逢えない時間も抱きしめて

小説 七野原 紗恵(天使も呆れるッ!)

イラスト 碧風様(環廻青-endless blue-)

 アルフォンスが仕事の関係で出張してから、1週間目の朝。
 エドワードは、アルフォンスからの電話を受けた。
「もしもし?兄さん?」
「アル!」
 毎晩、アルフォンスは電話をくれていたけれど。今日で出張が終わりだと思うと、自然とエドワードの声は弾む。
「今日で仕事、終わりなんだろ?明日にはこっちに着く?」
 思わず、畳み掛けるようにエドワードは訊いた。そのエドワードの様子に、アルフォンスが笑みを零す雰囲気が、電話の向こうから伝わった。
「そのことなんだけど、今日の夕方には終わるんだ。だからさ、兄さん、こっちに出て来ない?」
「え?」
 アルフォンスの言葉に、エドワードは、きょとん、とする。
「今からそっちを出れば、夕方にはこっちに着くでしょう?ホテルの予約、延長しておくから、直接ホテルに来て待っててくれないかな?」
「えっと…」
 突然の話に、どう答えたものかとエドワードが思案していると。
「それで、こっちで1泊して、おいしいものでも食べよう」
 アルフォンスが続けて言う。
「うーん…」
 旅費だって馬鹿にはならない。明日にはアルフォンスは帰って来るのに、自分が出向く必要はあるのだろうか、と思って、エドワードが答えあぐねていると。
「お願い。兄さん。1週間も会えなかったんだ。もうこれ以上我慢できないよ。…一刻でも早く兄さんに会いたい」
 熱っぽい口調で耳元に囁かれて。エドワードは、頬が熱くなるのを感じた。
「わ、わかった…。ホテルで待ってる」
 口が勝手にそう答えて。エドワードはうろたえる。あ、と思って取り消そうと口を開いたが。
「本当に!?ありがとう、兄さん!楽しみにしているね!」
というアルフォンスの嬉しそうな声に。エドワードは、何も言えなくなってしまった。

 電話を切ってから。そっと、ため息を吐く。けれどそれは、重たいものではなくて。高揚した気持ちに合わせて身体を火照らせる、熱を逃す為のものだった。
 本当は。
 嬉しい。とても。
 今夜、アルフォンスに会えることが。
 アルフォンスが、そんなにも自分に会いたいと思ってくれていることが。
 エドワードは、はやる気持ちを抑えながら。出掛ける準備をし始めた。

 その日の夕方。エドワードは目的の駅に到着していた。
 アルフォンスとの約束の時間にはまだ間があるが、とにかくホテルへ行こうと駅を出た。
「ひゃー。寒いな」
 強く吹き付ける風に、エドワードは首を竦めてコートを押さえる。そうして小走りに行く道すがら。1軒の店の前で足を止めた。
「これ…」
 ウィンドウ越しに見つけた壜に近付くと、しばらくそれを見つめて。エドワードは店内へと入って行った。
 手に取って見ると、間違いなく、それはいつもアルフォンスが飲んでいる酒の銘柄だった。
「どこかで食事しようって言ってたけど…ホテルに帰ってから1杯ぐらい飲むよな」
 真面目なアルフォンスのことだ。きっとこの1週間は禁酒していたに違いない。そう思って、エドワードはその酒を購入することにした。
 店内を見回すと、お酒の他につまみや酒器なども置いてある。
 エドワードは自分用に、度数の低い甘い酒を選び、つまみを数種類手に取った。そして。ふと、店の一角に設けられた酒器のコーナーに目が留まる。そこには、色々な種類の酒器が並んでいた。
「へぇー。いろいろあるんだなぁ…」
 興味を引かれて見ていくと。そこに硝子製品のコーナーがあった。
「うわ…。すげぇ綺麗…」
 並べられた酒気はどれも美しいものだったが、その中に一際エドワードの目を引くものがあった。
 それは小ぶりなグラスで、持ち上げたエドワードの手の中に納まってしまうほどの大きさだった。切子細工の美しさと、控えめに使われた色硝子の美しさが絶妙で。
「この大きさって、アルがいつも使ってるのと同じぐらいだよな…」
 エドワードは、そのグラスを頭に思い描く。「ちっちぇグラスでちびちび飲んでんじゃねぇよ」と、いつだったかエドワードが言った時。アルフォンスは笑って、「こういう強いお酒は、ゆっくり飲むものなんだよ」と言っていた。それを思い出して。
 エドワードは、そのグラスを持って会計へと向かった。

 ホテルへ着くと、エドワードはまずシャワーを浴びた。旅の汚れを落とし、着替える。
 アルフォンスが食事に誘うということは、それなりな場所であるだろうから、エドワードも、ややフォーマルな洋服を持って来ていた。
 普段は着慣れないそれを着込み、エドワードは鏡に映った自分をチェックする。
 そんな自分が、まるで恋人とのデートに備える女の子のようで。エドワードは舌打ちしたい気持ちになる。しかしそれ以上に、もう少しでアルフォンスに会えるのだという喜びの方が大きかった。
「別に、女みたいにオシャレしてるわけじゃねーし。ただ、アルに恥をかかせるわけにはいかないから…」
 エドワードは鏡に向かって言い訳をする。でも、エドワードにはわかっていた。アルフォンスは多分、エドワードを見たら「綺麗だね」と微笑んでくれる。いつも、そうするように。
 どきどきと高鳴る鼓動に落ち着かないまま、エドワードは部屋をうろうろとした。10秒置きに時計に目を遣ってしまう。
「アル、早く帰って来ねーかな…」
 エドワードは、待ちきれないように呟いた。

 約束の時間を過ぎても。アルフォンスから連絡はなかった。エドワードは不安になって、電話と部屋の入り口の間を行ったり来たりしていた。
「仕事が長引いてんのかな…」
 そうは思っても、連絡がなければ不安は拭えない。
 約束の時間が小一時間も過ぎた頃。部屋の電話が鳴った。
「もしもし!?」
 エドワードは飛びつくように電話に出る。フロントから繋がれた電話からは、アルフォンスの声が聞こえてきた。
「もしもし、兄さん?連絡が遅くなってごめんね」
 その声を聞いて。エドワードは安堵し、少し落ち着く。
「今まで仕事だったのか?お疲れ様。どのくらいでこっちに来れる?」
 途端に弾むエドワードの声に。言いにくそうに、アルフォンスが口を開いた。
「ごめん。それが、接待の席が用意されていて、すぐには抜けられそうにないんだ」
 本当に申し訳なさそうにアルフォンスが言う。
「え…」
 エドワードは耳を疑った。
「本当にごめん。せっかく来てくれたのに…。出来るだけ早めに抜けて帰るから…」
 アルフォンスの言葉に。けれど、エドワードの受話器を握る手は震えた。
「仕事じゃ仕方ねーよ。オレは大丈夫だから、気にすんな」
 心とは裏腹に。エドワードの口はそんな言葉を紡いだ。
「うん。本当にごめんね。出来るだけ早めに帰るから」
 繰り返してそう言い、アルフォンスは電話を切った。
 回線の切れた電話を前に。エドワードは、呆然と立ち尽くした。
「接待じゃ…すぐには帰って来れねーよな…」
 ぼんやりと呟く。
 エドワードは緩慢な仕草でタイを解くと、襟元を緩めた。どうせ、今日のうちにはアルフォンスは帰って来ないだろう、と察する。
 どかっ!と乱暴に椅子に腰を下ろした。
「せっかく…こんなところまで来たのにな…」
 小さな呟きは、寂しさに溢れていて。この、ひとりきりの夜の中に、取り残されていた。

 

 ぼんやりと座るエドワードの目に。先ほど購入してきた酒類の入った袋が映る。
「無駄になったな…」
 エドワードは、袋の中身をテーブルに並べる。
「たまにはひとりで飲むのもいいか」
 その言葉は自分に言い聞かせる強がりで。そんなことは、エドワード自身がよくわかっていた。
 エドワードは自分用に買ってきた酒を開け、ホテルの備え付けのグラスに、その液体を注いだ。
 元々、エドワードは酒に強くない。アルフォンスと飲んでいても、舐める程度にしか嗜めない。だから、エドワードはつまみを食べながら、ちびちびと酒を飲んだ。少しでも、その行為を引き伸ばすかのように。アルフォンスのいない夜を遣り過ごす為に。
「…あっつい…」
 そうは言っても、2、3時間も飲んでいれば酔いも回ってくる。
 火照る身体に、エドワードは覚束ない手付きで服を脱ぎ始めた。
 アルフォンスが帰って来た時の為に、部屋は充分に暖めてあった。酔った身体にはその室温がうっとおしい。
「シャワーでも浴びるか…」
 酔いにぼんやりとしてきた頭でそう考え、エドワードは全裸になると、シャワールームへと向かった。
「んぅ…気持ち悪い」
 シャワーを浴びれば、少しはすっきりするかと思ったのに。酔いが余計に回ってグルグルとし始めて。エドワードは濡れた身体のまま、シャワールームを出た。流れる水滴が気持ち悪く感じられ、バスタオルで簡単に身体を拭う。
「はぁー…」
 何だか身体がだるく、重く。エドワードは再び椅子に身体を預けた。
 テーブルの上には、アルフォンスの為に用意した酒とグラスが並んでいる。
「アル…」
 エドワードは酔いに潤む目でそれらを見ると。酒の封を切った。
 アルフォンスの為に買った酒を。アルフォンスの為に買ったグラスで。自分が、飲む。
 虚しい行為だが、今のエドワードには、それしかアルフォンスの存在を感じられる方法がなかった。


 アルフォンスは焦っていた。何度電話しても、電話が繋がらない。時刻は午前0時を回っていた。多分、エドワードは眠ってしまったのだろうけれど。その姿を確認するまでは安心できなかった。
 もしも暇を持て余したエドワードがホテルから出掛けてしまっていたら?
 そう思うと、ひどく胸騒ぎがする。普段のエドワードは、もちろん無敵なほどに強いが。もしも酔わされてしまったなら。驚くほど無防備になってしまうのだ。
 アルフォンスは真夜中の町にタクシーを走らせた。

「兄さん?寝てるの?」
 部屋の鍵を開けて入ると。暖かい部屋には暖房も明かりもついていて。エドワードが中にいるのだろうと思われた。
 そのことに安心して、アルフォンスはエドワードの姿を探す。
「兄さ…」
 アルフォンスは、その光景に言葉を飲み込んだ。
 エドワードは、そこにいた。
 テーブルにうつ伏せて、寝込んでいるようだ。
 散乱した酒瓶に食べ物。脱ぎ散らかされた衣類。…全裸のエドワード。
「兄さん…これは一体…」
 戸惑いながら、アルフォンスはエドワードへと近付く。
「兄さん、兄さん大丈夫?」
 その様子に心配になって、アルフォンスはエドワードを揺り起こす。状況から考えて、かなり酒を飲んだようだ。もしも急性アルコール中毒にでもなっていたら大変だと思った。
「兄さん」
 何度か呼び掛けているうちに、エドワードから反応があった。
「んー…?」
 薄らと目を開けて。その瞳が、覗き込むアルフォンスの姿を捉えた。
「ア…ル……?」
「そうだよ。遅くなってごめんね。それより、兄さん大丈夫?気持ち悪くない?しんどくない?」
「アル…お帰り…」
 言うなり、エドワードはアルフォンスに抱きついてきた。
「に、兄さん…」
「…?アル、冷たい…」
 その感触に、エドワードが、とろん、とアルフォンスを見上げる。
「今帰って来たばかりだから…ちょっと待って。コート脱ぐよ」
「んー…?」
 アルフォンスの言っていることを理解しているのか、いないのか。エドワードはアルフォンスにしがみついてくる。しかし、裸のエドワードに風邪を引かせるわけにはいかないと、アルフォンスは手早くコートと、スーツの上着を脱ぎ捨てた。
「これで少しは暖かいと思うんだけど…」
 言いながら、アルフォンスはしがみついてくるエドワードを、しっかりと抱える。
 エドワードの身体は暖かい部屋とアルコールに暖められ、とても熱かった。
「アル、冷たい…寒いのか…?」
 しがみついているエドワードが訊いてくる。
「ん。平気だよ。兄さんこそ、大丈夫?」
 愛しげに髪の毛を梳きながら、アルフォンスが問うと。
「アル寒いのかわいそう…オレがあっためてやるから…」
というエドワードの言葉と共に。ぎゅうっと抱きしめられた。
「兄さん…」

 アルフォンスの胸に顔を押し付けてくるエドワードに。アルフォンスの内から愛しさが溢れ出て。その、いい匂いのする髪の毛に顔を埋めた。

「ああ…兄さんだ。会いたかったよ。すごく…」
 アルフォンスが囁けば。
「オレも…会いたかった…アル……」
 エドワードからもそんな言葉が返された。

 自分にしがみついたまま眠ってしまったエドワードを抱えて。アルフォンスはエドワードが座っていた椅子に掛け直す。
 いろんなものが散乱したテーブルに。アルフォンスは、自分がいつも自宅で飲んでいる酒を見つけた。封が切られている。そして、見たことの無い、美しい小ぶりのグラス。
「………」
 飲んだのは、もちろんエドワードなのだろうが。これらは、アルフォンスの為にエドワードが用意したものなのだろう。そう思うと、アルフォンスは嬉しさと、申し訳なさを感じる。
「兄さん、本当にごめんね。それから、ありがとう」
 眠ってしまったエドワードの耳元に囁いて。アルフォンスは、エドワードを自分の胸に抱いたまま、その酒をグラスに注いで飲み始めた。


 翌朝。エドワードが目を覚ますと。真っ先に、自分の横に眠るアルフォンスの姿が飛び込んできた。
「!」
 あまりの驚きに飛び起きる。
「ア、アル…?」
 エドワードとアルフォンスは、ホテルのバスローブを着込んで、ひとつのベッドに寄り添って横になっていた。
 エドワードは慌てて夕べの記憶を手繰り寄せるが。酒を飲み始めてから後の記憶がない。おそらく、アルフォンスが帰って来た時には酔い潰れていたのだろう。
「うわ…オレ最悪…」
 エドワードは頭を抱える。本当なら。いくら寂しかったとはいっても、酒など飲まずに、アルフォンスの帰りを起きて待っていなければならなかったのに。
 自分の不甲斐無さに歯噛みして、エドワードはベッドを降りようと身体を起こした。
 せめて、アルフォンスにコーヒーぐらいは淹れてやりたかった。しかし。
「どこに行くの?兄さん」
 不意に、大きな手に腕を掴まれて。エドワードは慌てて視線を落とした。
 眠っていると思っていたアルフォンスが、エドワードを見ていた。
「お、起きてたのかよ…」
 驚いたので、そんな物言いになった。それを気にした風もなく。
「今、起きたんだよ。兄さんが離れていく気配がしたから」
 アルフォンスはエドワードを見上げてくる。
「離れて…って。オレはただ、コーヒーを淹れに行こうとしただけだ」
 たじろいで、エドワードはそう答えた。
「コーヒー?いいよ。じゃあ、朝食を食べに行く?」
 機嫌よくアルフォンスが起き上がった。
 まるで夕べのことに触れないアルフォンスに。エドワードの方が居たたまれなくなる。
「ア、アル!その…夕べはごめんな?」
 エドワードの言葉に。「ん?」とアルフォンスは首を傾げる。
「オレ、酒を飲んで寝ちまうなんて、最悪だよな…。本当にごめん…」
 そのうえ、疲れて帰って来たであろうアルフォンスに、酔い潰れた自分の世話までさせてしまったのだ。
 申し訳なくて、エドワードは身を縮ませた。
「兄さんが謝ることなんてないよ。元々、約束を破ったボクが悪いんだから。ひとりで待たせてごめん」
 アルフォンスが優しく言って、エドワードの顔を覗き込む。
「アルが悪いわけでもないだろ…!仕方がないことじゃないか」
 エドワードがそう言うと、アルフォンスは優しく笑った。
「ありがとう。兄さん。それで?身体は大丈夫?」
「え?何が?」
 アルフォンスの質問の意味がわからなくて、エドワードは首を傾げる。
「その分だと大丈夫みたいだね。夕べは結構、お酒を飲んでいたみたいだから…」
 言われて。
「あ!そうだ、酒!!!」
 エドワードは弾かれたように叫んだ。アルフォンスが目を丸くする。
「どうしたの?」
「オレ、おまえにと思って酒を買ったのに…もしかして、オレが飲んじまってた?」
 エドワードの顔が泣きそうに歪む。
「ああ。あのお酒なら、夕べ飲ませて貰ったよ。ありがとう、兄さん」
「…え。飲んだ…?」
「うん。帰って来てから。すごく綺麗なグラスもあったね。あれも兄さんが買って来てくれたの?」
 アルフォンスが嬉しそうに笑う。
「う…うん。…アルに似合うかと思って…」
 エドワードは、その笑みに顔を赤くして答えた。
「すごく嬉しいよ。ありがとう、兄さん」
 その言葉と共に、エドワードは抱き寄せられていた。
 その温もりに。
 ああ、アルフォンスだ、と思う。
「アル…。お帰り。お疲れ様」
 言いそびれていた言葉を。エドワードは、やっとアルフォンスに伝えることができた。

 

<あとがき >
2005.3.14作。『環廻青-endless blue-』の碧風様に押し付けた小説。
碧風さんがイラストを付けてくださる、という言葉に甘えてしまいましたーvまさかこんなに素敵なイラストを付けていただけるなんて!!!感激!!!
正装エドと裸のエドというツボを押えられたら、もう奇声を発することしか出来ません(笑)。素敵すぎる! しかもアルが、優しそうで格好よくて堪りません…v
小説の方は、うちの小説とは思えないほどの ラブラブなふたりに仕上がってしまいました(笑)。兄さんが完璧にアルの恋人です!!!どうしよう、どうしよう!!!(笑)。
全ての原因は碧風さんが「アルエド天使祭り2」さんの絵茶にて描かれた酔っ払いエドにあります。あの素敵絵が私にこんな小説を書かせました。
ご許可いただけたので、下↓に載せますねー。このイラストの中にこの小説の全てのストーリーが詰まっておりますv私的テーマは「ホテルでアルに待ちぼうけをくらわされているエド」。他には「アルと喧嘩してやさぐれて酒を飲むエド」というのもありました(笑)。
碧風さん、素敵なイラストと、その素敵イラストで私に素敵な妄想をくださってありがとうございましたvご一緒出来て凄く嬉しかったですv
←「アルエド天使祭り2」様の絵茶にて。碧風さんの酔っ払いエドv

2005.7.3.up