|
アルフォンスが気付くと、そこは暗い場所だった。
アルフォンスは辺りを見回す。色々なものが所狭しと並べられている。どうやら古物店の類のようだった。
その品々に混じってアルフォンスは直立している。視線が高い。アルフォンスは視線を落とした。自分の手を見る。確かめるように、その手を握ってみた。ちゃんと思ったとおりに動く。ただし、感覚はない。
この感じを覚えている、とアルフォンスは思った。
無機質な鎧の身体。
兄、エドワードがアルフォンスの魂を定着させた身体。
「兄さんと旅をした身体だ。これが、ボクが無くしていた記憶…!」
今や、アルフォンスは全ての記憶を取り戻していた。鎧の頃の記憶も。兄無しで過ごした、時間に取り残されていた自分の記憶も。
「変な感じ…。10歳からの記憶が2つもあるなんて…」
けれど、アルフォンスはグズグズしているわけにはいかなかった。ここがどこかはわからないが、近くにエドワードがいるかも知れないのだ。
アルフォンスは、そっと展示台から足を踏み出し。店の出入り口へと足を進めた。なるべく音を立てないように、入り口のドアを力づくで開ける。
無事に外に出た後、壊した入り口を直そうか、と一瞬考えて。アルフォンスは先を急ぐことにした。エドワードを、一刻も早く探したい。その思いで夜の町を走る。
ひとまず、抜け出した店から遠ざかろう、とアルフォンスは思った。
その近くにエドワードがいるという可能性もあったが、店主やその客に見咎められては大変だ。泥棒扱いはまだしも、鎧を脱がされたら中身が空っぽなことがバレてしまう。
夜の町には人気がなく。静かに眠りについていた。
あまり元の場所から離れるのも得策ではない。あの練成陣が繋がっている場所がここなら、エドワードもそう遠くない場所に居る筈。ただし、それもエドワードが移動していなければの話だが。
そう考え、アルフォンスは初めの場所に近付き過ぎず、離れ過ぎない場所まで移動した。そして、その町でエドワードの足取りを追うことにした。夜は公園に隠れ、昼間は町をエドワードを探してさまよった。
町には当然のことながら、鎧姿の人間などいない。アルフォンスは奇異の目に晒されながら、エドワードのことを聞いて回った。ひとに鎧姿の訳を聞かれれば、戦争でふためと見られぬ姿になったのだと嘘を吐いた。
町には親切なひとも、そうでないひともいたが、アルフォンスには大したことではなかった。エドワードのことだけが全てだった。
その噂は、彼が立ち寄った店の、話好きのおかみからもたらされた。
「全身を鎧で固めた大男が、最近、うろついているらしいよぅ。何でも、戦争で酷い火傷を負って、全身がケロイドだらけになってるんだってよぅ。爆撃を受けたんだねぇ、気の毒に。だけどそれでも命があっただけは儲けものさねぇ」
「…鎧?」
店のおかみは、おや、と思った。いつもなら彼女の話に相槌も打たない無愛想な客が、声を発したのだ。
「そうだよ。鎧だよ。顔も手も足も、どこも見えないように、がっちりと着込んでいるんだってよぅ」
おかみは自分の知っている噂を強調する。
「その鎧、どこに居るって?」
本当に珍しいこともあるものだ。この客が商品のこと以外で質問をするなんて!と、おかみは思いながら、口を滑らかに動かした。
「なんだかねぇ、昼間は町をうろついているって話だよ。あたしはまだ見たことはないけど…なんだったかね。戦争ではぐれた身内だか恋人だかを探しているって話だったかねぇ」
「この町にいるのか?」
彼が、おかみを眼光鋭く見つめた。いつもは茫洋としている瞳に光が宿っていた。おかみは驚いて息を呑む。
「さあ…噂だから。この町にいるにしちゃあ、あたしはまだお目に掛かっていないし…隣町の話かねぇ…」
「誰か他に、詳しい話を知っているヤツはいるか?」
金色の瞳が、きらめく。
「さぁ…あたしはこの間の朝市で、皆が話しているのを聞いただけだからねぇ…」
「そうか。わかった」
彼はそう言うと、野菜や果物の入った袋を受け取り、代わりに些か大目の金をおかみに渡した。
「あんた、お釣りを忘れてるよぅ!」
すぐさま踵を返す彼に、おかみが慌てて呼び掛ける。
「いい。釣りはいらない」
彼はそう言うと、ひとつに結った長い金髪を揺らしながら、足早に去って行った。
夕闇の中を、アルフォンスはとぼとぼと歩いていた。手には親切な老婆から貰ったこの町の地図を持っている。
「はぁぁー、何の手掛かりもなしかぁー」
落胆の声が吐き出される。この3日間というもの、アルフォンスは隈なくこの町を歩き回った。けれどエドワードの情報はひとつもなく。
「そりゃ、この町に居ると思ったわけじゃないけどさ。移動したにしたって、その情報ぐらいあると思ったのに…やっぱり、この町じゃないのかな?」
アルフォンスは改めて地図に目を落とす。そこにはアルフォンスが逃げ出してきた店の名前はない。思った以上にアルフォンスは、初めの場所から離れてしまったのだ。
「やっぱり、あの町に戻った方がいいのかなぁー…」
呟きながら、アルフォンスがいつもの公園へと足を踏み入れた時。
じゃり、と砂を踏む足音がした。
「…?」
アルフォンスは訝しげにそちらを見る。そこに誰かが立っているようだった。けれど木の影の暗闇に紛れて、その姿はよく見えない。
「誰ですか?」
アルフォンスは身構えながら聞いた。
と、その人物が木陰から出てくる。月の光がぼんやりとその人物を照らし出した。
「…!!!」
アルフォンスは、一瞬言葉を失った。
月光に光る金髪。大きく丸い、金色の瞳。記憶の中の彼よりも大人びてはいるが、それは紛れもなく…。
「兄さん!!!」
アルフォンスは叫んで駆け寄った。
「近寄るな!」
と、思いがけず、その人物から厳しい静止が掛かる。
「え…兄さん、兄さんでしょう?ボクだよ、アルフォンスだよ」
アルフォンスが戸惑い、その人物に呼び掛ける。
「おまえ…何者だ?その格好で…オレの弟を騙って何をたくらんでいる?」
低く、凄みを利かせた声で問われる。その言葉で、アルフォンスは、その人物が自分の兄、エドワードであると確信し、安堵した。自分がエドワードを見間違えるわけがないのだ、と思う。けれど、エドワードはアルフォンスを偽者だと思っている。
「誤解だよ、兄さん。ボクは本物のアルフォンスだよ。ほら、その証拠に…」
アルフォンスは自分の兜を取って、エドワードに鎧の中身を見せた。暗闇でも、そのがらんどうな中身が見えた筈だ。
しかし、エドワードは冷ややかな眼差しでアルフォンスを見ている。
「迂闊だな。本物のアルフォンスは左腕に紋章がある。それに、鎧の内部にある血印がおまえにはない」
アルフォンスは、ハッとする。この鎧は、魂が定着されていたあの鎧とは別のものだと、その時に初めて思い至る。
「そんな…!で、でも、ボクは本当にアルフォンスだ…。信じてよ、兄さん!」
動かぬ兄に、アルフォンスは必死で言い募る。
「捜していた…捜していたんだ!もう、ずっと。兄さんがいなくなったあの日から。やっと会えたのに…ボクがアルフォンスだって、どうしたら信じてもらえるの?兄さん…!」
エドワードが、静かにアルフォンスを見ながら口を開いた。
「…おまえ、アルに似すぎてるよ。気配がそっくりだ。なのに、そこまで化けられるヤツが、紋章や血印を忘れるなんて、考えられない。…おまえは、本物のアルフォンスなんだな?どうしておまえがこんなところにいるんだ?」
アルフォンスは、今度こそエドワードに向かって駆け寄った。そのままエドワードを抱き上げる。
「うわ!何するんだ!」
驚いて声を上げるエドワードを高く掲げて。
「兄さんだ。本当に、兄さんだ。やっと逢えた。逢いたかった。逢いたかったよ…!」
アルフォンスはエドワードの顔を見つめて、感極まった声を上げた。その様子にエドワードの表情も緩んで。
「…オレもだ。逢いたかった。アルフォンス…」
ゆるく微笑むと、エドワードはその両腕でアルフォンスの首に抱きついた。
|