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錬金術を学ぶこと…それが、兄さんに会うための、唯一の方法…。
アルフォンスが目覚めると、そこは知らない場所で。ひとりきりで。誰もいなくて。けれど、凄惨な争いの跡の残るその場所で。アルフォンスは、怯えていた。
何故自分がこんなところに居るのか、何をしているのか。何もわからなかった。
記憶が繋がらない。
けれど、側に居る筈の…直前まで側に居た筈の兄、エドワードの姿を探して、アルフォンスは辺りを見回した。
「兄さん、兄さん…?」
ゆるりと腰を上げる。そして、自分が裸であることに気付いて、驚愕する。一体、自分の身に何があったのだろう?そうして、兄の身に…?
アルフォンスは心細く、また心配になって、兄を呼び続けた。
アルフォンスは、ダブリスのカーティス夫妻の家に居候していた。錬金術の修行を師匠のイズミに見てもらう為である。
以前は、エドワードと一緒にイズミの修行を受けた。けれど今はひとり。その、エドワードに再会する為に、アルフォンスは修行をしている。
あの忌まわしい場所から連れ出され、軍に保護され、懐かしいリゼンブールに帰って来たアルフォンスは、信じられないような出来事を教えられた。
自分達の行なった母の人体錬成が失敗したこと。エドワードがアルフォンスの魂を錬成し、鎧に定着させたこと。その代価に、エドワードの右手、左足が失われたこと。アルフォンスの身体を取り戻す為に、エドワードが機械鎧を着ける手術を受け、最年少で国家錬金術師の資格を取り、軍属の身になったこと。鎧のアルフォンスと一緒に、生身の身体を取り戻す為に伝説の賢者の石を探す旅に出たこと。
その旅は過酷なものであったこと。トラブルに巻き込まれ、命の危険に晒されていたこと。
旅の内容については、誰も詳しいことを知らなかった。エドワードの上司であるという、ロイ・マスタング(今は降格したらしいが、当時はまだ大佐だった)は知っているのだろうが、軍事機密として、アルフォンスには教えられなかった。
しかし、エドワードがあの場所へ、最後の戦いに出向いたのだということ、そして、あの場所でエドワードは消息を絶ったこと(これは、最後にエドワードの姿を見たというロゼが証言した)を教えてくれた。
マスタングは「軍事機密」というエドワードの行動を、その軍に対して隠している素振りがあった。
アルフォンスを保護したのはほんの数人の軍人で、聞くところによると、マスタングの腹心の部下らしい。あの場所での出来事は彼らによって秘密裏に調べられたようだった。アルフォンスにもあの場所のこと、自分達兄弟のことについては他言しないように、ときつく言われた。つまり、隠蔽されたのだ。あの場所で起こったことは。
そこで何が起こったのか、アルフォンスにはわからない。
マスタングは別の事件で怪我を負ったとのことで、アルフォンスが彼に会ったのは病室だった。痛々しい姿だったが、彼はアルフォンスの姿を見て、優しく笑った。
アルフォンスがダブリスに来て、2年の月日が経っていた。依然として、エドワードに関する手掛かりはない。
その日、アルフォンスはイズミに話を切り出した。
「師匠。しばらく、旅に出ようと思います」
決意を秘めたアルフォンスの目に、イズミは黙って腕を組んだ。
「…どこへ行くつもりだ?」
アルフォンスを見据えて問う。
「あの場所へ、行ってみようと思います」
イズミが目を見開いた。組んだ腕を解く。
「あの場所って…エドが消えた、あの場所か?」
「はい」
アルフォンスは、はっきりと答えた。
「ボクは2年間、錬金術を学ばせてもらいました。今なら、あそこであったことが、少しでもわかるんじゃないかと思うんです。あそこに、必ず兄さんの手掛かりがある」
アルフォンスの真剣な眼差しに。イズミはため息を吐いた。
「仕方ないね…。いいだろう」
イズミの言葉に、アルフォンスが、ぱっ、と顔を輝かせる。
「ただし、私も同行する。それが条件だ」
続けられた言葉に、アルフォンスは驚く。
「え…師匠も…ですか。でも…」
煮え切らないアルフォンスの返事に。
「おまえ達は放って置くと何をしでかすかわからん。おまえが変な考えを起こさないように、私が付いていく」
「………」
アルフォンスは黙り込んだ。イズミは、アルフォンスに「無茶をするな」と言っているのだ。彼女の思いやりにアルフォンスは感謝した。
「はい。わかりました。お願いします、師匠」
アルフォンスは、感謝を込めてそう言った。
アルフォンスが記憶を頼りにたどり着いたその場所は。巧妙に入り口を隠されていた。アルフォンスは辺りを綿密に探り、入り口を見つけ出した。そして、中へと向かう。
巨大な地下都市。
アルフォンスの魂がざわめいた。ここに、エドワードの手掛かりがある。
「これは…」
アルフォンスの隣で、初めてここを訪れたイズミが息を呑んだ。
アルフォンスは、足早に街中に入っていった。街中といっても、誰も居ない。廃墟の街だ。
「確か、この建物だった…」
アルフォンスは見覚えのある建物の前で足を止め、その重々しい扉を開いた。
ひんやりとした空気が流れる。
静かな場所。
けれど、あの凄惨な争いの跡はそのままに残されていた。
アルフォンスは、ゆっくりと足を進める。辺りを注意深く見回す。ここに、何か手掛かりがある筈なのだ。
と、アルフォンスは足を止めた。視線は床に落ちている。そこは、アルフォンスが意識を取り戻した場所。アルフォンスがひとりで取り残されていた場所。
その時にはわからなかったものが、そこに描かれている。
アルフォンスは膝を折り、そっとそれに触れようとした。
「待て。アル。不用意に触れるのは危険だ。これは…途轍もなく強力な練成陣だ…」
隣に立っているイズミがアルフォンスの腕を引き止める。
「師匠。誰がこれを描いたんでしょう。何の目的で…?」
アルフォンスは問い掛けた。
イズミは一瞬、躊躇うように言葉に詰まった。
「それは…わからない。こんな練成陣を描ける錬金術師は、そうはいない筈。そして、こんな練成陣を私は見たことがない…」
そのイズミの言葉に。アルフォンスは真剣な目で彼女を見上げた。
「兄さんだとは考えられませんか?兄さんが、ボクの身体を錬成する為に描いたものだと」
「バカな…」
イズミはあえいだ。
「エドにここまでの力があったと?…考えられない」
「でも、師匠はおっしゃった。兄さんは天才だと」
「アル」
「そうでなければ、何故ボクがここで目覚めたのか、説明がつかない」
「アル。落ち着け。冷静になって考えなければならない。今日は一旦、近くの町まで戻ろう」
イズミが、アルフォンスの肩を引く。
「もう少し調べさせてください!」
「明日、また来よう。焦るんじゃない」
諭すようにイズミは言った。アルフォンスは唇を噛む。
「…わかりました」
うなだれて。アルフォンスはイズミと共にその場所を後にした。最後にもう一度、その練成陣を見つめて。
夜もふけた頃。アルフォンスは、ひっそりと起き出した。あの練成陣がエドワードの手掛かりに思えた。そしてそう思うと、じっとしてはいられなかった。
暗闇の中を、アルフォンスは走った。慣れない道に、しばしば足を止めつつ、それでもやっと、目的の場所へとたどり着く。
「結構時間が掛かっちゃったな…」
アルフォンスは、額を流れる汗を拭った。宿を取った町からここまで、徒歩で移動するには距離があった。ましてや道も悪い。
「師匠が起きる前に帰るとなると…急がないと、時間がない」
アルフォンスは足早に件の練成陣に近付き、膝を付いた。
「この練成陣が、兄さんの手掛かりなんだ…!」
そっと、アルフォンスの指先が練成陣に触れた。
ぱぁっ!と、練成陣が眩い光を放った。
「!?」
アルフォンスが何を思う間もなく。その光はアルフォンスを包み込んだ。
光が、詰め込まれたような世界。
真っ白で、何もない。
ただ、そこに門がある。
その門の前にアルフォンスは立っていた。
門はアルフォンスの左側にあった。
アルフォンスの正面に、誰かが立っている。
鎧姿の、巨体。
『あなたは誰…?』
アルフォンスは、不思議と懐かしい気持ちになりながら、その鎧姿の人物に腕を伸ばした。と、その腕を鎧姿の人物に掴まれる。
『!』
その瞬間。アルフォンスは、目の前の人物が誰であるのかを思い出した。
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