第4話

 

「アル。夕食の準備、手伝ってよ」
 ウィンリィがそう言って、ボクの部屋まで呼びに来た。
「うん。いいよ」
 答えて、ボクは読み掛けの本を机の上に置いて部屋を出た。

 ジャガイモの皮を剥きながら。
「なんか変なのよね」
と、ウィンリィが突然言い始めた。
「なにが?」
 ボクは手を休めずに聞き返す。(下手に手を休めると、ウィンリィに怒鳴られる)。
「あんたさ、一時期はあんなに、兄さんに会いたいって騒いでたくせにさ。最近は全然、そういうこと言わないのね」
 ボクが答えられずに黙っていると。
「まあ、それもそうか。当のエドは、側に居るんだもんね。でも、アルはあのエドのことを、自分の兄だって認めてないわけでしょう?なのに平気なの?もう会いたいとか思ってないの?」
 ずけずけと聞いてくる。ボクはしばらく考え込んだ。
 そういえばそうだ。ボクは兄さんに会いたかった。この3年間、そのことばかり考えていた。けれど、あのひとが現れて。
 ボクの心は、あのひとで一杯になった。
 兄さんに会いたくないわけじゃない。けれど、ボクはもう、そんなことを考えなかった。それは、きっと。
 あのひとが、自分の兄のエドワードだと、自分のどこかが知っているからだ。
 ボクはただ、認めたくないだけなのだろうか。…自分が、実の兄に恋をしている、ということを。

「アル?」
 ウィンリィに答えを催促される。
「…会いたくないわけじゃないよ。あの頃の…ボクの知っている兄さんに、会いたいと思う。その気持ちはまだ、ある。でも、今ここに居るあのひとが、ボクの兄さんだってことも、多分、わかってる。ただ、繋がらないだけなんだ」
「繋がらない?」
 ウィンリィが小首を傾げる。
「ボクの知っている兄さんは、本当に、屈託のないひとだった。明るくて、我侭で、頼もしくて。…子どもだったって言ってしまえば、それまでだけれど。それでも、あの元気なひとが、あんなに…あんなに寂しげなひとと同一人物だなんて、ちょっと信じられない」
 ウィンリィは、困ったように眉根を寄せた。
「うん…。アルの言ってることはわかるわ。おばさんが亡くなって、アルの身体が…その、あんなになった時、エドは、一度死んだみたいになった。もう、駄目かも知れないって、あたしたち、思った。
  そのエドが、もう一度、立ち上がった時。その時には、もう、以前のエドとは違ってたと思う。前と変わりなく、乱暴で、にぎやかにしてたけど、それでも、いつ壊れるとも知れない暗いものが、エドの中にはあった。それは、アルの身体を取り戻すという目的の為に、却ってギラギラと輝いていた。触れれば切れてしまいそうな…いつかエド自身も焼き切ってしまいそうな、そんな感じだった」
 初めて聞く、ウィンリィの言葉に、ボクは手を止めて聞き入った。
「でも、帰って来たエド…今のエドには、そんな感じがないわよね。それは、アルが元の身体を取り戻しているからだろうけど…」
 ウィンリィは考え込むように、眉根をぎゅっ、と寄せて。
「アル」
 きっ!とボクを睨んだ。
「はいっ?」
 ボクは驚いて、反射的に返事をした。
「今のエドが寂しい感じがするというのなら、それはあんたのせいなんじゃないの?あいつがどんな思いで3年間を過ごしていたのか、わからないけどさ。きっとエドだって、あんたと同じように、会いたいって。アルに会いたいって、そう思っていた筈よ。それなのに、当のあんたがエドを認めてあげないから、あいつはあんなに寂しい思いをしているのよ」
 責めるように言われて。ボクは息が詰まるような思いがした。
 ボクのせいなのか?あのひとがあんなに寂しそうなのは?
「………」
 動揺が隠せないボクに。
 ウィンリィは、ふっ、と表情を緩めた。
「…まあ、仕方ないか。アルだって、そりゃ戸惑うわよね…」
 ウィンリィはため息を漏らす。
 ああ、彼女は。あのひとのことを心配しているのだ。ボクに早くあのひとを「兄さん」だと認めさせて。あのひとを安心させたいのだ。
 そう思うと。何故か胸が重くなった。何だか、嫌な感じがした。
 ボクより年上の…そう、あのひとと同じ歳の、綺麗な大人の女性が。あのひとを思って、物憂げにため息を吐いている。
 ボクだって。ボクだって、本当は。あのひとやウィンリィと1歳しか違わないのに。
 ボクだけが、大人になれない。
 あのひとに、追いつけない。

 

<あとがき >
2005.1.29の日記より。
時系列としては、第3話よりも前になります。ウィンリィから見たエド。
2005.5.16.up