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その日。暦の上では、その年、最後の日に。
唐突にアルフォンスは言った。
「兄さん、大掃除しようよ」
「は?」
アルフォンスが生身の身体を取り戻して、半年になる。
ふたりが暮らしているのは、アルフォンスのリハビリの為にエドワードが探してきた家で、周りには全くひとが住んでいない。打ち捨てられた別荘を修繕して使っていた。
今では、アルフォンスも完全に普通の生活が出来るようになり。そろそろ住居を町に移そうか、とエドワードは考えていた。そんな矢先のアルフォンスの発言。
「どうしたんだ?急に」
エドワードが問うと。
「今日は、今年最後の日だからさ。綺麗にして新しい年を迎えようよ」
アルフォンスは笑って言う。面倒くさいな、とエドワードは思った。けれど、アルフォンスの楽しそうな顔を見ては、断るのも気が引ける。
「…そうだな。やるか」
結局、エドワードは了承した。
家具から何から全て動かして、部屋の隅々まで磨き上げた。朝から始めたその作業を終える頃には、既に日が落ちていた。
「ふー。完璧だ!」
一度始めたことには、完璧主義者のエドワードである。家中がぴかぴかになったのを確認して、自慢げに胸を張る。それなりに満足感が得られたようだ。
アルフォンスは、そんなエドワードを見て、やはり満足げに笑った。
「うん。これで気持ちよく新しい年を迎えられるね」
そう言った途端。
「くしゅんっ!」
と、エドワードが小さくくしゃみをした。
「あ、寒いの?兄さん。ごめん。今、窓閉めるから!」
掃除の為に、家中の窓を開け放っていた。アルフォンスは、慌てて、それらの窓を閉めに走る。
「いや、平気だ」
言いながら、エドワードも窓を閉めに行った。
エドワードが全ての窓を閉め終えてリビングに帰ってくると。
アルフォンスが暖炉に火を入れて、部屋を暖めてくれていた。
「兄さん、こっちにおいでよ。早く暖まらないと風邪を引く」
アルフォンスに促されるまま、エドワードは暖炉の前に腰を降ろす。
そこに敷かれた毛足の長い敷布が、ふんわりと柔らかくエドワードの身体を受け止め、エドワードはその気持ち良さにうっとりする。
「あー。あったけぇ。気持ちいいなー」
にこにこしてアルフォンスに語り掛けると。
「肩、冷たくない?」
と、アルフォンスは、ふわりと大きなストールでエドワードを包んだ。
「え…」
手触りのいい、そのストールは。じんわりと暖かくエドワードの身体を包む。
ひと目で、それが上等な毛で織られたものだと知れた。
「どうかな?暖かい?」
アルフォンスが聞くので、エドワードは戸惑いながら。
「あ、ああ…。すっげえ気持ちいい…。でも、これどうしたんだ?」
と、アルフォンスを見上げた。
「これはね、ボクから兄さんへのプレゼント」
アルフォンスは微笑んで告げる。
「プレゼント?」
エドワードは目を丸くする。
「今年も1年間、どうもありがとう。来年もよろしく」
アルフォンスに告げられた言葉に。エドワードは慌てる。
「こ、こっちこそ、ありがとう。来年もよろしくな…って、どうしたんだよ?改まって」
こんな習慣が今まで無かったので、エドワードはアルフォンスがどうして急にこんなことをしたのかわからなくて、戸惑う。
「今日は、ボクが身体を取り戻した年の最後の日だから。どうしても、兄さんにお礼をしたかったんだ」
アルフォンスが微笑む。
「何言ってんだよ…!礼ってなんだよ?そんな必要、オレ達の間では必要ないだろ…!」
エドワードが気色ばむ。
「聞いて、兄さん。感覚が失われていた間、ボクが一番辛かったのは、兄さんの感じていることを、ボクは感じることが出来ないということだった。兄さんが今、暑がっているのか、寒がっているのか。そんなことすら、わからなくて。兄さんが熱を出しているのにも、兄さんが倒れるまで気付かなかったりしたよね。それが、ボクにはとても、…とても、悔しかったんだ」
アルフォンスの瞳が、切なげに細められる。
「アル…」
エドワードも、同じように、切なさに瞳を揺らした。
「でも、今は違う。兄さんと同じものを感じられる。兄さんが寒いと感じるなら。ボクも、寒いと感じられる。そのことが、嬉しいから。ボクは、兄さんが寒いと思った時、暖かく包んであげたいと思う。だから、これが、ボクのプレゼント。兄さんを、いつでも暖かくしてあげられるように」
アルフォンスの言葉に、エドワードは言葉を失う。
「アル…」
小さく名前を呟くと。
「何?兄さん」
アルフォンスが答えてくれる。
「アル」
それが嬉しくて。
「うん?」
エドワードの顔を覗き込んでくるアルフォンスに。エドワードは縋りついた。
「に、兄さん?どうしたの?」
アルフォンスの慌てた声がする。それを聞きながら。
「おまえが側に居てくれるだけで、オレは充分なんだ。それ以上の何も、必要ないんだ」
エドワードは告げた。
アルフォンスの気持ちは嬉しい。泣きたくなる程に嬉しい。けれど、自分がただひとつ望んだ存在が側にあって。そのことに満たされていることを。エドワードは、アルフォンスに伝えたかった。
「…うん。ボクも、兄さんが居てくれれば、それで充分。だけど、兄さんを失うようなことがあったら…もう、ボクの世界は意味を持たないから」
どこにも行かないで?と、アルフォンスの唇が、エドワードのこめかみに落とされる。
「それは、こっちの台詞だ。…どこにも行くなよ、アル」
アルフォンスの瞳を見上げて、真摯な視線でエドワードは言う。
「もちろん。じゃあ、兄さん。来年も、再来年も。それから、その先も。ずっとずっと、よろしくお願いします。側に居てね?」
アルフォンスのお願いに。
「当たり前だ。ずっと、ずーっと。一緒に居る。来年もよろしく。アル。…もう1回キスしてくれるか?」
初めて、エドワードからキスをせがまれて。アルフォンスは、目を見開いた。
それから、それは幸せそうな微笑に変わる。
「いくらでも。兄さんの望むままに」
アルフォンスは、優しくエドワードの頬に唇を押し付け。その唇を顎へと滑らせた。そこに軽く歯を立てる。
「ははっ…こら、アル」
キスというよりも、濡れた舌でエドワードの輪郭を辿るアルフォンスに。エドワードは笑い声を立てた。
いつの間にか日付が変わって。ふたりは戯れながら、新しい年を迎えていた。
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