーを好き。
それも、あんなに激しく。
そのことが、ただただショックだった。
兄さんに怒鳴られた。そのこと自体は大したことではない。喧嘩なら何度もした。けれど。
兄さんが、ボクのことを拒絶するなんて。
鎧の時はもちろん、子どもの頃にも無かったことだ。
…兄さんが、最近様子がおかしかったのは。ボクを見てくれないのは。そのせいだったの?
思って、ボクは唇を噛んだ。
もしもそうなのだとしたら。
多分、…どんな相手であっても、ボクは祝福できないかもしれない、と思った。
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