再生−再び生まれ来る未来−

 

「おい、大佐!待てって…!」
 ロイの肩に担ぎ上げられて、エドワードはもがいた。しかし、弱った身体では抵抗らしい抵抗も出来ない。エドワードは歯噛みする。
「おとなしくしていたまえ、鋼の。無駄に体力を使うだけだぞ」
 冷静にそう言われて、エドワードは唇を噛んだ。
「…あんたさ、何で来たんだよ」
 諦めたようにエドワードは訊いた。
「言っただろう。私は自分の部下を死なせたりはしない」
「…病気休職中の部下が死んでもあんたのミスにはならないだろう」
「私はそういうことを言っているのではないよ、鋼の」
「………」
 エドワードは黙り込んだ。もちろん、エドワードにもロイの気持ちはわかっている。ロイが本当はとても優しい人間なのだということは、長い付き合いの中で知っている。
「…下ろせよ、大佐。自分で歩ける」
 エドワードは小さく呟いた。
「…あまり自由には動けないと聞いたが」
「時間は掛かるけどな。歩けないわけじゃない」
 エドワードは苦笑した。
「そうか」
 ロイはエドワードをそっと下ろすと、エドワードの半裸の身体を隠すようにコートの前を留める。
「…こんな格好で連れ出しやがって…」
 エドワードの呟きに。
「途中の町で適当に買ってやる」
とロイは答え、エドワードを促して歩き始めた。
 よろよろと覚束ない足取りのエドワードに。ロイは密かに顔を顰めた。

 

 ロイに一喝されて、アルフォンスは茫然自失していた。
「ちょっと、アル!追い掛けなくていいの?」
 ウィンリィがそんなアルフォンスを揺さぶる。
「え…あ…うん。そうだね。でも…ボクが行っても何の役にも立たないよ…」
 アルフォンスはぼんやりとそう言うと。
「兄さんの身体がそんなに悪いなんて、ボクは気付かなかった…。大佐の言うとおりだ。ボクはどうかしてた。一番大切な兄さんのことなのに、何も気付かずにいたなんて…」
 アルフォンスの言葉に、ウィンリィも泣きそうに顔を歪めた。
「それはあたしだって同じよ。エドの義肢を見ていたのはあたしだもの。気付かないあたしもどうかしてた…」
 散らかった衣類。義肢の作業に使う道具。さっきまでそこに座っていたひとの姿が、今はもうない。
「………っ!」
 アルフォンスはぎりりと唇を噛んだ。青白いエドワードの顔が脳裏に甦る。
「ボクは、馬鹿だ…!」
 アルフォンスはその場に崩れ落ちた。

 アルフォンスは自失したまま家へと帰った。ウィンリィが泣いているのもアルフォンスの目には映っていなかった。
 明かりのついていない真っ暗な家。
 アルフォンスはその暗い家へと入る。
 普段ならば、この時間はエドワードとふたりで夕食をとっている時間だ。なのに、今ここに、エドワードはいない。
 エドワードの青白い顔と、静かな微笑みを思い浮かべ。いつからだったのだろう、とアルフォンスは思う。エドワードが、あんなに静かな笑みを浮かべるようになったのは、一体いつからだったのだろう、と。
 それが、死を覚悟したひとの笑みだったのだとは、アルフォンスは思いたくなかった。
「どうしてだよ、兄さん…!」
 堪らずアルフォンスは呻いた。
「どうしてボクに何も言ってくれなかったんだ…!」
 それは、気付いてやれなかった自分への悔しさ。そして、エドワードが自分に頼ってくれなかった事実への情けなさ。
「どうして…自分の命はそんなに簡単に諦めちゃうんだよぅ…」
 アルフォンスの身体を取り戻すことを諦めたことなどないエドワードなのに。自分の命は簡単に諦めてしまう。
 アルフォンスは悔しさに涙した。

 ひとしきり泣いて。
 アルフォンスは顔を上げた。
 セントラルに行こう、と思った。
 エドワードは、決してアルフォンスの命を諦めたりはしなかった。それなら、自分もエドワードの命を決して諦めまい、と心に決める。
 アルフォンスは時計を見た。もう夜行の汽車も出てしまった後だ。
 アルフォンスは手早く荷物をまとめ、上着を掴んだ。そして、じっと窓の外の暗闇を睨んだ。アルフォンスはそのまま、空が白むまで空を睨み続けていた。

 アルフォンスが始発の汽車に乗り、セントラルに着いたのは夕方だった。真っ直ぐに中央司令部へと向かう。
 ロイへの面会の意志と名前を告げると、あっけなく中に通された。アルフォンスは見知ったその建物の中を、ロイの執務室に向かって真っ直ぐに進んだ。
「失礼します!」
 ノックするのももどかしく、アルフォンスが執務室のドアを開けると、皮肉げな笑みを湛えたロイに迎えられた。
「遅かったな。アルフォンス・エルリック」
 それには答えず、アルフォンスはロイの前へと歩み寄り、だん!と机に両手を叩き付けた。
「兄さんはどこですか!?」
 そんなアルフォンスをロイは面白くもなさそうに見遣り。
「…鋼のは、たった今検査を終えたところだ。麻酔が効いて病室で眠っている」
「病室を教えてください」
 噛み付くような勢いでロイに迫るアルフォンスに。
「ちょうどこれから医師の説明を聞きに行くところだ。一緒に行くかね?」
 息を呑むアルフォンスを一瞥して。ロイは立ち上がると、ドアへと向かった。
 アルフォンスはエドワードの様子を確認したかったが、ロイに促されるまま医者の元へと向かった。エドワードの正確な容態を一刻も早く知りたいのも確かだった。
 あるドアの前でロイは足を止めた。コンコン、と軽くノックする。
「どうぞ」
 中からしわがれた声が返った。
「失礼する」
 ロイがその声に答えてドアを開けた。
 その白髪の医師は、片手を白衣のポケットに突っ込み、片手に持った書類に目を落としていた。その顔がこちらに向けられた時、丸眼鏡が一瞬、反射で光った。その眼鏡の奥の目を見れば、皺の中から鋭い眼光がこちらに向けられていた。
「そこの椅子へどうぞ、マスタング大佐。…そちらは?」
 老医師はロイに椅子を勧め、ロイの後ろに佇むアルフォンスに訝しげな視線を向けた。
「いや、このままで結構。こちらはアルフォンス・エルリック。エドワード・エルリックの弟で、ただひとりの肉親だ」
 ロイの答えに、老医師は目を眇めた。
「成る程。ではエドワード・エルリック殿の診断結果をお伝えしていい訳ですな」
 老医師の言葉に、
「頼む」
と、ロイは軽く頷いた。
 老医師はまた片手に持った書類に視線を落とす。
「エドワード・エルリック殿の身体は驚くべき状態です。どこもかしこもボロボロで、よくこれまで生きていられたものだと感心する。自覚症状もあった筈です。内臓がどれもいかれている。食事は殆ど取れない状態だろうし、骨も脆い。それを支える筋肉もやせ衰えている。軟骨は磨り減って相当な痛みがあるでしょう。尤も痛みはそこだけではないでしょうがね。それらの痛みを耐えていたというのは驚くべき忍耐力ですな。…褒められたことではないが」
 老医師は冷徹な口調で。しかし苦渋に満ちた表情で告げた。
「…それで、治療法は」
 呆然と立ち竦むアルフォンスの前で、ロイが暗い声で訊いた。
「磨り減った軟骨はもう元には戻せません。内臓についてもここまで来てしまっては、手の施しようが無い。出来ることと言えばエドワード・エルリック殿を安静に寝かせること。足りない栄養を点滴で賄うことぐらいでしょうな」
「…それは実質、手の施しようが無い、ということなのか」
「そういうことです」
 部屋の中を沈黙が支配した。
「…あの少年をあそこまで酷使したのは、あなたですか?マスタング大佐」
 老医師の問い掛けに、
「そうだ」
と、ロイは即答した。
「考えられんことだ。あそこまでさせる人間も。あそこまでやってのけた人間も」
 老医師の言葉には明らかにロイに対する怒りが含まれていた。
 それをぼんやりと聞きながら、違うのだ、とアルフォンスは思った。
「大佐は悪くない…兄さんは…」
 うわ言のようにアルフォンスが呟く。エドワードはアルフォンスの身体を元に戻す為に、あそこまでの無理をしたのだ。けれど。
「彼が無理をしているのはわかっていた。わかっていて彼を使い続けた。私のミスだ」
 アルフォンスの言葉を遮って、ロイが言った。
 アルフォンスは言うべき言葉を失った。

 いつの間にか、アルフォンスは導かれるまま、ロイの執務室へと戻っていた。
 一刻も早くエドワードの姿を確認したいと思っていた筈が、今はエドワードの姿を見るのが恐ろしくさえある。
 執務室には誰もいなかった。ロイが、おもむろにアルフォンスの前に立った。
「アルフォンス・エルリック」
「…はい」
「君は、鋼のと共に人体錬成を行い、成功させた」
 アルフォンスにしか聞こえない程の低い声でロイは囁いた。
「!?」
 突然その禁忌に触れられ、アルフォンスは動揺する。それは、決して知られてはならない事実だった。
「大佐、何を…?」
 非難するようにアルフォンスがロイを見遣れば。思いのほか、真摯なロイの視線とぶつかる。
「君ならば、出来るな?望む身体を再び手に入れろ」
「え…?」
 アルフォンスは、何を言われているのかわからなかった。
「鋼のが君にしたことを、君が鋼のにするのだ」
 なお一層低く、ロイは言った。
 アルフォンスは絶句する。それはつまり…。
「ボクに兄さんの身体を…?」
 錬成しろ、というのだろうか、と、アルフォンスはロイを見た。
「そうだ。出来るな?」
 ロイはアルフォンスに念を押す。
「待ってください、大佐。あれは…兄さんがボクに施してくれた錬成で…ボク自身にそこまでの力は…」
 慌ててアルフォンスはロイに訴える。しかし、ロイは煩げに眉根を寄せた。
「君も鋼のの錬成の過程を知っているのだろう?やりたまえ。君がやらなくて誰が鋼のを取り戻すというのだ」
「大佐…」
 アルフォンスは、ごくりと喉を鳴らした。確かにロイの言うとおりだった。このまま何もしなければ、いずれ近いうちにエドワードは死ぬ。それならば、アルフォンスが人体錬成に挑戦するしかない。
 アルフォンス自身は人体錬成を行ったわけではない。しかしエドワードのしたことは全て頭に入っている。そしてアルフォンス自身が、その時「真理」を目にしている。可能性は皆無ではない。
「わかりました。やってみます」
 アルフォンスは強い光を目に宿してロイを見た。その目を見て、ロイは薄く笑みを浮かべた。
「よし。では君に頼みがある」
 急に声を張ったロイを、アルフォンスは何事かと見遣る。
「君の錬金術の実力は鋼のに劣らぬものだ。むしろ復元する能力は鋼のよりも上だな?」
 唐突なその問い掛けにアルフォンスは戸惑った。
「…それは、確かに。細かな錬成はボクの方が得意ですが…」
 そのアルフォンスの戸惑いに答える素振りもなく、ロイは話を続ける。
「私はこれからある保管庫へ行く。そこには持ち出しの出来ない重要な物品が保管されており、私でもその場で閲覧することしか出来ない。君には私に同行してその物を見、レプリカを作ってもらいたい」
「え?」
 それが一体、何の関係があるのか、アルフォンスはロイの話に付いていけない。
「それは君達の研究に関係のあるものだからだ。その研究を進める為に、私はその物品のレプリカを必要とする。もちろん、それは軍の研究の為となる」
 アルフォンスは眉根を寄せた。ロイの言っていることがわからない。また何か自分達を利用しようとしているのだろうか、とアルフォンスは嫌悪を感じる。
「その物品は君もよく知っているものだ」
 ロイはそんなアルフォンスの心情に気付かぬように話を進める。
「何、錬成自体は大して難しいものではない。それを使いこなすのは少々コツがいるようだが、それも君なら大丈夫だろう」
 アルフォンスはギュッ、と握り拳に力を込めた。今はいわばエドワードを人質に取られている状況だ。ロイの言うとおりにするしか、アルフォンスには道は無かった。
「…わかりました。ボクは何をすればいいんですか」
 押し殺した声で答えるアルフォンスに。ロイは楽しげに笑った。
「それは小さな壜に入っている、赤い液体だ」
 アルフォンスはロイを見た。赤い液体という情報だけではそれが何なのか特定できない。
「赤い水、と君達が呼んでいた物だよ」
 ロイがニヤリと笑った。弾かれたようにアルフォンスがロイを見る。
「君はその物体を実際に見たことがある。だから君に頼むのだ。我々はその現物をその場で確認し、レプリカを作る。そしてもちろん、レプリカを持ち帰るのだ」
 ロイの真意を知ったアルフォンスは、大きく頷いた。
「わかりました、大佐!」
 赤い水…それは勿論、「賢者の石」の材料となるもの。錬金術師の力を増幅させる液体の名前だった。

 

<あとがき >
2005.8.22作。連載第3話でした。エドの出番が少ない…!エドがいないと書いていてもつまらないな(笑)。
でもまあ、ロイさんがエドの為にあれこれしているところは自分的に楽しかったです。いい保護者になっちゃって(笑)。
ただ、この話…設定がぐちゃぐちゃで(汗)。気付いて修正しようかと思ったのですが、ここまで書いてしまってはそれも難しく…(汗汗)。
未来生身アルエドなので、当然原作設定なわけですが、アニメ設定が入り込んでいたり。人体錬成についても原作にて明かされた事実と相違が出てしまいましたし(これを書いた時点では読んでなかったので)。いろいろとおかしいし、自分でも気持ち悪いのですが、修正できません(泣)。すみませんー。さらっと流してくださいませ。
それでは、アルにはエドの身体を取り戻すべく頑張ってもらいましょう。よろしければ、またおつきあいください。

2005.12.5up