|
まただ、と、アルフォンスは苦くその光景を見た。
兄、エドワードが鎧の手入れをしている。アルフォンスは生身の身体を取り戻したというのに、今は動かぬ鎧でしかないそれを、むしろ兄は以前よりも大切にしているように、アルフォンスの目には映る。
正直なところ、あまり面白くはなかった。
「兄さん、また鎧の手入れ?」
わざと呆れたような声音を作って、アルフォンスは兄の背中に向かって声を掛けた。
「ん。こまめに手入れしないと、すぐに錆びちまうからな」
アルフォンスの声の調子にも気付かない様子で、エドワードは作業の手を休めない。それが、アルフォンスは非常に面白くなかった。
「そんなに、その鎧が好き?」
そう言うと、作業が一段落したらしいエドワードか、振り返ってアルフォンスを見た。
「そりゃあな。長い間、一緒にいたからな」
そんなことを言う兄が憎らしくて。
「一緒にいたのは、ボクでしょ。それは、今はただの鎧だよ」
アルフォンスは口を尖らせて言った。
「そうだけど、やっぱり、愛着が沸くよなぁ」
エドワードは、そう言うと、本当に愛しそうな目で鎧を見て。その手を取り上げた。
アルフォンスは言葉を失う。
エドワードは、持ち上げた鎧の手のひらに、そっと頬擦りしている。
そんな光景を見せられて。アルフォンスの中に、嫉妬心が沸き上がった。
「…兄さん、そんなこと、ボクが鎧だった時には、したことなかったよね」
自然、声が低くなる。
「え?そんなことないだろ?」
持ち上げた鎧の腕を下ろしながら、きょとん、とエドワードがアルフォンスを見上げる。
「なかったよ。…じゃあ、兄さん、同じこと、ボクにしてみてよ」
「え!?バカ、そんな恥ずかしいことできるか…!」
エドワードは顔を真っ赤にして叫んだ。
「ほら、やっぱり」
アルフォンスは、責めるような口調になる。
「なんだよ、何突っかかってんだよ!」
さすがに、エドワードもアルフォンスが不機嫌なことに気付いたらしく、むっとしたように言い返してくる。
「別に?…この鎧さぁ、邪魔だし。もう要らないし。捨てちゃおうよ」
がん!と鎧の胸を叩き、アルフォンスは言う。
「!何言ってんだ!この鎧がおまえを守ってくれたんだぞ!」
「だから?それが今のボクに何か関係がある?」
アルフォンスは冷たく言った。
「アル!!」
エドワードが怒気を含んだ声で怒鳴る。しかし、アルフォンスは。
「…いいよ、もう」
突き放した物言いで、エドワードに背を向けた。
「アル!…何を怒ってんだよ!」
いつもと様子の違うアルフォンスに、エドワードが焦ったように声を掛ける。
アルフォンスは呟いた。
「兄さんは、ボクよりその鎧が好きなんだろ?」
我ながら、バカなことを言っているという自覚はあったが、アルフォンスは言わずにはおれなかった。
我慢ならないのだ。兄が、自分以外のものに、心を砕いているのが。例えそれが、嘗ては自分であった、けれど今は無機質な、その鎧であっても。
「バカアル!何訳のわからないこと言ってんだよ!」
エドワードは叫んだ。
「好きとか嫌いとかじゃ、ないだろ!おまえを守ってくれた鎧を、大事にして何が悪いんだよ!!」
そうだ、兄は何も悪くない。アルフォンスは頭の片隅で思う。
「アル!!」
返事を返さないアルフォンスに焦れて。エドワードは、その肩を掴んだ。
「大切なんだよ!!おまえに関わったものなら、全部!」
その言葉に、アルフォンスは目を見開く。
「なんだよ…。そんなにおかしいかよ?大切なんだ、オレにとっては、とても…」
アルフォンスの表情をどう取ったのか、エドワードは俯いてしまう。
「…ごめん、兄さん」
アルフォンスは、俯いたエドワードの耳元に囁いた。
「あんまり兄さんが、この鎧を大切にしているから、ちょっと妬けただけなんだ」
「なんだよ…それ。バカみたい…」
エドワードの小さな声が返る。
「うん、本当にね。でも、ボクはいつだって、兄さんをひとりじめしたいから…」
言って、アルフォンスはエドワードを抱きしめた。
「バカだな、おまえ…。オレはいつだって、おまえのことで、一杯だよ」
優しい囁きは。エドワードの真っ赤な顔と共にアルフォンスに届けられ。
アルフォンスは、これ以上はないぐらいの幸せな気持ちで、微笑んだ。
「…うん、ごめんね。ボクも、全部、兄さんのものだから」
アルフォンスは、エドワードの髪に顔を埋める。五感の全てでエドワードを感じる。それは、目の前に沈黙する鎧には、到底出来ないことだった。
|