第3話

 

 夕食の時間なのに、彼がいない。
「探してらっしゃいよ」
と、ウィンリィに言われた。
 いつも、静かに部屋で本を読んでいるか、庭で身体を動かしているのに。
 どこにも、その姿がない。
 どこに行ったのだろう?
 ウィンリィはボクが探しに行くのが当然のように言うけれど。
 ボクは、彼のことを何も知らない。

 ボクは考える。
 あのひとが、ボクの兄さんだというのなら。
 ボクの兄さんなら。
 どこに行くだろう?

 ボクは、小高い丘の上にやって来た。
 そこに、見知った背中が見える。
 昔、よくここに、兄さんを探しに来た。
 何か辛いことがあると、兄さんはここに来て。
 膝を抱えて座って。
 小さく見える家々を眺めていた。

 そっと近寄ると、そのひとは。
 膝を抱えて、小さく身体を丸めて座っていた。
 その目は、ぼんやりと眼下の景色に向けられていた。

 その姿が、昔よく見た、兄さんの姿と重なる。

「…エドワードさん」
 呼び掛けて、隣に腰を下ろす。
「アル」
 ぼんやりと、彼がボクを見た。
 いつもは、ボクの顔を見たら笑ってくれるのに。
 やっぱり、何か落ち込んでいるのかな。
「夕食の時間なのに帰って来ないから、ウィンリィがお冠ですよ」
 わざと、おどけて言う。
 けれど、彼は寂しそうに笑って。
「ウィンリィのことは、呼び捨てなんだな」
と言った。
 ボクは虚を突かれる。
「ウィンリィは…幼なじみだから…」
 そう言うと。彼は、怒りを露にしてボクを見上げた。
「じゃあ、オレはなんなんだよ…!」
 ボクは言葉に詰まる。彼の欲しい答えはわかっている。けれど。
「…エドワード・エルリック…」
 じっと、彼がボクを睨んでいる。
「…ボクの兄さん」
「…!そうだよ!!」
 彼が叫んだ。
「オレはおまえの兄貴だ!生まれた時から、ずっと一緒に居たじゃないか…!」
 彼がボクの胸倉を掴む。
 その瞳は泣きそうに歪んで。
「…ごめんなさい。エドワードさん」
 ボクは見ていられなくて、顔を背けた。
「エドワードさん、なんて呼ぶなよ!兄さんって、なんで呼んでくれないんだよ…!」
 悲痛な声。
 ボクの胸が、ぎゅっ、と痛んだ。彼を悲しませている。この、ボクが。
 愛しくて、焦がれて止まない、このひとを。ボクが、苦しめている。

「…エドワード」
 ぴたり、と彼の動きが止まった。
「エド」
 ボクは、そっと彼の顔を覗き込む。
「これじゃ、駄目かな?」
 窺うように問うと。
「もう1回呼んで」
 彼が、すがるようにボクを見る。
「エド。エドワード。エド。エド…」
 ボクはその愛しい名前を、何度も呼んだ。
 彼の目が潤んで。それが、綺麗だと思った。
「アルフォンス…。もう、オレを他人みたいに扱うな。思い出せなくても、いいから。兄貴だと思わなくてもいいから。でも、知らない人間を見るみたいな目で、オレを見るなよ…」
 その訴えに。
「…うん」
 ボクは、小さく頷いた。
 彼は、ボクの胸に顔を埋めている。掴まれたシャツが皺くちゃになっている。
 もしかして泣いているのかな、と、思った。

 近付こう。
 愛しさのあまり、震えてしまう胸に怯えて。距離を置くのはやめよう。
 ボクは、勇気を出して、彼に近付く。
 その先に、何が待っているのかはわからないけれど。
 こんな風に、彼を悲しませるぐらいなら。

 ボクが、彼への気持ちに押し潰されてしまう方が、マシだと思った。

 

<あとがき >
2005.1.25の日記より。
この話は、一応ここで完結です。後続のお話は補助的なものです。
本当は、この3話を繋げると、もっときちんとした小説になる気がするのですが…。日記にて連載していた時から、まとめて書き直したい気分満々でした。でも、一度形にしてしまったものは、私の中でその形に固定されてしまうので、作り直すのはとても困難…。
2005.5.16.up