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その日。ホーエンハイムが帰宅すると。
机の上に、エドワードがうつぶせていた。
「エドワード?寝ているのか?」
荷物を置きながら、ホーエンハイムが声を掛ける。
「…いや…」
エドワードが、むくりと身体を起こした。
「どうした?具合でも悪いのか?」
冴えない表情のエドワードに。ホーエンハイムが問い掛ける。
「いや、そういうんじゃない…。ただ、予想以上にダメージが大きいというか…」
エドワードが泣き言を言うことは珍しい。まして、ここ数日は機嫌がよかった筈だ。
「どうした」
ホーエンハイムは続きを促した。
「だって…あいつ、アルと同じことを言うんだ」
あいつ、というのは、こちら側の世界に居る、アルフォンスそっくりの身体を持った人間のことだ。エドワードは彼と知り合ってから、図書館で彼と会うようになったらしい。彼の機嫌がよかったのは、そのせいだ。
「何か問題があるのか?」
アルフォンスを思い出して辛いのだろうか、と、ホーエンハイムは察する。しかし、エドワードの次の言葉に、ホーエンハイムは沈黙した。
「だって、あいつ、オレのこと、綺麗だとか、可愛い、とか。好きだとか、大切だとか、守ってあげる、とか、ずっと側に居たいとか、言うんだぜ…!」
「………」
「そんなの、そんなの、アルと同じ顔で、同じ声で、同じ言葉で言われたら、オレ、錯覚しちまう…!ここにいるのは、オレの弟のアルフォンスじゃないのかって、そんな気になって…!」
エドワードは、こちら側の彼を、アルフォンスの代わりにしているような気がして、そんな自分が嫌なのだろう。だが、そんなことより。
「…エドワード。アルフォンスは、おまえに、そんなことを言っていたのか?」
ひとまず、確認する。
「ああ…。いつも言ってたな。アルは鎧になってから、表情がない分、たくさん言葉にして、オレに伝えてくれた」
辛そうにエドワードは言う。しかし、ホーエンハイムの意識はそこにはない。
「エドワード。その言葉は…一般には、愛の告白のように聞こえるが」
遠慮がちに言ってみると。
「…え?」
何を言われたのかわからない、という風に、エドワードに見上げられた。
それから、ホーエンハイムの言葉を理解したのか、エドワードは、ぼっ、と顔を真っ赤にした。
「な、な、何を言い出すんだよ…!きょ、兄弟なんだから、このぐらい、言うだろう!?」
焦って、どもっている。
「兄弟で…言うかな。エドワードもアルフォンスに言うのか?」
ホーエンハイムの問い掛けに。エドワードは更に顔を赤くしながら。
「い、言うよ。だって、あいつ、言って欲しそうにするんだ…」
その様子から、エドワードはアルフォンスの望みに応えて、その言葉を口にしていたのだと、ホーエンハイムは理解する。やはり、アルフォンスは、エドワードに並々ならぬ愛情を持っているようだ、と、彼は思う。
「それで?その子には、なんと答えたんだ?」
ホーエンハイムの問い掛けに。途端に、エドワードは肩を落とした。
「…何も答えてない。答えられねぇよ…!」
搾り出すような、エドワードの言葉に。ホーエンハイムは、何も言ってやれない。何度も味わう、自分の無力さ。悩むエドワードに、何もしてやれない。
「もう、会わない方がいいのかな…?」
縋り付くような目で、エドワードがホーエンハイムを見上げる。
「…そうだな」
ホーエンハイムは、そう答えた。いずれ、エドワードはあちら側に帰るつもりでいるのだ。それならば、こちら側に未練を残さない方がいい。そしてそれが、こちら側の彼の為でもあるだろう。エドワードは、彼を見ているわけではない。彼を通して、どうしても、最愛の弟の姿を求めてしまうのだから。
「うん。やっぱり、そうだよな…」
沈んだ声で、そう呟いて。
それきり、エドワードは黙り込んでしまった。
エドワードが、慌しくミュンヘンを離れたのは。それから数日後のことだった。
理由は、「宇宙へ出る研究をしている人間に会ってくる」とのことだったが。こちら側の彼との間に何かがあったことは明白で。
逃げるように旅立つ彼を。ホーエンハイムは、苦笑交じりに見送った。
兄弟であろうが、兄弟でなかろうが。あちら側のアルフォンスと、こちら側の彼が、エドワードに捧げた、あまたの言葉は。
間違いなく、愛の言葉。
ホーエンハイムは、いつかエドワードが言っていた言葉を思い出す。繋がっているのだ。こちらの世界と、あちらの世界は。
それは、一条の希望の光。
エドワードが出て行った後。扉を乱暴に叩く音がして。ホーエンハイムは再び苦笑した。
あんな愛の言葉を語る男が。簡単に、諦める筈はないと。エドワードは、わかっていないのだろうか?
扉の向こうで。おそらくは、必死の形相でその手を打ち付けているこちら側の彼に。何と言って諦めさせればいいのか、と、ホーエンハイムは考える。
明日、もしも君に会えるのなら。伝えたいことがたくさんある。
エドワードも。アルフォンスも。その胸の内に。無数の思いを抱えている。
その愛の言葉が。伝えられないまま、胸の中で死んでしまうことのないように。ホーエンハイムは、願わずにはいられなかった。彼の、愛しい息子達の為に。
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