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その日も、アルフォンスは夕方まで出掛けていた。
友人達と隣町まで遊びに行こう、ということになり、朝から出掛けていたのだ。
家に帰って来ると、エドワードの姿がなかった。隣家のロックベル家へ行っているのかな?と、アルフォンスはそちらへと向かった。
「ウィンリィ、兄さん来てるー?」
声を掛けつつ隣家に上がる。
「こっちよー」
奥からウィンリィの声がした。そこはウィンリィの作業場だ。
「ウィンリィ?」
ひょい、とその部屋を覗くと、下着姿のエドワードが椅子に座っていた。ウィンリィが、エドワードの義手義足を調節しているらしい。
アルフォンスは一瞬言葉を失った。
エドワードの裸を見るのは随分と久しぶりだった。外出はおろか、ろくに身体を動かすこともしないので、気にはなっていたが。
エドワードの肌は透き通るように白く、光の加減では青く見えるほどだった。そして、あの程よく筋肉の付いた、鍛えられた身体は。…見る影もなく、やせ衰えていた。
確かに、食が細くなったとは思っていた。けれど、それは身体を動かさないせいだと思ってもいたのだ。
アルフォンスは、改めてエドワードの身体が心配になった。明日は無理にでも外に連れ出そう、と心に決める。
「もうすぐ終わるから待ってて」
ウィンリィが手を休めずに言う。
「アル、別に待ってなくていいぞ」
エドワードがアルフォンスを見ながら言った。
「待ってるから、ゆっくりやってよ」
アルフォンスが微笑んでそう言った時。
荒々しく、ドアが叩かれる音がした。
「何?」
驚いて、ウィンリィの手が止まる。
「ボクが見てくるから、ウィンリィは作業を続けてて」
アルフォンスが、そう言って玄関へと向かう。その間もドアを叩く音は続いており。
「どちら様ですか?」
ドアを開けずに、アルフォンスは鋭く訊いた。
「アルフォンスか!?」
予想外の声に名前を呼ばれて、アルフォンスは驚く。反射的にドアを開けていた。
「…大佐!」
そこに立っていたのは、セントラルにいる筈のロイ・マスタング。しかし、彼はアルフォンスになど目もくれず、ずいっ、とドアの内側へと身を乗り入れてきた。
「エドワードはいるのか!?」
鬼気迫る形相でロイが怒鳴りながら家へと上がり込んでくる。
「兄さんなら奥の部屋にいますけど…どうしたんですか?何かあったんですか?」
アルフォンスは戸惑ったまま、ロイの後を追いかける。
「ここか!」
明かりの漏れる部屋を見つけて、ロイは思い切りドアを開いた。バン!と激しい音がする。
ウィンリィが、驚いてロイを見上げた。
エドワードは無表情な顔をして、ロイを見た。
「…何をしているんだ、鋼の?」
怒りを押し殺したような声で、ロイはエドワードに問うた。
「見ての通り。義肢の調整中だ」
感情の読み取れない平坦なエドワードの声。
「ほぅ?機械鎧はどうした?」
ロイが、酷く皮肉っぽく言う。
「あれはもうオレには必要ないからな。外した」
「鋼の錬金術師が、錬金術は必要ないと言うのか?」
ロイは歪んだ笑みを浮かべる。
「オレの錬金術は、アルの身体を取り戻す為に必要だったものだ。今はもう、必要ない」
淀みなくエドワードは答える。
「そうか。ならば質問を変える。何故、軍の定期健診に来なかった?」
エドワードは、未だ軍に所属している。しかし、健康上の理由から休職扱いになっている筈であった。もちろんそれは、アルフォンスのリハビリに付き添う為に必要な休暇であり、ロイが便宜を計ってくれたのだとアルフォンスは理解していた。
「…オレは今、身体を壊して休職中だろ。医者に掛かっている人間が、なんでわざわざ定期健診なんか受けに行くんだよ」
エドワードは面倒くさそうに答えながら、解かれて肩に掛かる髪の毛を後ろに払った。
「だが、実際には君は医者に掛かっていない。医師の診断書の提出がなされていないだろう。君はまだ軍属なのだよ。その義務は果たしてもらわねば、私が困る」
「知ったことかよ。オレは軍なんか、今すぐ辞めたっていいんだ」
なげやりにエドワードは言った。
「勝手は許さない。今から医者の所へ行け」
「勝手なのはそっちだろ」
もうエドワードはロイのことを見てもいない。ロイは苛立ったように声を荒げた。
「よくわかった。今すぐ、君をセントラルに連れて行く。軍の病院で検査を受けさせる」
そのロイの言葉に、アルフォンスが慌てる。
「ちょっと待ってください、大佐!」
エドワードとロイの間に割って入ったアルフォンスを。ロイがちらりと見る。冷たい瞳だった。
「定期健診に行っていないなんて、気付かなかったボクが迂闊でした。ボクが責任を持って病院に連れて行きますから、落ち着いてください」
激昂しているロイを宥めようとするアルフォンスの言葉を。ロイは無視した。そうしてエドワードを見据えて。
「鋼の。どうして機械鎧を外した?」
再び問う。
「さっきも答えた」
エドワードはすげなく答える。
「私が何も知らないと思っているのか?君の直属の上司である私が」
ロイの言葉に、エドワードはじろりと瞳を動かして、ロイを見た。
「君が機械鎧を外した本当の理由は…」
「うるさい!!!黙れ!」
ロイの言葉を遮るように、突然エドワードが叫んだ。
「必要ないからなんかじゃない」
「黙れって言ってんだろ!!!」
不自由な手足で、エドワードが立ち上がろうとする。がたんっ!と、椅子が揺れて音を立てた。バランスを崩して倒れこむエドワードに、アルフォンスが慌てて両手を伸ばした。
しかし。
それよりも早く、ロイがエドワードの身体を抱きとめていた。
「…っ!」
床にぶつかる衝撃を思って、エドワードは身体を硬くしていた。その一瞬の隙に。
「君の身体には、既に機械鎧の重さを支えるだけの体力が残っていない。そうだな?」
静かにロイの声が告げた。
アルフォンスは、何を言われたのかわからなかった。ウィンリィの息を呑む音が聞こえた。
「長年の無理が祟って、君の身体はもう、ボロボロの筈だ。そのことは、あの時…アルフォンス・エルリックの身体が戻った、あの時の君を見た時からわかっていた。
それでも、私は君の気持ちを汲んで、何も言わなかったのだよ。弟のことが落ち着けば、君は自分の身体のことにも目を向けてくれるだろうと思っていた。
弟に知られたくないのなら、隠れて検査を受けるなり、口実を作って治療を受けるなり、いくらでもやり様はあっただろう。その時には、私も協力を惜しまないつもりだった。
それなのに…なんだ、この様は!」
ロイは、言葉を失ったかのように黙り込むエドワードの肩を、ぎゅっと握りこんだ。一瞬、エドワードの顔が痛みに顰められる。
「君は、ここで死を待つつもりだったのか!?」
凄まじい怒りの表情だった。エドワードは瞳を伏せて何も答えない。
アルフォンスは酷いショックを受けていた。今、ロイはなんと言ったのだろうか。エドワードが死ぬと言ったのだろうか。その言葉が信じられない。そんな馬鹿な、と思う。
けれど、エドワードは蒼白な顔をして、何も答えない。
その血の気を失った顔色は。アルフォンスには、もう見慣れてしまったもので。そのことに愕然とする。
エドワードの身体が病んでいることに、アルフォンスは気付けなかったのだ。
「大体、君達も君達だ!」
エドワードを抱きしめたまま、ロイがアルフォンスとウィンリィを睨み付ける。
「こんな状態のエドワードを見て、何も気付かなかったとでも言うのか!?」
びくり、とウィンリィの身体が痙攣した。彼女の身体は小刻みに震えだした。
「あたし…あたし、エドの具合が悪そうなのは、義肢が合わないせいだと思って…日常生活もままならないから、もっと精度のいい義肢を作れないかって思ってて…」
「…ボクも、兄さんの体調が優れないのは、自由に動けない生活のせいだと思っていました…」
アルフォンスもうな垂れて答える。
「呆れたもんだな!アルフォンス・エルリック。鎧の頃の君なら、兄がこんな風になっているのを見過ごしたか?あの頃の君は、今よりもずっと兄思いの弟だった!」
アルフォンスには痛い言葉だった。確かに、自分の生活に夢中で、エドワードのことを本気で考えていなかったのかも知れない、とアルフォンスは思う。
「勝手なこと言うなよ!何も知らないくせに!」
突然、黙っていたエドワードがロイに向かって怒鳴った。
「アルはそれでいいんだよ!せっかく生身の身体を取り戻したんだ。自分のことだけ考えていればいいんだ!」
「…それならば、君のことは、誰が考える?君自身が君のことを考えないというのなら、弟もいない今、誰が…?」
ロイがエドワードを射るような目で見る。
「…オレに残された時間は長くない。誰もオレのことは考えなくていい」
その言葉に、アルフォンスは硬直した。エドワードは自分の身体のことを知っていた。そして、黙っていた。
「違うな。君は私の部下だ。君が自分の面倒を見ないというのなら、私が君の世話をする。私は自分の部下を死なせたりはしない!」
ロイは強い口調で言い放つと、脇に掛けられていたコートを掴んでエドワードを包み込み。そのままエドワードを抱え上げて部屋を出て行こうとする。
我に返ったアルフォンスが、慌ててその後ろを追いかけようとした。
「大佐!待ってください…!ボクも…」
行きます、と続けようとした言葉は。
「君が来る必要はない。エドワードのことは私が責任を持つ」
ぴしゃり、とロイにはねつけられた。
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