懺悔

 自分と同じ金色の髪をした少年が、笑っている。自分に話しかけている。けれど、その顔は黒く塗りつぶされ、笑みの形の口しか見えない。その声は自分の耳には届かない。もどかしくて、手を伸ばした。その瞬間。伸ばしたてのひらにはなんの感触もなく、そのひとは揺らめいて消えた。
 はっ、とエドワードは目を見開く。
「大丈夫?兄さん」
「!…アルフォンス?」
 突如として掛けられた声に、エドワードは顔を向ける。
 そこには、自分を覗き込んでいる鎧の姿。その声音、しぐさから、自分を心配しているのだとわかる。
 時刻はまだ夜中なのだろう。窓の外は暗い。ベッドに横たわったまま、エドワードはアルフォンスを凝視した。
「兄さん、大丈夫?うなされていたよ…」
 口を開かない兄を心配してか、アルフォンスが小さな声で問い掛ける。悪い夢でも見たの?…普通はそう訊く場面だろうと、エドワードはどこか冷静に思う。
 だけど、この弟は訊かない。
 だって、悪夢の内容なんて、わかっているから。
 思って、先程の悪夢を思い出し、エドワードは堪らずに、飛び起きて目の前の鎧の身体にすがりついた。
「に、兄さん?」
 アルフォンスの慌てた声が聞こえる。それに答えることなく、エドワードは冷たい鎧の胸に頬を寄せる。
 不安だった。とても。
 夢の中で消えてしまった弟。記憶の中で成長しない、その姿。けれど、実際には。この現実では。
 アルフォンスは確かに、存在している。自分の側にいる。
 それを確かめたくて。
「ごめんな…」
 エドワードの小さな声は、夜の闇の中に拡散して溶ける。
 それは、決して口にしてはならない言葉。謝罪など、なんの役にも立たない。自分の為に、許しを相手に乞う、押し付けだけでしかない行動。
 けれど、今は。夢の延長にいるのだと、自分を騙して。エドワードはその言葉を口にした。自分の心の重しを、ほんの少し吐き出すために。
 エドワードが何を謝罪しているのか、アルフォンスは訊かなかった。わかっているから。そして、兄がそれを自分に聞かせたくないことも、彼は知っていたから。だから、アルフォンスは、黙って兄を抱きしめていた。
「兄さん、風邪を引くよ」
 やがて、アルフォンスの口から漏れたのはそんな言葉で。
 エドワードは、その言葉を無視して、身じろぎもしない。
「兄さん。ほら、横になって」
 そんなエドワードを、アルフォンスはむりやり引き離し、その小柄な身体を布団にくるんでしまう。
「アル」
 抗議の声を上げようとするエドワードを遮って。
「もう一度、眠りなよ。ボクがここにいるから」
 優しい声で、そう言った。
 エドワードは、何かを言いたげにアルフォンスを見上げ、それから、諦めたようにため息を吐いた。
「いいよ。付いていなくて。お前も休めよ」
 エドワードの言葉に、アルフォンスは首を横に振る。
「やだ。ボクが、兄さんを見ていたいんだから」
 返された言葉に、エドワードは目を細めた。
「…馬鹿」
 そう言って、そっと左手をアルフォンスの腕へと伸ばす。
 アルフォンスは、そのてのひらを掬い取り、優しく握った。
 エドワードが照れくさそうに微笑む。
「おやすみ。兄さん」
 アルフォンスの言葉に促されて、エドワードは目を閉じる。
 あとには、ただ夜の静寂があるだけ。

 言葉にされてはならない謝罪の言葉は。エドワードの心の闇の中に、ひっそりと眠っている。それは、許されない罪。許されてはならない罪だから。
 決して。許しを乞うてはならない。ずっと、背負っていなければならない。
 そう、決められている。出口のない、懺悔の言葉。

―――ごめんな、アルフォンス。おまえの身体を、そんな風にして。

 

<あとがき >
2003.12.17作。私の中でエドは、自分に対して、何もかもを禁じているイメージなのですね。アルにしたことを思うと、同等の罰を自分も受けたいと思っている。なのに、実際はそうではないから。アルに対する負い目は、計り知れないと思うのです。うちの兄さんはこのままだと、自分で抱え込みすぎて、壊れちゃいそうですねー。アルはきっと、そんな兄さんを助けたいと思っている。
でもこれ、暗い話なんだけど、さりげにイチャついてますねー、兄弟。善き哉。
2004.7.14.up


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