あの日のきみに

 

 母さんの人体錬成を行なうために、必死だったあの頃。オレは、研究に没頭していた。そしてそれは、弟のアルフォンスにしても同じだと思っていた。
 オレの中で構築式が形を成してきた頃。
「やっと母さんを錬成できるな!」
 そう笑ったオレに。アルフォンスは静かに笑って。
「…兄さんは、母さんが一番好きなんだね」
と、言った。
 何を急に言い出すんだろう?と、オレは思った。そんなことは、今更確認されることではないと思ったから。
「当たり前だろう?」
 オレは、首を傾げてアルフォンスを見た。アルフォンスは、そうだね、と口の中で呟いて。
「でもボクは、兄さんが一番好きだけど」
と、言った。
 その時のオレは、ふうん、と答えただけだった。アルフォンスがオレのことを好きなことは知っていたし、母さんの練成の実現を前にして、他のことは大して気にならなかった。
 あの時。
 アルフォンスの声に含まれた音色に気付いていたら。
 あの、寂しげな、悲しげな。諦めたような。縋るような。なんとも形容し難いあの声音。
 それに気付いて、オレが、
「オレだってアルが一番好きだよ」
と、答えていたなら。
 もしかして、アルフォンスはこう言うつもりだったのかも知れないと思う。

 

「一番大切なひとが側にいるのに、どうしてこんな研究を続けているの?」

 

 一番大切なひとが側にいるのに、これ以上の何を望むのか。
 その時のオレにはわかっていなかったのだ。本当に大切なひと。大切なこと。
 死んだ人間のことばかりを考えて。今、生きている人間のことを考えていなかった。本当に大切にしなければならないひとのことを考えていなかった。
 もちろん、アルフォンスのことを犠牲にするつもりなんか、毛頭無かった。けれど、結果的にそうなった。オレが、決して望んではならないものを望んだから。
 本当に大切なのは、今、生きて側にいる、その存在だったのに。
 アルフォンスさえいれば、オレ達ふたりが一緒なら、母さんの死も、きっと乗り越えていけたのに。
 愚かなオレは、そんなことにも気付かないで。
 賢い弟は、きっとそれに気付いていた。

 一番好きだよ、と言ってくれた弟に。今ならオレも、同じ言葉を返せる。けれど、それは遅すぎたのだ。

 あの日のおまえに、伝えたい。
 あの時、オレが言わなければならなかった言葉を。

 

<あとがき >
2005.4.25作。
エドの悔恨。
他の方も指摘されていることですが、人体錬成を実際に行う頃には、アルは既に母親の死を乗り越えていたのではないか、と考えて作りました。でもエドにはそれが出来なかった。
エドが母親の人体錬成に拘った理由は、ひとことでは言えなくて。色んな複合的な理由があると思います。誰もエドを止めることは出来なかったと思う。もしも出来るとすれば、アルフォンスが。彼が本気の本気で止めた時ぐらいだろうと思います。大喧嘩になるね、多分。
でもきっとエドは、なんでアルがそんなことを言い出したのか考えてくれたのではないか、と思います。いくらエドでも、アルと仲たがいしたまま、ひとりで人体錬成を行ったりはしないと思う。それまで、アルとずっと一緒に研究してきたのだから、尚更。
でもまあ、エドは天才なので。その時には説得されても。人体錬成の可能性はずっと引き摺っていて、いずれ自分ひとりでやっちゃったんじゃないかなぁー、とか思います。母親への思慕と、研究者としての性が、エドに人体錬成を実行させるのではないでしょうか。
なので、どちらにしても、エドは自分を呪うことになるのだと思います。傲慢で愚かな、自分自身を。
2005.5.23.up