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エドワードは目覚めて。自分が見覚えのある錬成陣の上にいることに気付いた。見覚えのある風景。変わらない、あの日の場所だ。
エドワードの隣に、誰かが横たわっている。うつ伏せになっているその人物の、顔は見えない。長い金髪。エドワードと同じようにひとつに結われている。そして、懐かしいコート。赤いそのコートの背には、紋章が描かれている。
「ア…ル?」
エドワードは掠れた声で、その名前を呼んだ。
「アルフォンス…?」
震える指先を、その人物の背に伸ばす。
その身体を揺する。
意識のない身体が、ごろりと横向きになった。
「………!」
その、顔。初めて見る顔だ。けれど、それは紛れもなくエドワードの弟、アルフォンスだ。
記憶にある10歳のアルフォンスが、成長している。けれど、幼さを残している顔。
「アルフォンス…!」
エドワードは胸が破裂しそうなほどの愛しさに急かされて、アルフォンスの暖かく、柔らかい身体を乱暴に揺さぶった。早く、その瞳が開くのを見たかった。声を聞きたかった。エドワードをその瞳に映して、名前を呼んで欲しかった。
「アル…!!」
ぴくり、とアルフォンスの身体が動いたかと思うと。ゆっくりとアルフォンスの瞳が開いた。ぼんやりと床を見つめたその瞳が、自分の身体に触れているエドワードを見上げる。その瞬間。金色の瞳が、見開かれた。エドワードをしっかりと、その瞳に映した。
「に…いさん…?」
「アル…!」
「え…ほんとうに、にいさん…なの?え、どうして?え、ええ?」
アルフォンスは混乱しているようだった。エドワードはその様子に安堵して、アルフォンスを抱きしめた。
「無事でよかった…アルフォンス…」
その暖かい声に。
「兄さん…」
その温もりに。
「兄さん、逢いたかった…逢いたかったよ…!」
アルフォンスも、胸を一杯にして。ぎゅうっと、自分を抱きしめるエドワードの背に手を回した。必死にしがみつく。その温もりを、自分の体内に取り込もうとするかのように。
ふたりがその地下都市から抜け出して外に出ると。早朝の透明な空が広がっていた。
橙色と青色が溶け合った、どこまでも抜ける透明な空だ。
エドワードもアルフォンスも、何とも言えない気持ちでその空を見上げた。新しい夜明けのように思えた。
本当に、取り戻した。アルフォンスの身体を。エドワードの存在を。
それぞれに、胸に思う。
「おまえの言うとおりにして良かった…。ありがとう、アル」
エドワードは感謝の気持ちを込めて、アルフォンスに告げた。
少しでも可能性があるのなら、諦めたくないと言ったアルフォンス。そして、そのお陰で、エドワードはここにいる。
けれど。
「え?何が?」
アルフォンスから帰ってきたのは、そんな、きょとん、とした答えで。
「何がって…おまえのお陰でこうして帰って来れたんじゃないか?」
エドワードは、ざわざわとした気持ちで、そう答えた。嫌な予感がした。
「ボクのお陰?え、どうして?ボクはあの錬成陣の上で気絶していただけなのに…」
アルフォンスの答えに。エドワードは、目の前が真っ暗になるような気がした。
そういえば鎧のアルフォンスは、こちらの、生身のアルフォンスは鎧の間の記憶を無くしていたと言っていたな、と、ぼんやりと思い出す。
アルフォンスは再び、鎧姿の自分の記憶を失ってしまったのだ。
ふたりは、近くの町まで行くことにした。アルフォンスの道案内で、イズミがいる筈の場所へと向かう。
ただし、アルフォンスがこの場所へ来てから、どれだけの時間が経過しているのかわからないのが、ふたりは不安だった。
「師匠に殴られるかなー…」
アルフォンスが顔を顰めて言う。禁じられていたのに、黙って抜け出してきたというから、それは覚悟しなくてはならないだろう、とエドワードは思った。
「オレ…はどうかな」
エドワードが呟くと。
「兄さんは大丈夫だよ!きっと、師匠も喜ぶよ!」
アルフォンスが、満面の笑みで答える。
「きっとびっくりするよ!早く皆に会いたいね!」
アルフォンスは屈託なく笑う。エドワードは、曖昧に微笑んだ。
「なあ、アル…。本当に覚えてないのか?真理の門のこと…」
諦め切れなくて、未練がましく訊いてしまう。
アルフォンスは、それがどうかしたかというように、喜びを露にした瞳でエドワードを見た。
「うん。全然覚えていない。でも兄さんがここに居る。これ以上望むことなんてボクにはないよ!」
「ああ…そうだな」
そう言われてしまえば、アルフォンスの言うとおりで。エドワードは何も言えなくなってしまう。けれど。割り切れない何かが、エドワードの中に残った。
結局、あちら側とこちら側の時間は同じように流れていたようで、アルフォンスが行方不明になっていた3日間、イズミや町の人達が総出で探索をしていたと聞かされた。
イズミは、アルフォンスと共に帰ってきたエドワードを見て、口も目も、あんぐりと見開いていた。驚き過ぎてしまったらしい。
それから我に返ると、アルフォンスの頭にキツイ拳骨を食らわせた。あまりの痛みに声もなくその場にうずくまるアルフォンスの側で、イズミは過労と極度の興奮で吐血してしまい、エドワードや周りを慌てさせた。
しかしイズミはアルフォンスを連れて、アルフォンスの探索をしてくれた町の人々に礼と侘びを言って回った。エドワードは部屋で休んでいるようにと言われたが、そんな気にならず、一緒に礼と侘びを言って回った。アルフォンスの兄として。
その後、エドワードの帰還を喜んでくれたイズミに連れられて、アルフォンスとエドワードはリゼンブールに帰った。
ウィンリィやピナコ、町の皆が喜んだ。そして、ウィンリィから秘密裏にセントラルにいるリザ・ホークアイに連絡が寄せられた。リザの指示で、エドワードは死亡扱いのまま、リゼンブールに身を潜めることとなった。
エドワードとアルフォンスは落ち着いた生活を取り戻した。そうして初めにしたことは、エドワードの義肢を機械鎧に戻すことだった。再び痛みと向き合うことになったエドワードだったが、不自由な義肢に比べれば機械鎧の痛みに耐える方がマシだったし、周りもそれを望んだ。
こうして、エドワードは以前と同じく自由に動く身体を手に入れた。それからふたりは、アルフォンス名義に書き換えられて、後見人のピナコが管理しているエドワードの貯財を使って生活を始めた。
アルフォンスはエドワードの側を離れたがらなかったし、それはエドワードにしても同じことだった。
「兄さん、一緒に寝てもいい?」
夜になると、アルフォンスがエドワードの寝室を訪れる。エドワードは笑顔でそれを迎える。
少々窮屈なベッドで。ふたりは身を寄せ合って眠る。
いつも、先に眠りに就くのはアルフォンスの方。エドワードは、月明かりに照らされるアルフォンスの寝顔を見ている。
そして、先に目を覚ますのはアルフォンスの方。アルフォンスは、朝日に照らされるエドワードの寝顔を見ている。
「ん…アル…」
アルフォンスがエドワードの髪の毛を撫ぜていると、眠っているエドワードの口から、アルフォンスの名前が零れる。優しく、愛しげに呼ばれるその声音に。アルフォンスは嬉しくて嬉しくて、微笑みながら、更に優しくエドワードの髪の毛を撫ぜる。
そんな日常に、アルフォンスは満足していた。
そんなある日。夜中にアルフォンスは目を覚ました。隣の気配が動いた。その為だ。
アルフォンスが目を開くと、はたしてそこにはエドワードの姿はなく。アルフォンスは不安になって身を起こした。
もしもまた、エドワードを失ってしまったら、と、全身の血の気が引く思いがする。
ベッドを抜け出し、アルフォンスは足音を忍ばせて部屋を出た。
どこにもエドワードがいない。外に出て行ったのか、と思う。けれど、念のためにアルフォンスは地下室へと足を運んだ。
今ふたりが住んでいる家は、焼き払った生家の上にアルフォンスとエドワードで錬成したものだ。その際、地下室を錬成したのはエドワードだった。
アルフォンスは必要ないと思ったが、エドワードは勝手に作ってしまった。
そのことを思い出して、アルフォンスは地下室へと足を運ぶ。何かそこに、エドワードにとって大切なものがあるのかも知れない、と考えたのだ。
地下室のドアからは、細く頼りない光が漏れていた。それがランプの明かりだとアルフォンスは知る。そっとその隙間から部屋の中を覗くと。
そこに、ほの暗い明かりに照らされたエドワードの姿があった。
エドワードが、壁際に立てられた鎧を見上げている。触れている。その瞳はとても切なげで。しかし、愛情に溢れていた。
アルフォンスの鼓動が早くなる。
もしかして、という思いがアルフォンスの中にある。
そうして。
エドワードは、優しくその鎧を撫で擦り、その鋼鉄の胸に頬を寄せた。そのまま、自分の頭を預ける。
そうして囁かれた言葉に。アルフォンスは酷い衝撃を受けた。
「アル…。オレの愛しいアルフォンス…」
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