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それは初夏のある日。夕暮れになろうとする時刻。彼は、雨の中を傘を差して、家路を急いでいた。
と、建物と建物の間の細い隙間に。うずくまる何かを見つけて。彼は足を止めた。近寄って覗き込むと。
それは、小さな2匹の子猫。ずぶぬれになって。力なく横になったまま、身体を寄せ合って丸くなっている。
おそらく、まだ母親の授乳を必要としている。手のひらに収まってしまうほどの小ささ。
彼は、辺りを見回した。母猫の姿は無い。また、母猫が近くにいるにしては、子猫の衰弱が激しいような気がした。
彼は、2匹の子猫をそっと腕に抱き。ぐったりとした子猫に振動が伝わらないように、そっと雨の中を歩き始めた。
家に着くと、子猫たちを乾いたタオルに包み、優しく水気を取る。微かに震える子猫に、人肌に暖めたミルクを与えてみる。布にミルクを染み込ませ、そっと子猫の口元に近付ければ。思いのほか力強く、彼らはミルクを飲んだ。夢中で飲んでは、小さくゲップをする姿に。彼は安心して、微笑みを漏らした。
頻繁にタオルを取替え、子猫の身体がようやく乾いたのを見て、彼は柔らかな毛布を取り出し、子猫達をふんわりと包み込んだ。
身体が暖まったせいか、ミルクで満腹になったせいか。
子猫たちは気持ちよさげに目を閉じて。すやすやと寝入っている。
かわいい。
彼はそう思って、優しく子猫達の身体を撫でさする。起こしてしまわないよう、そっと。
その時。玄関先で鍵を開ける音。
どうやら、彼の同居人が帰って来たらしい。
彼は、子猫達をソファに下ろすと、足音を殺して慌てて部屋を滑り出し、玄関へと向かった。
「あ、兄さん。ただいま」
アルフォンスが、たたんだ傘の水滴を払いながらエドワードに微笑んだ。
「お帰り、アル。疲れて帰って来たところ悪いんだけど、静かにな。音を立てずに、そーっとな」
エドワードの言葉に。
「うん?」
アルフォンスは不思議そうに首を傾げながら。言われた通り、音を立てないようにしてエドワードへと続く。
エドワードがリビングの扉を開けて。そっと中を覗き込む。それから、ほっ、と息を吐き出して。
「ほら」
と、アルフォンスにも中を見るように促した。
アルフォンスが、ひょい、と中を覗くと。ソファの上には、ふかふかの毛布に包まれた、2匹の子猫。
「うわ。かわいい」
ぱっ、とアルフォンスの顔が輝く。それをにっこりと見て。エドワードはリビングへと足を踏み入れ、ソファへと近付いた。アルフォンスもそれに続く。
「ちっちゃいなー。かわいいね。どうしたの?」
子猫を覗きながらアルフォンスが問う。

「雨に打たれてたんだ。近くに母猫もいなさそうだったし、衰弱してたから、連れて帰って来た。また明日、そこに行ってみるさ。母猫が探しているかもしれないからな」
捨て猫かもノラ猫かもわからない。けれど、母猫がいるなら、探している筈だ。
「…もしも母猫がいなかったら、どうするの?」
アルフォンスが訊いた。
家を持ってからというもの、エドワードは、こうして動物を拾ってきては、飼い主を探すという作業を続けている。エドワードは、決して自分達で飼おうとは言い出さなかった。
アルフォンスもエドワードも働いている。アルフォンスは会社勤めをしており、安定した収入があるし、エドワードは企業の研究室に所属し、高収入の割りに時間が自由になる。動物の1匹や2匹、飼ってもいいのではないか、とアルフォンスは思うのだが。エドワードは、「きりがないから」と笑う。
多分、どの動物も同じように可愛いから。飼う、飼わない、と決めることが出来ないのだろう、とアルフォンスは察する。
飼うなら、この手で拾い上げた、全ての動物を。それが出来ないのなら、全ての動物の手を離してしまう。
情の深いひとだから、と、アルフォンスはひっそりと苦笑した。その時。
「もしも母猫が見つからなかったら、オレ達で飼う」
エドワードのきっぱりとした声が、アルフォンスを現実に引き戻した。
「え?嘘、本当に?だって、今まで一度もそんな気になったことないのに…」
驚いて、そう言うアルフォンスに。エドワードは、くしゃり、と笑った。
「たった2匹の兄弟だからな。引き離すのは可哀想だし…。2匹ぐらいなら、オレ達で面倒見れるだろう?」
暖かな慈愛に満ちた瞳で見上げてくるエドワードに。アルフォンスは、愛しさが込み上げる。
たった2人の兄弟だから。決してその手を離さなかった、自分達。
「うん。そうだね。大切にしようね」
アルフォンスも優しく微笑んだ。
「ああ」
答えて、エドワードが子猫をそっと撫ぜる。
「でも、ちょっと心配だな」
アルフォンスの声に、エドワードが僅かに不安そうに瞳を上げた。
「兄さんがこの子達ばかり構って、ボクには構ってくれなくなりそう…」
いたずらっぽくアルフォンスが言うのに、エドワードは赤面して。それから、ちょっと怒ったように、頬を膨らませて見せた。
「ばーか!そんなことあるかよ」
ごつん、と、アルフォンスの頭を叩くフリをする。

アルフォンスは、そのエドワードの腕を掴んで。笑いながらエドワードを抱きこんだ。
「それならいいけれど。兄さんの一番はボクじゃないと許さないよ?」
エドワードの耳に唇を押し付けて。アルフォンスは、急激に上がるエドワードの身体の熱を楽しんだ。
そして、抱きしめたエドワードの身体越しにソファの子猫達を覗き込んで。
「よろしくね。ボク達の新しい家族達」
と、優しく囁いた。
エドワードは小さな声で、「まだ飼うと決まったわけじゃねぇぞ」と呟いている。その言葉に「そうだね、母猫が見つかるといいね」と返しながら。
アルフォンスは、エドワードの髪の毛に顔を埋める。
エドワードの髪の毛からは、微かに雨の匂いがしていた。
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