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ホーエンハイムが、本を片手に家に帰ってきた。
「エドワード。おまえが言っていた本を買ってきたぞ」
研究に集中していた背中が、その声に反応して振り返る。
「サンキュ」
そう言って、左手を伸ばしてくる。その手に本を渡しながら。
「?」
ホーエンハイムは、エドワードの表情に違和感を感じた。
「エドワード、何かあったか?」
瞬間、エドワードの顔が強張る。
「どうした?」
促すと、エドワードはのろのろと口を開いた。
「…今日さ、アルによく似た奴を見掛けた…」
ホーエンハイムはいささか驚く。
「アルフォンスの身体を持つ人間に会ったのか?」
「…ああ。多分そうだと思う。オレの記憶のあいつより、成長してたけどな」
エドワードの表情は暗い。
「それで?話し掛けたのか?」
ホーエンハイムの問い掛けに。
「まさか」
と、エドワードは答えた。
「その子と一度、話をしてみた方がいい」
ホーエンハイムが言った。
「?なんで」
エドワードが、首を傾げる。
「アルフォンス本人でないか、確認しておいた方がいいだろう。もし、人体練成が失敗して、アルフォンスの肉体が練成されていなかったとしたら。アルフォンスの魂が、こちら側に来ていないとも限らない」
いつかのおまえのように、と、言われて。エドワードは目を見開く。
「違っていれば、アルフォンスはあちら側にいることになる」
どんな状態でかは別として、という言葉は、ホーエンハイムは口に出さなかった。
「そっか!」
エドワードが声を上げる。
「わかった!早速、確認してみる!」
ホーエンハイムを見上げて、輝く笑顔で言うエドワードは。本当に眩しくて。
ホーエンハイムは苦笑する。いろいろとあって、エドワードは、ホーエンハイムへのこだわりは無くし、一応、父親として接してくれるようになったものの。エドワードが、こんな風に笑うのは、いつでもアルフォンスの話をしている時で。
胸が痛まないと言ったら、嘘になる。
彼の愛しい息子。エドワード。ただ一人、愛した女性の忘れ形見。離れている間も忘れてはいなかったが、共に生活をするようになれば、否が応にも愛情は募る。それだけに、彼の愛情が自分に向いていないことに、痛みも感じる。
身勝手な思いだ、と、ホーエンハイム自身も思う。
そんなホーエンハイムの思いも知らず、エドワードは、明るい声を出した。
「でもさ、あれだよな」
「ん?」
エドワードが嬉しそうに言う。
「結局、こっちでも、あいつは近くに居たんだよな。なんか、すげぇ。親父にしたって、こっちに来て、すぐにオレの身体を持つ奴を見つけたんだろ?やっぱり、あっちとこっちは、違う世界でも、繋がってるんだな」
繋がっている、という可能性だけが。エドワードの心の拠り所だ。ホーエンハイムは、そんなエドワードを痛ましく思う。ホーエンハイムは、あちら側に帰ることなど初めから考えていない。それを考えるには、ホーエンハイムは年を取りすぎており。それを諦めるには、エドワードは若すぎるのだ。
「さあ、夕食にしよう」
気持ちを切り替えるように。ホーエンハイムは声を上げた。
その数日後。
ホーエンハイムが帰宅すると、やはり、エドワードは変な表情をしていた。
「…?どうした」
荷物を置きながら、ホーエンハイムが問う。
「…今日、あいつと会って、話をした…」
もちろん、それは、数日前にエドワードが話していた、アルフォンスに似た人間のことだろう。
「ほう。それで、どうだった?」
ホーエンハイムが促すと。
エドワードは、難しそうに眉間に皺を寄せて。
「別人だった…」
と、答えた。
「よかったじゃないか」
ホーエンハイムは、心持ち、声を弾ませる。
しかし、対照的にエドワードの表情は曇ったままだ。
「どうした…?」
ホーエンハイムは不思議に思って、エドワードに問い掛ける。
エドワードは、つい、と、視線を逸して。
「だって、アルの姿をして、アルの声で話すのに。あいつはアルフォンスじゃない」
と、エドワードは、くしゃり、と泣きそうに顔を歪めて言った。
「……ああ、そうか」
エドワードの態度に得心がいって、ホーエンハイムは頷いた。
「エドワード。おまえ、アルフォンスに会いたくなったんだな?」
そう言うと、エドワードの表情が強張って。それから、彼はゆるゆると机にうつぶせた。
「…会いたいよ。そりゃあ、会いたいに決まってるだろ…!」
悲痛な響きを持って、呟かれる言葉。ホーエンハイムは、その姿を痛ましそうに見て。そっと、エドワードの金髪を撫でた。
どのくらい、そうしていたのか。
「…人体練成は、成功しているかな…」
エドワードが、うつぶせていた顔を上げて、机の上に組んだ腕に顎を乗せた格好で。幾度目かになる言葉を呟いた。
「それは、あちらに戻って確認するしかないな」
何も、エドワードを安心させてやれる言葉を持っていないホーエンハイムは、そう言うしかない。そんな自分に忸怩たる思いを感じていた彼は。
「なぁ、親父。その時は一緒に帰ろうな」
という、エドワードの言葉に驚いた。彼は、ホーエンハイムを見上げて、笑っている。
「一緒に?」
考えてもいなかったことに。ホーエンハイムは問い返す。
「ああ。そうしたら、きっと、アルも喜ぶ」
また、花がほころぶような笑顔をみせる。エドワードは、アルフォンスの話をする時には、本当に綺麗に笑う。
「アルはあんたのことが大好きだったからな。3人で一緒に暮らせるようになれば、きっと喜ぶよ」
確かに、ホーエンハイムが会ったアルフォンスは、彼のことを慕ってくれたが。それも、単なる憧憬と、知識欲であったように、ホーエンハイムは思う。
あくまでアルフォンスは、エドワードのために、ホーエンハイムの知識を欲していたのだと、彼は理解している。
けれど。
「…そうか。3人で」
感慨深げに、ホーエンハイムは呟いた。こちら側で人間として死ぬつもりだった彼だが。その最後を、彼の愛する息子たちと過ごすのは、もちろん悪くない。
「ああ…楽しみだな」
ホーエンハイムは微笑んだ。
エドワードは、強い光をその瞳に宿している。
彼なら、いずれ、その望みを叶えてくれるのでは、と。ついぞ、甘い夢など見ることのなかった男が。その可能性を信じたくなった。
明日、もしも君に会えるのなら。伝えたいことがたくさんあるよ。
ホーエンハイムは、胸の中の愛しい女性の面影に。優しく微笑んだ。
この愛しい息子たちのことを。きみと、心行くまで話してみたい。
そんな、優しい気持ちで心を満たしながら。
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