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東方司令部のとある執務室には。
鋼の錬金術師、エドワード・エルリックと、その弟で鎧姿のアルフォンス・エルリック、そして執務室の主である焔の錬金術師、ロイ・マスタングの姿があった。
「…以上。報告終わり」
事務的に報告を終えたエドワードを見ながら。ロイは、立ち上がって、エドワードの隣へと歩み寄った。
「?」
エドワードが不審げに見上げた瞬間。
ふ、と、ロイの指がエドワードの唇をなぞった。
「!?」
エドワードは、反射的にロイの手を跳ね除ける。
ばちっ、と、鋭い音がした。
「酷いな。何も右手で払うことはないだろう」
ロイは、機械鎧で弾かれた手を擦る。
「何しやがる!」
エドワードは怒鳴り、ロイを睨み上げる。
そんな彼に。ロイは、余裕で笑った。
「あんまり君の唇が柔らかそうだったのでね。思わず確かめてしまったのだよ」
本当に柔らかくて、弾力があるんだな。などと告げられて。エドワードは怒りで顔を紅潮させる。
「…っこの…!」
ロイに殴り掛かろうと、エドワードが拳を固めた瞬間。
ごりっ、と重たい音がして。
「あ……」
エドワードとアルフォンスが同時に声を漏らす。
リザ・ホークアイ中尉が、ロイの後頭部に拳銃を突きつけていた。
「大佐。男の子にセクハラですか」
「ホホホホホホークアイ中尉…」
ロイが、冷や汗を掻きながら、両手を上げている。
「エドワード君、大丈夫?」
リザに訊かれて。
すっかり毒気を抜かれたエドワードは、「はい」と頷いた。
その帰り道。兄弟は公園へと差し掛かった。天気のいい昼下がり。木の生い茂った小道は、絶好の散歩コースだったが。
エドワードは、コートの袖で、しきりに唇を拭っている。
「大丈夫?兄さん」
アルフォンスがそれを気にして、声を掛けた。
「感触が残ってて、気持ちわりぃー」
エドワードは、言いながらまだ、唇を擦っている。
「………」
そんなエドワードを見ながら。
アルフォンスが、不意に口を開いた。
「兄さん、ボクにも触らせて?」
「は?」
突然のアルフォンスの言葉に、エドワードはポカン、と口を開けた。
「な、なんだよ、突然」
焦ってエドワードが言うと。
「だって、大佐が言ったことが気になって。兄さんの唇ってどんな感触なのか、ボクも触ってみたいんだ」
エドワードは、呆れて言葉もないが。駄目?などと、弟に首を傾げられては。断るわけにはいかない。
「…別にいいけど」
そう言って、背の高い弟を見上げて、上向いた。
「………」
アルフォンスの腕が上がる。それを視界に捉えて。妙に気恥ずかしくて。エドワードは、無意識に目を閉じた。
鎧の指が、そっと、唇に触れてきた。そのまま、弾力を確かめるように、指が唇をぷくぷくと押す。
感覚がなくても。その様を視界で捉えて。アルフォンスが、エドワードの唇の感触を知ろうとしているのだ、と、エドワードは知った。
はじめは、押さえる動作を繰り返していた指が。次第に、唇をなぞり始め。エドワードは、ぞわぞわと、背中を這い登る感覚を味わった。
(なんだ、これ…!)
ロイに触られた時とは違う。びりびりと、唇が痺れるような。無意識に、身体が緊張に強張る。息さえも詰めて。エドワードは、耐えきれずに、自分の唇に触れるアルフォンスの指を掴んだ。
しかし、その指はびくともしない。
「も…いいだろ!」
口を開けると、鎧の指が唇の内側をなぞる。自分の舌がその指にあたった。無機質な味が舌に残る。エドワードは、自分の唇を噛み締めたい衝動に駆られた。しかし、今の状態では、アルフォンスの指が邪魔をして、出来ない。
「はなせ…って。アル」
今度は、なるべく唇や舌が鎧の指に触れないように、慎重にエドワードは言葉を発した。
「………うん」
小さく呟かれた後、鎧の指が離れていく。
その瞬間。エドワードは詰めていた息を吐き出し。痺れの残る唇を、機械鎧の手の甲で、乱暴に拭った。
けれど、いくら拭っても、その感触は消えなくて。震える唇と、背中に残るぞわぞわと落ち着かない感触に。エドワードは、それを打ち消そうと、乱暴に何度も唇を擦った。
「……兄さん。気持ち悪かったの?」
傷ついたような、アルフォンスの声に。はっ、とエドワードがアルフォンスを見上げる。
と、唇を擦り続ける右手を掴まれた。
「そんなに擦ったら駄目だよ。こんなに真っ赤になっちゃって…」
悲しそうに、アルフォンスは言って。エドワードの右手を唇から引き離す。
「あ…、ちが、違う。アル」
弟を傷つけたことに、エドワードはうろたえる。
「気持ち悪くなんかない。そんな筈ないだろ?」
慌てて、そう言うが。
「じゃあ、なんで、こんなになるまで唇を拭うの」
悲しげな声で問いながら、アルフォンスはエドワードの右手を掴んだのと反対の手で、労わるように、エドワードの赤く擦れた唇に触れた。
「!」
羽のように、柔らかに。掠めるように触れたその感触に。エドワードは、背筋に電流が走ったような衝撃を受けて。
「アル…!」
半ば悲鳴のような声を上げて、アルフォンスのその指を振り払った。
「兄さん…」
今度こそ、泣きそうな声で自分を呼ぶ声に。エドワードは呆然と立ち尽くす。
「ごめん…。もう、触らないから…」
そう言って、エドワードの右手を掴んだ手を放し、背を向けようとするアルフォンスに。
エドワードは、焦って叫んだ。
「だから、違うんだって…!待てよ、アル!!」
くるり、とアルフォンスを追い越して向き合うと、彼の両腕を捕らえて、動きを封じる。
「嫌なんじゃなくて…、その…嬉しいから!アルに触れられるの、嬉しいから!だから困るんだろ…!」
それは、嘘だった。身体が痺れるせいだとは、エドワードには言えなくて。また、その意味もわからないから。だから、適当な嘘を吐いた。
「…嬉しいと、なんで困るの?」
腑に落ちない、と、アルフォンスが首を傾げる。
それに対して。エドワードは。
「恥ずかしいからに決まってんだろ!!」
と、顔を真っ赤にして言い放った。
その様子は、どうやらアルフォンスを納得させたらしく。
「兄さんは、照れ屋だもんね」
などという台詞を吐いた。
当然、エドワードは更に真っ赤になって、激怒して。弟に強烈な蹴りを食らわせたのだった。
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