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その日、お勤めの終わりに。ボクは、他の天使と共に、地上を見ることを許された。
ボク達に地上を見ることが許されるのは、特別な時だけ。そして、今日はその中の1日だった。
その日の勤めを終えて、アルフォンスはリビングで本を読んでいた。兄のエドワードは、まだ帰って来ていない。彼はアルフォンスよりも年長で、階位も高い。その為、勤めもアルフォンスのものより上級で、いつもアルフォンスよりも帰りが遅いのだ。
「アルー!」
ばたばたっ、とエドワードが駆け込んでくる音がする。
静かなこの家も、エドワードが帰ってくると途端ににぎやかになる。外で目にする、静謐なエドワードとは別人だ、とアルフォンスはいつも苦笑する。
時折、運がよければ、エドワードの勤めに出くわすことがあった。その度、その美しさにアルフォンスはため息を漏らす。エドワードは、天使の中でもひと際美しく、気高く、光輝いている。これは、アルフォンスの欲目ではなく。彼がみるみるうちに、上級の天使への階位を駆け上がっていることからも、明らかだろう。
天使逹は、感情というものを基本的に持っていないから、そんなエドワードへの賛否の声などはないが、それでも、彼が天使たるものの姿を如実に体現していることは、皆が認めていることだった。
そのエドワードは。
荷物をその辺に放り出し。
「なぁなぁ、おまえ、見た?」
まるで人間の子どものように瞳を輝かせ。ソファに座るアルフォンスを覗き込んできた。
天使は基本的に感情がない筈なのに。エドワードも、外ではそうなのに。アルフォンスの前でだけは、派手に感情を表わす。それが、アルフォンスには不思議だった。他の天使も、皆そうなのだろうか?それとも、「兄弟」を持つ自分達が特別なのだろうか?
「なぁってば、アル!」
ぼんやりとエドワードを見上げているアルフォンスに、焦れたように、エドワードが呼び掛ける。アルフォンスは、ようやっと自分の思考の渦から浮上し、目の前の兄を見た。
「ああ、うん。見たよ。今日は地上は特別な日だもんね」
思い出して、アルフォンスの声も自然と弾む。
「すっげー綺麗だよな!やっぱ、いいよなー。特別な日って」
「うん。皆、家族や恋人や、愛するひととお祝いをしていたね」
「ああ。本当に綺麗な祈りだった。愛しいよな、人間て」
うっとりと、エドワードが目を閉じる。
今日は、地上では特別なセレモニーの日で、人間達は思い思いに祝い、祈り、それはそれは美しい光景なのだ。天使にとっても、その光景は快いもので。愛すべき地上の人間達の姿を確認できる。だから、普段は地上を見ることを許されない下級の天使にも、こういった日だけは、地上を見ることが許されるのだ。
「うん、でもボクは…なんだか、人間が羨ましくなったよ」
アルフォンスの言葉に、エドワードは「え?」と声を上げ、きょとんとした瞳でアルフォンスを見上げる。アルフォンスは、そんなエドワードの仕草を可愛いと思う。
「ボクも人間だったなら。兄さんと、特別な日のお祝いが出来るのにな、と思ったら、羨ましくて仕方ないよ。…ねぇ、兄さん。ボクは堕落しているのかな?兄さんを、こんなに特別に愛しているなんて」
アルフォンスの、自嘲に満ちた微笑みに。
「バーカ!」
エドワードは、呆れた、というような表情をして。
「確かに天使は全てのものを平等に愛し、神に仕えるべき存在だ。だけど、だからって、その枠から外れることが堕落だとは限らないだろう」
「兄さん…」
「進化だよ、アル」
エドワードは、にやりと笑った。
「これまで出来なかったことを、出来るようになったんだぜ?それが進化でなくてなんだよ。飛翔だよ」
「え、そうなの…?」
アルフォンスは、胡散臭げに眉を顰めた。
「そうだよ。アルは、新しい時代の天使なんだよ」
都合が良過ぎる解釈だとアルフォンスは思う。けれど。
エドワードを想うこの気持ちは。最高に綺麗で、最悪に汚いものだ。
エドワードを愛しいと思う時、アルフォンスの心は、とんでもない幸福感に包まれる。愛しい、という美しい光の結晶のような気持ちになる。
その一方で、エドワードを自分のものだけにしたい、と思う時。それは、とてつもなく醜悪な形になる。誰にもエドワードを見せたくない。自分以外の誰も、エドワードの瞳に映らせたくない。その、暗黒の嵐のような、黒い塊は。自分でも目を背けたくなるほどに醜い。きっと、他の天使の誰も…エドワードでさえも、こんなアルフォンスを直視することは出来ないだろう。これは、本来なら天使が知ることのない、穢れなのだ。
誰に教わったわけでもないが、アルフォンスはそんな風に思う。
「他にも、アルみたいな天使が、生まれてきているかもしれないぜ?進化とは、そういうものだ」
エドワードが言う。
そうだろうか?とアルフォンスは自問する。他にも、こんな気持ちを抱えた天使がいるのだろうか?
「オレだって、アルのことは特別に好きだしな!これからは、天使だって、特別に誰かを好きになったりするようになるんだよ。きっと」
エドワードが、穢れを知らぬ無邪気な顔で笑う。
そんなエドワードに、アルフォンスも笑い返しながら。
堕落ではなく、進化。
その言葉を、胸に刻む。そう考えるのもいいかもしれない。天上の愛も、地底の穢れも。そのどちらもを、自分の中に棲まわせている。そして、その天使にはあり得ない両の気持ちを自分の中に育みながら。その気持ちに惑わされることなく。汚されることなく。自分が、立派な天使になることが出来たのなら。
多分、それが飛翔なのだろう。
「うーん。兄さんの愛はともかく」
アルフォンスがそう言うと、エドワードは、「なんだとー!?オレの愛を蔑ろにするつもりか!」と怒鳴った。そんなエドワードを宥めながら。
「その考え方は悪くないね」
アルフォンスは笑った。
これが、進化で。飛翔だというのなら。自分は恐れずに行けばいい。
この気持ちを。この愛を。恐れることなく、恥じることなく。罪悪に感じることもなく。
壊れないように、大切に。育てていけばいいのだ。花開く、その日まで。
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