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アルフォンスが身体を取り戻してから、数ヶ月が経っていた。リハビリを終え、アルフォンスはエドワードと共に、リゼンブールで暮らしていた。
エドワードは、人体練成による自身の体調不良と、アルフォンスのリハビリの為、軍には休職願いを出していた。本人は、そのまま軍を退くつもりでいる。その願いが通るのかどうかは、未だ定かではない。
その日、ふたりは所用でセントラルまで来ていた。用事を済ませて、さっさと帰ろうとするエドワードに。軍に顔を出さずに帰るのは不義理ではないか、と、アルフォンスは無理やりにエドワードを連れて、軍部へとやって来ていた。
エドワードが扉をノックして開けると。にぎやかな声が聞こえてきた。
「お!大将!いいところに来たな!」
陽気に声を掛けてきたのは、相変わらずの銜え煙草のハボックだ。
「はぁ?」
エドワードは訳がわからず、顔をしかめる。
「こんにちは」
その後ろから、アルフォンスがにこやかに挨拶をした。
「久しぶり。エドワード君、アルフォンス君。元気そうでなによりだわ」
ホークアイが微笑む。
「でも、本当にいいところに来ましたね」
フュリーが、にこにこと笑いながら言い、その隣でファルマンとブレダも頷いている。
「なにが」
問い掛けるエドワードの前には。一様に同じ包みを持った面々の姿があった。
「これこれ」
そのひとつを、ハボックが持ち上げる。
「出張で葡萄の名産地に行ってたんだよ。で、今土産を配ってたところだ」
な?グッドタイミングだろ?と、ハボックは笑う。
「土産」
鸚鵡返しに呟くエドワードに。
「大将の分も、ちゃんと買ってあるんだぜ。ほら」
と、ハボックは袋から包みを取り出した。
「え、あ、サンキュ」
エドワードは、驚きに戸惑いながら、その包みを受け取る。いつ会えるとも知れない自分に土産を用意するハボックを、不思議に思う。
「わぁ、ありがとうございます」
隣で、アルフォンスが声を弾ませる。ハボックの気遣いが、純粋に嬉しいのだろう。
その時、ばりばりと包みを破く音がした。
見ると、それまで黙っていたマスタングが、自分の分であろう、土産の包みを破いている。中から現れたのは、スマートな壜。透明な壜の中身は、濃い葡萄色の液体だ。
彼は、黙ってそれをグラスに注いだ。それをエドワードに渡す。
「試飲してみるかね?」
その言葉に、エドワードはグラスを受け取る。
「んー…。オレはいいや。アルフォンス、飲めよ」
エドワードは、そのグラスを弟に渡そうとする。すると、マスタングは慌てて、そのグラスをエドワードの手に留めた。
「アルフォンス君には、別に用意しよう!これは君が飲みたまえ!」
何をそんなに必死になっているのかと、エドワードが不審に思う前に。
「あ……」
エドワードとアルフォンスは同時に声を上げていた。
ごりっ、とホークアイの銃が、マスタングの後頭部に押し当てられていた。
「ななななな何をするんだね…」
ホールドアップのポーズをして、マスタングが震える声で問う。その顔は引きつって、笑い顔に見えないこともない。
「またエドワード君を酔わせて、善からぬことをしようとされていますね?」
冷ややかなホークアイの言葉が響く。
「へ?酒…?」
「これ、お酒なんですか!?」
その言葉に、きょとんとするエドワードと、焦った声を出すアルフォンス。そんなふたりにハボックは苦笑する。
「上質のワインだが、安心しろ。おまえらにやったのは、ただの葡萄ジュースだから」
ひとの土産でくだらないことしないでくださいよ、という言葉を、ハボックは、まだホールドアップしたまま固まっている自分の上司へと向けた。
「なんだ…びっくりしちゃいましたよ」
ほーっ、とアルフォンスは息を吐く。
「大袈裟だな」
そんなアルフォンスをエドワードは笑うが。アルフォンスにとっては笑い事ではない。
以前にも、この軍部の面々に、エドワードが酒を飲まされたことがあった。その時は、大変だったのだ。
エドワード自身は、その時のことを覚えていないから呑気にしているが。アルフォンスとしては、気が気ではないのだ。
「…もう失礼しようか、兄さん」
疲れを感じたアルフォンスは、そう提案する。
「おう。そうだな」
エドワードも同意して。
ふたりは、それぞれに挨拶をして、その場を後にした。
ふたりが立ち去った後。ようやっと、ホークアイの銃から開放されたマスタングは。緊張で乾いた喉を、エドワードが口を付けなかったグラスの液体で潤そうとしていた。
「職務中ですよ」
ホークアイの鋭い一括に、マスタングはむせて、咳き込む。
「ゲホッ!ガハッ…ゲヘッ…ハァ、ハァ……」
涙目になりながら。
「………ん?」
マスタングはそのグラスをまじまじと覗き込む。
「おい、ハボック。これはジュースではないかね…?」
「へ…?」
言われて、ハボックはそのグラスの中の液体を口に含む。
「…ジュースですね…」
呆然と呟いて。
「じゃあ、今あいつらに渡したのは…」
その場に居た面々は、沈黙した。
その夜、エドワードとアルフォンスはセントラルに宿を取っていた。明日の朝一番の汽車で帰る予定にしている。
「ふー…いい湯だった」
風呂から上がったエドワードが、アルフォンスの座るソファへと歩いてくる。
「兄さん、喉乾いたでしょ?貰ったジュース飲もうよ」
「お!いいな」
きゅぽん、とアルフォンスがコルクを開けると、ふたつのグラスに注いだ。
「はい、どうぞ」
アルフォンスがエドワードにグラスを渡すと。エドワードは一気にそれを飲み干した。アルフォンスも、一口、口に含む。
「?」
アルフォンスは、それをゴクリと飲み込んで。
「兄さん、このジュースおかしくない?っていうか、これジュースじゃないよ…ね…」
アルフォンスはエドワードを見て固まった。既に、エドワードは真っ赤な顔をして、とろん、とアルフォンスを見ている。
(これって…!)
アルフォンスはその瞬間、確信した。
(お酒だ―――!!!)
アルフォンスは慌てる。酔っている。明らかにエドワードは酔っている。
「そ、そうだ、水…!」
アルフォンスは、ソファから立ち上がろうとした。しかし。
くん!と、腕を引っ張られる。いつの間にか、エドワードがアルフォンスの隣へと這ってきており。アルフォンスの左腕を掴んでいる。
「どこ行くんだよぉー。あるぅー」
うるんだ瞳が、アルフォンスを見上げる。
「に、兄さん、離して?今お水を持ってきてあげるから。ね?」
焦りながらも、アルフォンスは子どもを宥めるように、エドワードに言った。
「水ぅー?そんなら、そこにあるじゃん…」
エドワードは、そう呟くと。アルフォンスの飲み残したグラスを手に取り、ぐいっ、と、アルフォンスの唇へと押し付けた。
「んっ…!」
咄嗟に口を噤んで拒絶しようとしたアルフォンスだが。エドワードはそんなことにはお構いなしで。その赤い液体が零れそうな感覚に。自分の服やソファが汚れてしまう、という意識がちらりと過ぎり、思わずアルフォンスは、その液体を零さないように、自分の口内へと受け入れた。
かっ、と喉が熱くなる。
「うっ…」
思わず呻くアルフォンスに。知らぬげに、エドワードが身体を摺り寄せてくる。
「あるぅー」
エドワードは既に、アルフォンスの膝の上に座り込んでいる。するり、と両腕をアルフォンスの首へと回し。
ちゅ、と音を立てて、その頬に口付けを落とした。それから、反対側の頬に。額に。鼻に。あらゆる場所に。隈なく唇を落としていく。
「兄さん…」
アルフォンスは、アルコールが自分の身体を巡るのを感じた。身体が熱く、だるく、弛緩していく。その間にも、柔らかなエドワードの唇が顔中に触れていた。
(気持ちいいな…)
ぼんやりと、アルフォンスは思った。
ちゅ、ちゅ、と、小刻みな音が、部屋中に満ちていた。
「んっんっ…」
エドワードとアルフォンスは、ソファの上で向かい合って座ったまま、絡み合い。
エドワードは、アルフォンスの頭を抱え込んで、髪の毛をめちゃくちゃに撫ぜながら。その生え際辺りに唇を這わせている。
一方、アルフォンスは。唇がエドワードの顎の辺りにある為、その形のいいエドワードの顎に舌を這わせ、軽く歯を当てて、甘噛みしている。
先ほどからふたりは、飽かずそんなことを繰り返し。
「んん…」
アルフォンスが、エドワードの身体をソファの上へと押し倒して。首筋から、その鎖骨へと唇を滑らせ始める。
「んん…やぁ…ある、オレもぉ…」
エドワードが、自分の唇がアルフォンスから離れたことに、抗議の声を上げ。その両手をアルフォンスへと伸ばす。その手に答えて、アルフォンスは伸び上がって、エドワードと顔を合わせた。
そのまま、ふたりの唇が重なった―――――。
朝日がしらじらと、部屋を照らしている。
「ん…」
アルフォンスは、ぼんやりと目を開けた。
「んん?」
天井が見えて。自分の腕が柔らかいクッションに当たるのを感じる。
視線を遣ると、それはクッションではなく、ソファの背もたれで。
アルフォンスは、自分がソファの上に横になっていることに気付く。
「あれ…?どうしてこんな所で寝てるんだろ…?」
不思議に思いながら身体を起こすと。足元の床の上には、エドワードが寝転がって、熟睡している。
「もー、兄さんってば、こんな所で寝て…」
言い差して。アルフォンスの視線がテーブルの上に残された物体を捕えた。深く赤い色を湛えた、細身の壜。
その瞬間、アルフォンスの頭の中に、昨夜の記憶が甦った。
エドワードを起こさないように、そっとテーブルに回り込んで。その壜を手に取る。ラベルを注意深く見ると。そこには。きちんと、アルコール度数が明記されていた。
アルフォンスは、がっくりと項垂れる。
「ほんと、碌なことしないよな、あのひとたちは…」
脱力して呟く。
それにしても。と、アルフォンスは首を巡らせて、眠るエドワードを見遣る。
エドワードが酔うとキス魔になる(ただし、相手はアルフォンス限定だ)ことは、以前の経験から知っていたが。
昨夜の、とろん、としたエドワードの表情を思い出し、知らずアルフォンスは顔を赤くする。
あんな目で、アルフォンスを見て。あんな姿態で、アルフォンスに擦り寄って。あんな柔らかな仕草で、顔中にキスをされた―――。
「うわ。駄目だ、ボク。思い出すな…」
かぁぁぁっと、顔が赤くなるのを持て余し。アルフォンスは、自分を諌めようとする。しかし。自分の記憶には続きがあった。
「そういえば…」
エドワードに無理やり酒を飲まされて。酔いに落ちるまでの僅かな間の記憶がある。
エドワードの唇が気持ちよくて。自分も、エドワードにキスしたくて仕方なくなった。
多分、触れた。
唇に、すべらかな感触があった。
まだその感触が残っているようで、アルフォンスは思わず、自分の唇に指で触れた。
多分、あれがエドワードの肌の感触。
そう思ってエドワードを見ると。エドワードはいつものTシャツと、下は部屋着を着込んでいたが、そのTシャツは胸まで捲り上げられている。その肌に、無数の赤い跡を見つけて。
(うわぁぁぁ…!)
あまりのことに、アルフォンスは立っていられなくなって、その場にしゃがみ込んだ。そして。自分の着ているシャツのボタンが全て外され、素肌が晒されていることに気付く。
そこには、やはり無数の赤い跡が付いていて。
(どどどどうしよう…)
アルフォンスは泣きそうになる。
「んー…?」
そこに、エドワードの寝ぼけ声が聞こえ。アルフォンスは、びくん!と身体を震わせた。
「あるぅー?」
その、鼻に掛かったかすれ声が。昨夜のエドワードの声と重なり、アルフォンスは、自分の鼓動が早くなるのを抑えられなかった。
「あ、に、兄さん、起きた…?」
アルフォンスは、努めて何気ない声を装った。
エドワードが、むくりと身体を起こし、きょときょとと周りを見回した。
「…なんでオレ、こんなところで寝てるんだー…?」
寝ぼけた声で問う。
「…夕べ飲んだジュースが、お酒だったんだよ…」
ため息混じりに、アルフォンスが答える。
「…あー、そうなのか…」
まだ、頭が回転していないのだろう。エドワードは、ぼんやりとそう答えた。
その様に、アルフォンスは苦笑する。
「兄さん、身体痛いでしょ?床で寝ちゃって…。シャワー浴びてきたら?」
まだ眠たそうに目を擦っているエドワードを促して、バスルームへと向かわせる。
それからアルフォンスは、部屋の片付けと、出発の準備を始めた。
エドワードが、その身体の跡に気付かないことを願いながら。
そして、人前では決して、自分もエドワードも、酒を口にしてはならない、と決心しながら。
(あんな兄さん、誰にも見せられないよ。でも、たまになら…)
ふたりきりの時、たまになら。お酒を飲むのもいいな、とアルフォンスは思った。
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