|
エドワードがアルフォンスの両肩を掴んだ。その指先がアルフォンスの肩に食い込む。
「アルは…鎧のアルは、オレに全てを奪われた。その身体も、感覚も、何もかも…。そんな状態で何年もの時を過ごした。そして今また、オレのエゴでこの身体に押し込められている…」
エドワードの顔が苦しげに歪んだ。
「…ボクはね、とても危うい存在なんだ。魂だけの存在だから。兄さんがいなければ。兄さんがボクの名前を呼んでくれなければ。兄さんがボクを必要としてくれなければ。兄さんがボクを愛してくれなければ。…ボクは、人間ではなくなる。そんな、存在なんだ」
鎧のアルフォンスが、淡々と言った。アルフォンスは言葉を失う。
「それを知っているから、兄さんはボクの側を離れないんだよ」
鎧のアルフォンスは笑っているようだった。
「そうじゃない、アル。愛しているからだ。おまえを愛しているから側に居るんだ」
エドワードが怒ったようにそう言って、今度は鎧のアルフォンスの両腕を掴んだ。
「うん。わかってる。兄さんはボクを愛してくれている。兄さんの弟の、アルフォンス・エルリックを」
そうして、鎧のアルフォンスはアルフォンスを見た。
「…それはボクのことで、そして君のことだよ?」
「………」
答えないアルフォンスに。
「どうする?本当にここを出て行く?兄さんの側から離れる?」
アルフォンスは訊いた。そして。
「そうしたら、兄さんはどうする?」
と、エドワードに訊く。
「追い掛ける。アルがどこかへ行くなら、オレはアルのことを追い掛ける。…側に居たいから」
エドワードは即答した。
「ボクがここに残るって言っても?」
鎧のアルフォンスの言葉に。
「え…っ」
エドワードは息を呑んだ。
「な、なんで…?アルも一緒に来てくれるんだろ?」
縋るように鎧のアルフォンスを見上げる。
「行かないよ。ボクはここで待ってる。それでも、兄さんは彼を追い掛けて行く?」
エドワードはしばらく躊躇して。
「…追い掛けるよ。追い掛けて、捕まえて。そしてここに帰って来る」
エドワードは決心したように、そう言った。
「わかったでしょ?」
その言葉を聞いて、鎧のアルフォンスはアルフォンスに向かって言った。
「兄さんが君のことをとても愛しているってこと。ボクを特別に愛しているんじゃない。ボク達のことを愛してくれているんだ。だって…ボク達は、同じ魂を持つ、ひとりの人間なんだから」
アルフォンスには答えられなかった。鎧のアルフォンスの言っていることが理解できなかった。
鎧のアルフォンスは、エドワードに向き直った。
「兄さん。ボクの血印を壊して。ボクの魂を彼の中に返して」
その言葉にエドワードは硬直した。
「さあ」
鎧のアルフォンスは自分の胸のプレートを外して、血印を露出させた。
「…や…嫌だ…」
エドワードが後ずさる。
「兄さん」
鎧のアルフォンスが1歩前に踏み出す。
恐れるように、エドワードは身体を後ろに引く。
「嫌だ。そうしたらアルはまた、記憶を失ってしまう。また、アルの一部が失われてしまう…」
エドワードの顔は引き攣れて。尚も後ずさりする。
「兄さん。ボクは消えてなくなるわけじゃない。ちゃんと、ボク自身の身体の中に宿っている。もともとの魂の中に帰るだけなんだ。何も恐れることも、惜しむこともないんだよ」
諭すように鎧のアルフォンスが言う。
「嫌だ…もうアルを失うのは嫌だ。もう、これ以上…嫌だ。嫌だ嫌だ!!!」
弾かれたように叫んだエドワードの両目からは涙が溢れていた。ぼたぼたと涙を零しながら、濡れた瞳で鎧のアルフォンスを見つめている。まるで懇願するような瞳で。
「…もうやめよう」
アルフォンスが声を上げた。
「今のままでいい。…兄さんが泣いてる。兄さんを悲しませるぐらいなら、ボクは…なんだって我慢する」
アルフォンスが辛そうに言う。
「……アル」
エドワードが泣きながらアルフォンスを見た。
「…ごめん。もう何も言わないから。兄さんが望むなら、このままで暮らそう?」
優しく、アルフォンスはエドワードの涙を拭った。
途端、堰を切ったように、エドワードは声を上げて泣き始めた。顔をぐしゃぐしゃにして泣くエドワードにアルフォンスは驚いた。
「兄さん!?」
「…っごめ…っごめん、アル。オレ、気が付かなくて…おまえが苦しんでるなんて思ってもみなくて…ごめん。オレ…オレ…」
しゃくり上げながら必死に言い募るエドワードに。アルフォンスは、自分の中の頑な気持ちが解けていくのを感じた。
「もういいよ、兄さん…。ボクこそごめんね」
そっと、アルフォンスはエドワードの震える両肩を抱いた。久しぶりにアルフォンスはエドワードに触れた。優しい、優しい気持ちになっていた。
自分を責め、悲しみに震えているこのひとを、大切にしたい。守りたい…。
アルフォンスは、自分の中にそんな気持ちが込み上げてくるのを全身で感じていた。
「ちが…っアルは何も悪くな…オレ…オレが…アルに逢えて嬉しくて、嬉しくて舞い上がってて…幸せで幸せで堪らなくて…自分のことしか考えてなかったから…だから…」
「兄さん…」
アルフォンスは微笑んだ。自分はこの人に愛されているのだ、と感じた。
「生身のアルも…鎧のアルも…オレには大切な、ただひとりのアルだったから…アルがそのことで悩んでいるなんて…オレ、気付かなくて…っ」
まだ一生懸命にアルフォンスに訴えるエドワードに。
「うん。わかったよ。もういいんだ。だから泣かないで、兄さん…」
アルフォンスは、優しい手つきでエドワードの背中を擦った。
「愛してる…愛してるよぅ…アル。アルフォンス…」
泣き声で伝えられたその言葉に。アルフォンスは、自分の目にも涙が込み上げるのを感じていた。
がちゃり、と鎧の動く音がした。
アルフォンスが目を遣ると、鎧のアルフォンスがエドワードに歩み寄ってきた。
「さあ、兄さん。血印を壊して」
鎧のアルフォンスの声は優しい。しかし、アルフォンスは慌てた。
「もうそのことはいいんです。兄さんが悲しむ…」
「駄目だよ。ボクを本来あるべき場所に返して。兄さん、あなたの手で」
びくり、とアルフォンスの腕の中でエドワードの身体が跳ねた。
「ボクはボクの魂の中に返る。そこで、また兄さんに逢える日を待っているから」
鎧のアルフォンスの口調は優しくも厳しい。
しゃくり上げながら、エドワードはアルフォンスから身体を離し。手のひらで流れる涙を拭った。
「…また、逢えるのか?」
掠れた声で訊く。
「もちろん。ボクはいつだって兄さんの側に居る。あの身体の中で、静かに眠って…いずれ、彼の中でひとつに解け合う。その時に、また逢える。今度は本当に、たったひとりのアルフォンスとして。本来あるべき、正しい姿で」
「…そっか」
エドワードは、落ち着いた声で答えた。納得したひとの声だった。
「さようなら、アルフォンス。また、逢おう」
「うん。兄さん。約束する」
エドワードが両手を打ち鳴らした。そして、トン、と鎧に描かれた血印に両手を押し当てた。血印が分解していく。
「愛しているよ、アル」
「ボク…も…だよ……」
ノイズが入ったような途切れ途切れの声を残して。突然、鎧は力を失ったかのように、その場に崩れ落ちた。
アルフォンスは、静かな気持ちでその鎧を見つめていた。自分の中に何かが戻った、という感触は確かにあった。
エドワードを愛しいと思う気持ちは、以前にも増して溢れ出している。
多分、それはあの鎧のアルフォンスの、エドワードへの気持ちなのだろう、と、アルフォンスは考える。
隣では、その鎧を前に、エドワードが再び静かに涙を流している。
アルフォンスはそんなエドワードに、そっと寄り添った。
「兄さん。彼の分も…ボクが側に居るからね」
ありったけの愛情を込めてそう告げると。
泣きながらエドワードは満面の笑みをアルフォンスに向け。
「おまえはたったひとりだよ。オレの愛しいアルフォンス」
そう、言った。
|