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その日。店内にエドワードの姿はなかった。
ランチサービスタイムが終わって、アルフォンスはカウンタの中で食事をしていた。
「はぁぁー」
その合間に、口からため息が漏れる。
隣で、ホーエンハイムが苦笑した。
「エドワードがいないと、そんなにつまらないか?」
その問い掛けに。アルフォンスはホーエンハイムを見上げ。自身も苦笑してみせた。
「兄さんほど、存在感のあるひともいないから…」
そんな言い訳をしてみる。本当は。あの綺麗で眩しい、何よりも大切なひとと、一時でも離れているのが嫌なだけなのだ。
しかし、ある意味、エドワードがここにいないということは、アルフォンスにとっては救いでもある。
「仕事だから、仕方ないけどね。ここのところ兄さんが掛かりきりだった研究が、やっと実践段階に入ったんだから、喜んであげないと」
研究中のエドワードは無敵だ。目的の為には手段を選ばないし、恐ろしく頭が切れる。
そんなエドワードはこの店で働いている時とは別人で。アルフォンスでさえ近寄りがたいほどなのだ。尤も、アルフォンスの姿を認めると、どんな時でもエドワードは笑ってくれる。そのことに、アルフォンスは密かに優越感を抱いている。
「そうか」
ホーエンハイムが短く答える。アルフォンスは、再びホーエンハイムを見上げた。
「父さんは、どうしてこの店で働いているの?」
それは素朴な疑問。
「父さんだって、昔は大きな仕事に携わっていたんでしょ?今でも父さんの意見を聞きに、世界的な権威が足を運んで来るって聞いてるけど。どうしてそういう研究機関で働かないの?」
ホーエンハイムは穏やかに微笑む。その表情はいつも変わらなくて。アルフォンスは、彼の感情を読み取ることが、いつも出来ない。
「私は、もう歳を取りすぎた。これからは、おまえやエドワード、若い者達の時代だよ」
アルフォンスは、その型どおりの答えに納得は出来ない。
「…そんなこと言って、ちょっとしたアドバイスで莫大な謝礼金を貰ってるんでしょ?それで兄さん、よく怒ってるよ。父さんのこと詐欺師だって言ってる」
「ははは。そうか」
ホーエンハイムは楽しそうに笑った。
「それに、どうして急にボク達の前に現れたの?今まで、何の為に行方を眩ませていたのさ」
だんだんと不機嫌になってくるアルフォンスに。ホーエンハイムは相変わらず笑ったまま。
「ここに帰って来たのは、あいつに呼ばれたからだよ」
「あいつってオーナーのこと?」
アルフォンスの問いにホーエンハイムは頷く。
「私はおまえ達を置いて世界中を旅していたが、トリシャが死んだ後、あいつは必死になって私の居場所を探したらしい。結局、あいつが私の居場所を探し出したのが3年前。トリシャが死んでから、5年の月日が経っていた。…その時、あいつに殴られたよ」
ホーエンハイムの目が、懐かしげに細められる。
「え…それって…」
オーナーは母さんのことを…?
その言葉を、アルフォンスは口の中で飲み込んだ。オーナーが自分達を引き取り、これまで育ててくれたのは。両親の古い知り合いだから、というだけではなく。愛したひとの忘れ形見だったから…?
アルフォンスの胸を、熱いものが去来した。
「だから、ここに帰ってくることにしたんだ。そうしないと、あいつにまた殴られそうだったからね」
それまで手掛けていた研究を片付けるのに1年掛かったのだ、とホーエンハイムは笑った。
「そっか…」
アルフォンスは呟く。
「アルフォンスにとっては、あいつが父親みたいな存在なのかな」
続けられた言葉に。
「そうかもしれない」
と、アルフォンスは答えた。そして、肩を竦める。
「ボクは兄さんと違って、父さんの記憶なんてないもの。…兄さんは父さんのことを毛嫌いしてるけど、羨ましいぐらいだよ」
アルフォンスの言葉に。
「私よりはあいつの方が余程いい父親だろう」
と、ホーエンハイムは返した。
「それもあるけど、違うよ」
アルフォンスは、微かにホーエンハイムを強い瞳で射抜いた。
ホーエンハイムは一瞬目を見開いて、その視線を受け止め。
「…成る程」
やんわりと笑った。
「それが気に喰わないのか」
ホーエンハイムの言葉に。アルフォンスは、目を眇めて。
「…ボクは父親なんて知らない。ボクの庇護者は母さんで、兄さんで、オーナーだった。そして、今のボクの家族は兄さんだけだ」
けれど。ホーエンハイムを意識して憤るエドワードは。明らかに、ホーエンハイムを自分の父親と認識しているのだ。毛嫌いするのも、家族であるからこそ。
それが、アルフォンスには気に入らない。
エドワードが自分以外の誰かに関心を寄せるなど、絶対に許すことが出来ない。それが父親のホーエンハイムであったとしても。
そんなアルフォンスに。
ホーエンハイムは笑った。
「私の方こそ、おまえが羨ましいよ。アルフォンス」
家族を置いて、自分の研究の為に世界中を旅した男は。ずっとひとりだった。
彼が欲したのは世界を構成する真理のみ。けれど、今になって思うのは。あの優しくも強い笑顔にもう一度逢いたいということ。だからこそ。
アルフォンスを、羨ましいと思う。
大切なものを離さない強さ。
それは、いつも穏やかに笑っていた、愛しいひとの遺伝子。
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