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その日、図書館へ行ったら。ぴょこぴょこと動く黄色いものが、目に入った。なんだろう、と思ってそちらを見ると。小柄な子が、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。その背中で、ひとつに結ばれた金髪が、左右に揺れていた。
(ああ…)
棚にある本が取りたいのに、手が届かないのだ。届きそうで届かない。それが、もどかしくて、諦めきれないのだろう。
なんだか、ボクは微笑ましくなって、そっとその後ろに近づいた。
ひょい、と、その子の手が伸ばされている先の本を手に取る。その子よりボクの方が頭ひとつ分高いから、充分に手が届く。
その金色の頭が、はじかれたように、ボクを振り返った。
(うわ…!)
ボクは息を呑んだ。金色の髪に縁取られた白い肌。淡い色の唇。ふっくらとした頬。形のいい鼻。そして。
こぼれそうに見開かれた、大きな、金色の瞳。
まるで宝石みたいだ、と、ボクはその瞳を凝視する。こんなに綺麗なものを、見たことがない。
ボクも金髪に金色の目だけど、全く違う。こんなに綺麗な人間が、この世にいるのだと、ボクは感銘を受けた。
ふたりで、いつまでそうしていたのだろう。その子の唇が、微かに動いたことに気がついたけれど、何と言ったのかはわからなかった。とにかく、ボクは正気に戻った。
「えっと…、これ、取ろうとしていたんでしょ?」
ボクは、右手に持った本を差し出す。見ると、その子は右手が不自由らしく、左手でその本を受け取った。
「あ、ありがとう…」
消え入りそうな声がした。その声で、その子が男の子であったのだと知る。多分、ボクと同い年か、少し下ぐらい。
「あの!」
彼が、ボクを見上げた。
「オレ、エドワード。エドワード・エルリック。おまえは?」
突然の自己紹介に、ボクは驚いたけれど、ボクも自分の名前を名乗った。
すると何故か、彼は落胆したように、肩を落とした。
「?」
不思議に思ったが、ボクは彼ともう少し一緒に居たかったので…思い切って、切り出した。
「他に探している本はある?」
「え?」
彼は、俯けた顔を上げて、不思議そうにボクを見た。
(うわ。可愛い…)
ボクは内心、どきどきしながら。
「よければ、つきあうよ」
ボクは、出来るだけ、爽やかな笑顔を作ってみせた。彼はしばらく戸惑っていたが。
ボクが、彼が左手に持った本を取り上げると。困ったような笑みを浮かべて。
「うん…」
と、頷いてくれた。
それから、ボクは、毎日その時間になると、図書館へ出掛けるようになった。彼はいつもその時間に来るわけではなかったが、ボクが待っていることがわかると、決まった時間に来るようになった。
それから、ボク達は図書館で一緒に過ごし、その後、一緒にお茶を飲んだりして、話をするようになった。エドは驚いたことに、ボクより一歳年上で、科学者だということだった。彼の選ぶ本は、ボクには書名の意味さえわからないものばかりだ。
ボクは、そんな彼を尊敬した。
その日も、ふたりで公園で話をしていた。夕陽がエドの髪の毛を照らし、とても綺麗だった。
「エドは綺麗だね…」
思わず、思ったことが、そのまま口に出た。
エドは、驚いたようにボクを見た後、頬を赤くして。
「おまえの方が綺麗だろ」
と、ぶっきらぼうに言った。
なんだか、それは自然な言葉だった。まるで言い慣れた言葉を言うように。エドは、その言葉を口にした。しかし、それよりも。ボクには、頬を染めるエドが可愛くて。
「それに、可愛い…」
ボクは、またしてもそう、口に出した。エドは更に真っ赤になった。
「エド、エドは本当に綺麗だ。守ってあげたくなるくらい…」
「もう!おまえ、黙れ…!!」
これ以上はないくらい、エドは真っ赤になって。夕陽よりも赤いくらい。もう、抱きしめたいほど、可愛かった。けれど。
「むぐっ」
ボクの口は、エドの手でふさがれた。
「もう、これ以上しゃべるの、禁止だ…!」
エドは必死にそう言って、ぎゅうぎゅうと押さえてくる。
だけど。
そんなことされたら。
柔らかな、エドの手のひらの感触が。ボクの唇の上にある。ボクは、その手をそっと握って。その手のひらに、口付けを落とした。
「!?」
エドが硬直するのがわかる。ボクは、更にその手のひらを、ぺろりと舐めた。
「…やっ…!?」
エドは声を上げて、ボクの手を振り払った。
「オレ、オレ、もう帰る…!」
エドは取り返した左手を、ぎゅっ、と握り締めて。泣きそうな表情を残して、走り去って行った。
「エド…!」
呼び止めてみたけれど、彼は立ち止まる筈もなく。後姿は、みるみる小さくなった。
「仕方ないな。突然だったし」
ボクは小さく呟く。突然、気付いてしまった。出会ったその瞬間から、知っていた気がするけれど、今、この瞬間に。強烈に、自覚した。
(ボクは、エドが好きなんだ…)
ボクは、この世で最も美しいひとに、恋をした。
翌日。今日は、エドは来てくれないかと思ったけれど、彼は図書館に現れた。そのことに、ボクは安堵する。
「エド」
いつも通りに声を掛けると、エドもいつも通りに笑い掛けてくれる。昨日のことは気にしていないようだ。ほっとする一方で、落胆している自分もいる。エドは昨日のことを、どう思っているのだろうか?ボクの気持ちに気付いてくれていないのだろうか?
そんな思いを抱えながら、いつも通り、彼の本選びを手伝って、その後、図書館を出る。
「今日も公園で話していく?」
聞いてみると、「うん」と、エドはあっさりと頷いた。何も警戒していない。やっぱり、彼はわかってくれていないのかな。
「エドの髪の毛、綺麗だね。触ってもいい?」
思い切って、そう言ってみると。
「え…」
きょとん、とエドはボクを見上げてくる。
「いいけど…」
許可を貰って、ボクはそっとエドのしなやかな髪の毛を撫ぜる。何度も。何度も。
「なあ…。もう、いいか…?」
あんまりボクがしつこいからか、頬を染めたエドが、遠慮がちに聞いてくる。
(ああ、もう…!本当に抱きしめたいくらい、可愛いよ…!)
ボクは心の中で叫びながら。それでも、昨日のように逃げられるのが嫌だったので、
「うん。ありがとう」
と、おとなしく、手を離した。
「エドは本当に綺麗だね。ずっと、こうして見ていたい…」
うっとりと、囁いてみる。エドは、また顔を赤くした。嫌がられてはいないみたいだ。
そして、この日から。エドを口説くボクの毎日が始まった。
毎日、毎日。エドを口説き続けたけれど。エドは、ボクの言う事を素直に受け入れるだけで。ボクの気持ちを、まるでわかってくれようとはしなかった。一体、このひとはなんなんだろう?こんなに毎日、山ほどの愛の言葉を浴びせるボクを。一体、どう思っているのだろう?
ボクは、エドが何を考えているのか、わからなかった。そして。焦っていた。こんなことを続けていても、エドはボクの気持ちをわかってはくれない。それならば。
わからせるしかない。
本当は、エドに嫌われるのが怖くて、あまり強引なことはしたくなかった。けれどもう、他に方法を思いつかない。
その日。いつもの公園で。エドはいつものように、綺麗に笑っていて。ボクはその美しさに、胸に痛みすら感じていた。
「エド。お願いがあるんだけど」
神妙に切り出したボクに。
「ん?」
無邪気に、エドが首を傾げる。
(ああ、本当に可愛い…)
もう、何度呟いたか知れない言葉を、また胸中で呟きながら。
「…抱きしめても、いい…?」
意を決してそう言ったボクに。
「いいよ?」
あっさりとエドは承諾の返事を寄越した。
(駄目だ!絶対わかってない!!!)
ボクは、どこまで鈍いんだ、このひと。と、思う。
「じゃ、じゃあ、キス…してもいい?」
これなら!と思ったボクに。
「いいよ」
ちょっと頬を染めながら。これもあっさりとエドは承諾した。
(まてまてまて。いいって?そんなにあっさり承諾していいのか?でも、一応恥らってるし!もしかして、知らぬ間に両思い!?)
逸る気持ちを抑えながら。ボクは、確認することにする。
「えーと…エド、本当に、いいの?ボクに抱きしめられたり、キスされたりして、嫌じゃない?」
「嫌じゃないよ」
その言葉に。ボクの理性は吹き飛んだ。
(エドもボクのこと、好きだったんだ!)
ぎゅうっと、そのきゃしゃな身体を抱きしめる。と、そっとエドが息を吐くのがわかった。
「アル…」
小さく呟かれた名前。
(!?)
ボクの頭は真っ白になった。
ばっ、とエドの身体を引き剥がす。エドは、どうして急に離されたのか、わかっていないみたいだった。彼は、今、無意識にその名を口にしたのだろうか?
「何…?今の。誰の名前…?」
ボクの言葉に。一瞬、戸惑ったような表情をして。それから。はっ、と自分の口を押えた。顔が蒼白になっている。
「アルって、誰…?エド…」
エドが逃げ出さないように、ボクはエドの両腕を掴む。
エドの視線が、逃げるように彷徨った。
「ご、ごめ…オレ…」
エドの顔が、泣きそうに歪む。
「いいから、答えて。アルって誰?エドの何?」
ボクの詰問に、エドは観念したように、目を閉じた。辛そうに、眉間に皴を寄せている。
「アルは…オレの弟だよ」
「え…」
意外な答えに、ボクは呆然とする。
「おとうと…?」
「うん…。事情があって、今は離れて暮らしてるんだ。おまえと、よく似ている…」
その言葉は、ボクを絶望に陥れた。
「だから、なの…?エドがボクと一緒に居たのは。抱きしめてもいいのは。キスしてもいいのは。ボクが、その弟に似ているから…?」
「………」
沈黙は、肯定だった。
それは、ショックだった。とても。けれど。
「違うよ、エド…」
搾り出すように、ボクは言った。
「え…?」
エドが、視線を上げる。
「ボクは、君の弟じゃない。ボクは、君のことを好きな、ひとりの男だよ。愛している。一生側にいて欲しい。一生、ボクに君を守らせて欲しい。愛している。片時も、離したくない…」
ボクは、激情のまま、エドを抱き寄せ、強い力で抱きしめた。
「え?何?ちょっ…」
エドが戸惑った声を上げる。
「愛している。君を、ボクだけのものにしたい…」
ボクはそう囁いて、エドに唇を寄せた。その瞬間。エドの目が大きく見開かれ。唇が触れる寸前で、その顔が逸らされた。
「ご、ごめ…オレ、駄目だ…っ」
エドはそう叫ぶと、ボクの身体を突き放した。あんなにきゃしゃな身体のどこに、そんな力があるのかというような、強い力で。
「エド!!」
ボクは彼の名を呼ぶ。けれど、彼はボクを振り返らずに。走り去っていく。
「くそ…!」
ボクは、エドの後を追いかけて、走り始めた。しかし、エドの走る速さに追いつけなくて。結局、彼は家の中に飛び込んでしまった。
「エド…」
ボクは、はぁはぁと、荒い息を吐きながら。その閉じられた扉に、額を寄せた。
「エド…」
いくら呼んでも、彼は出てきてはくれなかった。
翌日。彼は、図書館には現れなかった。予想はしていたものの、やはりショックで。けれど、諦められなくて。ボクは、気付けば、エドの家へと駆け出していた。
その扉を力任せに叩く。もう、自分でも何をしているのかわからない。ただ、エドに会いたかった。
どのくらいそうしていたのか。
「…っエドっ…」
噛み締めた唇から、彼の名前が零れ落ちる。その時。
扉が、開いた。
そこにいたのは、エドではなくて。彼を彷彿とさせる、ひとりの男。
「…あ……」
エドのことしか考えていなかったボクはうろたえる。そのひとは、優しく微笑んだ。
「君のことは、エドワードから聞いているよ。残念だが、あの子はもう、ここにはいない。君は、あの子のことは忘れなさい」
多分、エドワードの父親であろうひと。その人の口から、信じられない言葉が語られて。
「え…。いないって、どうして…。エドは、どこにいるんですか?教えてください、お願いです…!!」
ボクは、夢中で頼んだ。
そのひとは、少し困ったような顔をして。
「ペンシルバニアに行ったんだ。もう間に合わない」
そう、告げた。
「ペンシル…バニア…?」
呆然とするボクに。
「そう。そこに、宇宙開発に携わっている人物がいるんだ。その人物に会いに行ったんだよ」
そのひとは、淡々と告げる。
「いつ、帰ってくるんですか…」
ボクの問いに。そのひとは、肩をすくめた。
「どうだろう?エドワードは、研究に夢中になると、時間を忘れるからね」
そう言って、ふ、と表情を和らげ、ボクの頭を、ぽんぽん、と叩いた。
「あの子は、宇宙に出ることを目指している。いずれ、君の前から姿を消す人間なんだ。忘れなさい。それが、君のためだ」
その言葉は、ボクの胸に染みてくる。
忘れる?エドを?
会えない?もう二度と?
「教えてください…。どこに行けば、エドに会えますか…」
ボクは、声を絞り出して聞いた。
彼は、困ったように、もう間に合わないよ、ともう一度言って。けれど、エドの居場所を教えてくれた。
出発時刻には、到底間に合わない。けれど、ボクは走った。
走って、走って。
涙が、ぼろぼろと零れ落ちた。
前が見えなくて。息が苦しくて。身体が重くて。走っても、走っても、前に進まなくて。
いつの間にか、ボクは泣きながら、道を歩いていた。
もう、エドは、とうにミュンヘンを発っていた。
愛しているよ、エドワード。君が、ボクを通して、他の誰かを見ていたのだとしても。
もう一度、君に会えたなら。伝えたい言葉が、ボクにはある。
金髪に金色の目をした少年が、ある家の扉を叩いた。
「ホーエンハイムさん。頼まれていた本、持って来ましたよ」
その声に、ホーエンハイムは扉を開ける。
あの日、泣きながらエドワードを追いかけていった、アルフォンスに良く似た少年が。笑顔で、そこに立っていた。
「いつもすまないね」
ホーエンハイムは、その本を受け取る。
「いえ。ついでですから」
そう言いながら、彼は家の中の気配を探っている。そうして、ホーエンハイム以外の人間の気配がないことに、多少の落胆の色を見せる。
それが、今の彼の日常。
ホーエンハイムの遣いを買って出たり、おすそ分けに、と差し入れを持ってきたり。何も用事がない時は朝晩の挨拶を。そして、時には、エドワードの本を見たがったり、彼には理解できないであろう、エドワードの研究の内容を聞きたがったり。
そうやって、彼は、エドワードの帰りを待っている。
ホーエンハイムの忠告は、彼には届かないらしい。いずれ帰ってくるであろう、エドワードは。その時、どうするのだろう、とホーエンハイムは思う。
一途な姿は、アルフォンスの姿に重なり。
ホーエンハイムでさえ、時に錯覚しそうになる。
明日、もしも君に会えるのなら。伝えたいことがひとつだけある。
いつまでも変わらず、君ひとりを愛しているよ。
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