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激しい衝撃を直接魂に与えられたアルフォンスは、しばらくして再び意識を失った。エドワードは心配でおろおろとしていたが、鎧のアルフォンスは落ち着いたもので、アルフォンスを抱き上げると彼の寝室のベッドへと運んだ。
「魂に直接受けた衝撃を和らげる為に眠っているんだと思うよ。大丈夫。心配ないから、そんな顔しないで?」
鎧のアルフォンスが優しくエドワードの背を撫ぜる。エドワードは心配に泣きそうな顔をしながら、眠るアルフォンスを見つめていた。
「…ごめんな。アル。無茶して、おまえに負担を掛けた…」
ぽつり、と謝罪の言葉が漏れる。
「いいよ。兄さんが無茶なことするのは今に始まったことじゃないしね」
鎧のアルフォンスは明るい声でそう言うと、エドワードの背を押す。
「さ、兄さんはもう眠りなよ。すっかり夜中になってる」
アルフォンスの言葉に、エドワードは躊躇して。
「オレ、アルの側に付いてる」
と、ベッドで眠るアルフォンスを見て言った。
「ボクが側に付いていてもいいんだけど…そうだね。兄さんが居た方がいいかもね」
そう言うと、鎧のアルフォンスはアルフォンスが眠るベッドの上掛けをめくった。
「一緒に寝てあげなよ。ボクが起きててあげるから」
その言葉に、エドワードの胸がずきん、と痛んだ。せっかくアルフォンスは生身の身体を取り戻したのに。エドワードが再び、鎧の身体に移してしまった。鎧のアルフォンスは再び、眠れない身体になってしまったのだ。
「アル…」
エドワードがか細い声で鎧のアルフォンスを呼んだ。
「何?」
鎧のアルフォンスが答える。
「…ごめん」
搾り出すようにエドワードが言う。そうして、そっと鎧のアルフォンスの手を握った。
「またおまえに辛い思いをさせる…。ごめんな。おまえだって眠りたいよな。食事だってしたいよな。感覚だって…せっかく取り戻したのに…」
鎧のアルフォンスは、自分の手に重ねられたエドワードの手に、もう片方の手も重ねた。
「気にしなくていいよ、兄さん。本当を言うと、ボクも兄さんに逢えたのは嬉しいしね。そうだ。明日はボクが朝食を作ってあげるよ。兄さんの大好きなパンケーキを焼いてあげる」
アルフォンスが穏やかに笑った。そのことに、エドワードは僅かに安堵の表情を浮かべ。
「嬉しい。…愛しているよ、アル」
と、額を鎧のアルフォンスの胸に触れさせた。
「ボクも愛しているよ、兄さん。…さあ、早くベッドに入って眠りなよ。彼が寒そうだよ」
言われて、エドワードはようやくベッドで眠るアルフォンスの隣へと身体を滑り込ませた。
「アル。手を握っていてくれるか?」
エドワードが遠慮がちにいう声に。
「いいよ」
と、アルフォンスは右手を差し出した。エドワードの左手と重ねる。エドワードは、その手をぎゅっ、と握った。
「おやすみ、アル」
「おやすみなさい、兄さん」
そうして、エドワードは眠りに落ちた。
それから、エドワードとアルフォンス、鎧のアルフォンスの3人での生活が始まった。
鎧のアルフォンスのことは隣家のロックベル家にだけ伝えた。町の皆は以前アルフォンスが鎧を着ていたことを知っているし、どちらかが外出している時には片方は決して他人に姿を見られないように、という決まりごとだけは作った。とはいえ、鎧の不自然さは目立つので、鎧のアルフォンスがいつも隠れる役目だった。
鎧のアルフォンスが現れてからというもの、アルフォンスは不機嫌だった。その朝も、寝室からダイニングへと降りていくと、エドワードと鎧のアルフォンスの楽しげな声が聞こえてきた。
それを出来るだけ無視して、アルフォンスはダイニングへと入る。
「遅いぞー、アル」
上機嫌のエドワードがアルフォンスに声を掛ける。
以前はエドワードの方が寝坊ばかりをしていたし、エドワードに甘いアルフォンスはそれを許していた。それはエドワードの寝顔を見る楽しみの為でもあった。
しかし今は、鎧のアルフォンスがエドワードと同じ寝室に居る。鎧のアルフォンスは眠らないということだから、一晩中エドワードの寝顔を見ているのかも知れない。そう思うと、アルフォンスはムカムカとする。自分だけのものだった筈なのに。今ではすっかりエドワードは鎧のアルフォンスのものだ。
「おはよう、兄さん」
そんな内心の思いを隠して、アルフォンスは、にっこりと笑って言った。
「おはよう」
鎧のアルフォンスが言うのに、
「おはようございます」
と、口だけで返し、アルフォンスは鎧のアルフォンスが作った朝食の並ぶテーブルに着く。
鎧のアルフォンスが現れてからというもの、料理は彼の担当だった。鎧のアルフォンスの料理がとても美味しいことが、アルフォンスはまた悔しかった。味覚どころか、舌さえないくせに、どうしてこんな料理が作れるのかと思う。
「いっただきまーす」
エドワードがいつものように、嬉しそうに食事を始める。その様子が、アルフォンスは腹立たしいのだ。鎧のアルフォンスの料理がエドワードを喜ばせる。それが悔しかった。
「上手い!アル、このパン上手いぞ!」
嬉しそうにエドワードが言う。
「良かった。焼きたてのパンを食べさせてあげたくて、今朝頑張って焼いたんだよ」
鎧のアルフォンスも嬉しそうに答える。
「本当に上手い!さんきゅ、アル」
えへへー、とエドワードが鎧のアルフォンスを見上げて笑う。
「どういたしまして。わかったから兄さん、口の中に物を入れたままでしゃべらないの。お行儀が悪いよ?」
やんわりと鎧のアルフォンスが注意する。
「ほら。口の周りにジャムが付いてる。拭いてあげるからこっち向いて」
ハンカチを手に、鎧のアルフォンスが言う。
「ん」
注意されてむくれるでもなく。エドワードは素直に鎧のアルフォンスに向けて上向く。その口元を、鎧のアルフォンスが優しく拭う。
「はい、いいよ。綺麗に食べてね?」
鎧のアルフォンスの言葉に。
「おう!」
と、エドワードが笑う。
そんな日常の風景。それを、アルフォンスはいつも間近で見せられている。
鎧のアルフォンスは、エドワードに対して過保護というか、とにかく世話を焼いてばかりいる。それが彼の1日なのだ。そして、厳しく注意しているようで、それはやはり甘いのだ。エドワードにしても、そんな鎧のアルフォンスに甘えている。まるで親子のようだとアルフォンスは思う。そうでなければ仲睦まじい夫婦といったところか。
ああ、ムカムカする、とアルフォンスは思う。目を逸らす。出来れば、耳も塞ぎたかった。
エドワードは家に居る時には、大抵リビングに居た。そこに居れば3人で一緒に居られると思っているようだった。
確かに、リビングを抜けなければキッチンにも行けないし、玄関へも行けない。
エドワードの側には必ず鎧のアルフォンスが居るので、アルフォンスはあまりリビングには近寄りたくなかった。
その日もアルフォンスは自室に籠もって本を読んでいた。喉が渇いたので仕方なくキッチンへと向かう。
キッチンの手前にあるリビングのドアを僅かに開けると、エドワードと鎧のアルフォンスの声が聞こえてきた。
「アールー。なに本なんか読んでんだよー」
エドワードの甘えた声。アルフォンスが隙間からリビングを覗くと。エドワードが、ソファに座って本を読んでいる鎧のアルフォンスの背後から両腕を回し、おんぶをねだるように寄りかかっている。
「何って…面白いよ?この本。兄さんも読んだんでしょう?」
アルフォンスが身体を捻って背後のエドワードに視線を合わせる。
「オレと居る時に本なんか読んでんなよー。オレの相手しろ、コラ」
ぎゅう、とエドワードが片手を鎧のアルフォンスの首に回して締める真似をする。
「どーしたの、兄さん。構って欲しいの?」
鎧のアルフォンスが笑って言う。ぱっ、とエドワードの顔が赤くなった。
「べっ、別にそんなんじゃねーけどさ!なんだよ…アルはオレと話すより本を読んでる方が楽しいのかよ」
エドワードは拗ねたような顔をして、鎧のアルフォンスに寄りかかっていた身体を起こそうとした。その、離れていこうとするエドワードの手を鎧のアルフォンスが掴む。
「そんなわけないでしょう?ボクだって兄さんと話してる方が楽しいよ」
鎧のアルフォンスの言葉に、エドワードは照れくさそうに笑って。
「初めっからそう言えばいいんだよ!」
と、再び全身で抱きついた。
ふたりの笑い声が響く。
アルフォンスは暗い気持ちで、今来た廊下を戻り始めた。
何の為の2年間だったんだ。
アルフォンスは自室のベッドに横になり、暗い天井を見ていた。時刻はもう夜中になっている。
今日もいつもどおり平和な時間が過ぎた。3人で笑って食事をし。エドワードが言い出したので3人で組み手をした。3人とも笑っていた。多分、本当に笑っていなかったのは自分だけなのだろう、とアルフォンスは思う。
いつまでこんな生活が続くんだろう?
一生だろうか、とアルフォンスは暗い気持ちで思った。エドワードを取り戻したかったのに。確かに取り戻したと思ったのに。エドワードの心は自分にはなく。彼はひたすら、鎧のアルフォンスのことを追っていた。
それが、悔しくて悲しい。
アルフォンスの失われた記憶。それはエドワードにとって、それほどまでに大切なものだったのだろうか。
そう思うと、アルフォンスはその記憶を返せ、と鎧のアルフォンスに詰め寄りたくなる。その記憶はボクのものだ。兄さんはボクのものだと、鎧のアルフォンスをなじりたくなる。
けれど、そんなことは出来はしない。何故ならそんなことをしたらエドワードが悲しむからだ。
それに、エドワードが鎧のアルフォンスのことを庇ったら?アルフォンスにはもう逃げ場は無くなる。拠り所が無くなる。エドワードの愛情を、笑顔を失ったら。
本当に、何の為の2年間だったのか、わからない。
知らず、アルフォンスの目じりから涙が零れた。ぼろぼろと留まらないそれに。ぐすっ、とアルフォンスは鼻をすすった。
「うー…」
アルフォンスはベッドにうつ伏せ、枕に自分の顔を押し当てて、声を殺してむせび泣いた。
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