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ここじゃなんだから、と、エドワードは場所を移ることを提案した。近くに宿を取っているという。その道すがら、アルフォンスは今までの事情を説明した。その説明の途中で宿に着き、ふたりは部屋に腰を落ち着けた。
「それは…多分、おまえの魂だけが門のこちら側に来たんだ。おまえの身体はまだ門の内側にある筈だ」
エドワードの言葉に、
「そうなの?」
と、アルフォンスが首を傾げる。
「ああ。オレが初めにこっちに来た時もそうだったから」
エドワードの言葉にアルフォンスは、
「なんだか信じられないな。ここが真理の門の向こう側だなんて」
と、答えた。
「そうだな。こちら側にこんな世界があって、オレ達の世界と繋がっている…」
「向こうに帰るにはどうしたらいいの?」
まるでエドワードがそれを知っているかのように、アルフォンスは訊いた。
「アルは、身体がまだ門の内側にあるから、何かのきっかけがあれば戻れると思う」
「ちょっと待って。じゃあ、兄さんは?」
アルフォンスの問いに、エドワードが眉間に皺を寄せる。
「オレは肉体ごとこちら側に来てしまったから、どうすれば向こう側に戻れるのかはわからないんだ」
「えっ!」
アルフォンスが声を上げる。
「こちらの世界では錬金術は使えない。門を呼び出すことは出来ないんだ」
アルフォンスは慌てて身体を乗り出した。
「そんな…待ってよ。何か方法がある筈だよ。あの場所…向こう側のあの錬成陣と繋がっている場所に行けば、何か方法があるんじゃないの?」
アルフォンスの提案に。
「無理だな。おまえがこちら側に来た場所が、あの錬成陣と繋がっているわけじゃない。あそこにおまえの魂の入れる器があったから、おまえはあの場所に着いたにすぎない」
「え?そうなの?じゃあ、どうして兄さんはあの町にいたの?」
エドワードが、アルフォンスが飛び出したあの古物店のある町に住んでいることは、先ほど聞いていた。
「それは…オレは初めは別の場所に居たんだ。そこから、あちこち移動しているうちに、あの鎧を見つけて…それで…」
唐突にエドワードの言葉が途切れた。
「兄さん?」
アルフォンスがエドワードに視線を向けると。
エドワードは真っ赤になって、視線を逸らせていた。
「………」
どうしたのだろう、とアルフォンスは考える。
「…もしかして兄さん。あの鎧があったから、あの町に留まっていたの?」
思いついて言ってみる。エドワードからの返答はない。ただ、ますます顔が俯いた。
「ボクのことを思ってくれていた?ねぇ、あの鎧を見て、ボクのことを考えてくれていた?」
アルフォンスが畳み掛けると。
「うっさいぞ、アル!そんなことどうでもいいだろう」
と、エドワードが荒い口調で言った。けれどそれは明らかに照れ隠しの言葉。
「そうなんだ。嬉しいな。ボクもね、いつも兄さんのことを考えていたよ。兄さんの赤いコートを、肌身離さず身に着けていたよ」
アルフォンスの告白に。エドワードは赤い顔のままでアルフォンスを見上げた。
「オレのコートを…?」
「うん。だって、兄さんを感じられるものは、それぐらいしかなかったから」
エドワードの顔が更に朱に染まる。
エドワードはアルフォンスの胸をごつん、と叩いて。そのまま、その胸に顔を埋めた。
そんなエドワードをアルフォンスは愛しげに見下ろし、優しくその髪の毛を撫ぜた。
「兄さんの手足…義肢のままなんだね…」
悲しげにアルフォンスが言う。
「…ああ。せっかくおまえが生身の身体をくれたのに。また無くしちまった。ごめんな」
エドワードがくぐもった声で言う。
「ううん。ボクは兄さんが生きていてくれただけでいいよ。だから、一緒に帰ろうね」
優しいアルフォンスの言葉に。エドワードは僅かに身を起こす。
「駄目だ。言っただろう?オレが戻る方法は見つかってないんだ。それに、おまえは身体を置いてきている。早くしないと、戻れなくなるかも知れないんだぞ」
「嫌だよ!やっと会えたんだ。もう兄さんと離れたくないよ!それに錬金術が使えないんでしょう!?兄さんひとりでどうするつもりなのさ。ふたりで考えれば、きっと何かいい方法が見つかるよ…!」
「無理だ。オレだって、もう2年もその方法を探しているんだ。そう簡単に見つかるとは思えない…」
「だったら尚更だろう!ふたりで力を合わせようよ!」
「アル。おまえを失うわけにはいかない。…帰るんだ」
「〜〜〜!!!」
アルフォンスは怒りに身体を震わせた。
「絶対に帰らない!兄さんが帰れないというなら、ボクもここに残る!」
「ばかやろう!」
がん!と、エドワードがアルフォンスの胸を叩いた。
「せっかく取り戻した身体を…そんなに簡単に捨てるんじゃねぇ!!」
「兄さんこそ、そんなに簡単に諦めないでよ!」
ふたりはしばらく睨みあった。
「…あ」
ふと、何かを思いついたかのように、アルフォンスが声を発した。
「ねぇ、兄さん。魂が門の向こう側に帰るんなら、兄さんとボクが一体になっていれば、自動的に向こう側に帰れるってことにならない?」
「え?」
エドワードの眉が訝しげに顰められる。
「だからさ、ボクの魂を兄さんの身体に入れるんだよ」
「な…」
あまりのことに、エドワードは一瞬言葉を失った。
「何バカなこと言ってんだ!そんなことしたって、おまえの魂とオレの魂は別物なんだから、帰るのはおまえの魂だけだろう?なのに、そんな変なことをしたせいで、そのおまえの魂すらちゃんと帰れなかったらどうするつもりだよ…!」
エドワードの怒声に、アルフォンスは揺るぎもしない。
「やってみなくちゃわからないじゃないか!少しでも可能性があるなら、ボクは何でもする!」
「バカな!何が起こるかわからないんだぞ!?もしもおまえの言うとおりになったとしても、その場合オレは魂だけの存在になる。おまえの魂が身体に戻るのを邪魔してしまったら?おまえの身体にふたり分の魂が入ってしまったら?おまえの魂と…オレの魂が融合してしまったら?…そんなの、駄目だ。オレは許さない」
「もっと可能性はあるよ。ボクと兄さんの魂の入った兄さんの肉体が、門の内側まで帰って来る…とか」
「無理だ!」
「ボクはそうは思わない。兄さんは一度、そうやって身体ごと門を抜けてるんだ。道は付いている」
「あれは…」
エドワードが言葉を失ってあえぐ。
「ボクがあの錬成陣に触れただけでこちら側に来れたのも、そのせいじゃないかと思うんだ。ボクの魂は、一度門をくぐっている。だから、触れただけで門が開いた…道が付いていたんだ」
「………」
エドワードは反論できなかった。可能性があるなら、どんな小さなものにでも賭けたいのはエドワードも同じだ。けれど。
「…危険すぎる」
エドワードは苦しげな吐息で言葉を吐き出した。アルフォンスの言っていることに、裏付けは何もない。
「大丈夫だよ、兄さん」
アルフォンスはそう言うと、エドワードを抱きしめた。
「だから、ボクを受け入れて?」
アルフォンスは自分の魂を他の器に移し替えることが出来るのだろうか、と、エドワードがぼんやりと考えた時。何か自分とは違う存在が自分の中に入ってくるのを、エドワードは感じていた。
がくり、とエドワードは膝を付いた。自分の中に違和感がある。自分でない何かがいる。
ともすれば、その存在を押し潰してしまいそうな衝動を抑えて、エドワードは蹲った。
『兄さん、大丈夫…?』
エドワードの中で、アルフォンスの魂が囁く。
「だい、じょうぶだ…」
エドワードは、苦しそうに答えた。正直に言えば、耐えられなかった。すぐにでも、その存在を自分の中から出してしまいたかった。
「けど、お互いの意識を長くは保てない。このままだったら、オレはおまえの意識を押さえ込んでしまうと思う。アル。急ごう」
『え…?』
「漫然と戻れるのを待っているわけにはいかない。今すぐに戻ろう。アル、いいか。おまえは門の内側にあるおまえの身体をイメージしろ。そこに帰る自分を思い浮かべろ。オレもそのイメージに同調する。いくぞ。…集中しろ」
『わかった』
すぐさま、アルフォンスが暗闇を思い描くのをエドワードは感じた。エドワードもそのイメージに寄り添う。
暗闇のイメージはすぐに真っ白なイメージに変わる。そこに門がある。そこを知っているエドワードは、容易にアルフォンスの魂に同調できた。
そして、そこには誰かが横たわっている。エドワードは、アルフォンスの中でその光景を見ていた。何も考えない。アルフォンスの魂の一部であるように無になる。
アルフォンスは、その身体を見下ろした。鎧の手が、その身体に伸ばされた。
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