宿る思いは誰のもの

 兄さんが人体錬成に成功して、ボクが自分の身体を取り戻してから、1年が過ぎた。
 錬成された時、急に、ボクの身体は16歳のそれになっていて(兄さんが17歳だという事実に基づく推測にすぎないのだけれど)、初めはいろいろと大変だったけど、ボク達は、徐々に今の生活に慣れていった。そして、ボクには最近、気になることがある。
 それは、兄さんの髪。
 兄さんの髪は、あの時からずっと、伸ばされたままだ。兄さんの身長も、あの頃とは違って、170cm近くまで伸びているというのに、髪の長さは、その腰よりも長い。
 ボクが鎧の身体だった時は、兄さんが髪を伸ばしているのは、決意と戒めの現れだろうと思っていた。髪が伸びる長さ分、ボク達が時間を重ねていることが、一目でわかるから。
 なのに何故、ボクが身体を取り戻した今になっても、兄さんは髪を伸ばし続けるのだろう?
 不安になる。
 兄さんは、いまだに自分を許していないのかも知れない。その髪を見る度、自分の罪を確認しているのかもしれない。
 そんなのは、嫌だから。
 ある日、ボクは思いきって、兄さんに言ってみた。
「ねぇ、兄さん。そろそろ、髪の毛を切ったらどうかな?」
 兄さんは、びっくりしたように、目を丸くしてボクを見上げた。ボクの身長が兄さんよりも10cm近く高いこと、兄さんは今でも納得していないのだけれど、これは仕方ないよね。
「なんで?」
 兄さんは、どこか焦ったように、ボクに聞き返す。
「だって、いくらなんでも、長過ぎるでしょ。動きに制約も出来るし。組手の時、邪魔そうにしているじゃない?」
「…うん、まあ。それは、そうだけど…」
 歯切れの悪い兄さんの返事。ボクは強引に続けた。
「短い髪も、きっとよく似合うよ。ボクが切ってあげるから。ね?」
 そういうと、兄さんは戸惑い気味に頷いた。
「…アルがそういうのなら」
 ボクは早速、準備に取り掛かった。
 首の根元で、ばっさりと兄さんの髪を切る。それから、綺麗に整える。横髪は、そのまま、顎のラインで残して。後ろは、ショートカットにしてしまう。
 出来あがりは上々だった。
「ほら、兄さん。やっぱり、短いのも似合うよ」
 そう言ったボクに、「そうか?」と言いながら鏡を見る兄さんも、満更ではなさそう。良かった。実際、短髪の兄さんは、少し凛々しく見えた。今までが、色気がありすぎたんだよ…。年齢不詳なんて言われていたこと、本人は知っているのかな?若々しい容貌なのに、長い髪が憂いを醸し出し、年齢の割に落ち着いた物腰、そして、どこか達観したような瞳。それは、ボク達の歩いてきた道を思えば、仕方のないことなのだけれど…。それが、髪を短くすることで、本来の兄さんの活発な雰囲気が戻った。
 少し、安堵する。
 ボクは、今切ったばかりの兄さんの髪の毛を片付けようとして、手を止めた。見事な金色の髪。
「これ、捨てるのなんだか、勿体無いね」
 呟いたボクに、兄さんは嫌な顔をした。
「三つ編みにして取っとくなんて真似はするなよ」
 釘を刺される。
「…どうしても、駄目?」
 ねだるように訊いてみると、心持ち顔を赤らめて、兄さんはそっぽを向いてしまった。
「兄さん?」
「髪の毛なんか、放っておいても、また伸びるだろ」
 そう言われれば、そうなんだけどね。それに、この髪の毛がボク達の旅の記憶だから。捨ててしまうのが、いいのかも知れない。そもそもの目的はそれだったんだし。この髪の毛を残して置いて、兄さんがそれを見る度に、辛い思いをするのでは、意味がない。
「…うん、そうだね」
 ボクは頷いて、それから、丁寧に髪の毛を箱に収めた。リゼンプールに帰った時、母さんの墓の横に埋めようと思って。
「……たのに」
 兄さんが、不意に何かを呟いた。
「?なに?」
 語尾しか聞こえなかったから、聞き返すと。兄さんはボクの手の中の髪の毛を見ていた。
「…おまえが言ったのに。オレの髪が綺麗だって。好きだよって」
 兄さんの目元が赤い。
「もしかして、それで、ずっと伸ばしてたの?」
 ボクは驚いて声を上げる。だって、本当に驚いた。
「おまえは忘れてたみたいだけど!」
 拗ねたように、兄さんはボクに背を向けた。
「そんなことないよ。覚えているよ。でも、兄さんが気に留めてくれてたなんて、思いもしなかったから…」
 ボクは嬉しくなって、後ろから兄さんを抱きしめた。
 なんだ、いろいろ心配して、損しちゃった。でも、こうして兄さんの気持ちを知ることが出来たから…。
「それならそうと、言ってくれればいいのに」
「言えるかっ!」
 兄さんが、耳まで赤くして怒鳴る。
「もう、おまえ、そんなこと、察しろよ…」
 兄さんは赤い顔を隠すように、片手で覆った。
「うん、ごめん」
 兄さんには見えていないけど、ボクはにっこりと微笑んで。
「でも、どんな髪型でも、兄さんの髪の毛が綺麗なことに変わりはないよ」
 耳元で囁いた。
 びくん、と兄さんの身体が震える。ますます耳が真っ赤になった。あらわになった項も、赤く染まっている。ボクはそれを見ながら、かわいいなぁ、と思う。
「…ッカヤロ」
 兄さんは身を捩って、ボクの腕の中から逃れようとする。
 ボクはその身体を抱きしめ直して。ぎゅう、と腕に力を込めた。
「兄さん、大好き」
 頬を寄せた兄さんの髪が。さらさらと気持ちよく流れた。

 

<あとがき >
2004.2.18作。生身アルエド初挑戦。私は基本的に鎧好きなので、読むのは好きでも、自分で書くことはない思っていたんですが…、書いちゃいましたね。これじゃなくて、別の小説をアップしようと思っていたのですが、設定説明がこちらに入っていたので、やむなく、こちらをアップしてみました。これに付属するイラストも、アップしたいなー、と目論んでおります。

これを書きあげて、自分で読み返した時の感想は「甘っ!何これ!?」でした。この小説なら、胸を張ってアルエドだと言えますでしょうか(笑)。
2004.6.23.up


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