おもちゃ

 リゼンブールの、穏やかな午後。
「アルー、エドー!」
 ウィンリィの明るい声が響いた。
「ウィンリィ。いらっしゃい」
 玄関のドアを開けて、アルフォンスが顔を出す。金色の瞳が、優しく微笑んだ。
「アップルパイを焼いたから、持ってきたの。あがっていい?」
 ウィンリィが、手に持った籠を見せる。アルフォンスは、もちろん、と、彼女を迎え入れた。

 リビングでは、エドワードがソファで本を読んでいた。
「おう」
 入ってきたウィンリィに、一瞬、目線をあげて声を掛ける。
「また本を読んでるの?」
 隣に座って、ウィンリィはエドワードの手元を覗き込む。
「本屋のおじさんに聞いたわよー。毎月、すごい量の本を取り寄せしてもらってるんだって?」
 ウィンリィの問いに、エドワードは本に目を落としたまま、
「儲かって喜んでるだろ、おやじ」
と、答えた。その素っ気ない言葉に。
「そりゃ、そうだわね」
と、ウィンリィが苦笑する。
 そこへ、切り分けたパイと、紅茶を持って、アルフォンスが入ってきた。
 コトリ、と、3人の前に、それらが置かれる。
 エドワードが本を放り出して、目を輝かせた。
「うまそうだな!」
 そう言って、早速パイにかぶりつき、
「うまい!」
と、至福の表情を浮かべた。
「うん。ウィンリィのアップルパイは絶品だよね」
 アルフォンスも、パイを食べながら言う。
 ウィンリィは嬉しそうに照れ笑いをして。
「えへへー。ありがと。でも、シチューの味はアルに敵わないけどね」
と、答えた。
「アルのシチューは絶品だからな」
 頷きながら、エドワードが言う。それに、アルフォンスは苦笑した。
「ウィンリィのシチューだって、おいしいよ。ボクのは、うちの家庭の味っていうだけで、ウィンリィより上手いとか、そういうことじゃないと思う」
「そんなことないわよぅ。今度、アルに作り方習おうかしら…」
「ははは」
 ウィンリィは、案外と本気で言っているようだったが。アルフォンスは、笑ってその言葉を流した。

「あ、そうそう」
 ウィンリィが、突然何かを思い出したかのように、バッグを探り出す。
「?」
 何事かと、ふたりが見ていると。
「エド、ちょっと後ろ向いて?」
 ウィンリィが、エドワードに指示する。
「なんだよ?」
と、エドワードは顔をしかめたが。
 いいから、と無理やり背中を向けさせられた。と、腰にベルトを締められる。
「おい、ウィンリィ、なんだよ?」
 エドワードが、背後のウィンリィを振り返ろうとする。ウィンリィはそんなエドワードに構わずに。
「はい、今度はこっち向いてー」
と、エドワードの身体をひっくり返し、自分と向き合う格好にさせた。
「はい」
 かぽ。
 なにかを、頭に嵌められた。しかし、エドワードは、自分ではそれを見ることができない。
「うっ…」
 突然、アルフォンスの呻き声がした。その声に、エドワードがアルフォンスを見ると。
 アルフォンスは真っ赤な顔をして、口元を押さえていた。
「?」
 どうしたのだろうか、と、エドワードは不審に思う。
 すると、ウィンリィが、にやりと笑った。
「アールー。鼻血は出さないでよ?」
 意味ありげに言う。その言葉の意味が、エドワードにはわからない。
「ウィ、ウィンリィ…、どこでこんなもの…!」
 息も絶え絶え、という状態で、アルフォンスが訊く。
「この間、隣町まで買い物に行ったら、たまたま、パーティグッズの中にあるのが目に入っちゃったのよね。エドに似合うだろうなー、と思ったら、つい、買っちゃってたのよ」
 しれっ、とそう言うウィンリィに。アルフォンスは。
 グッ!と、親指を立てた手を、突き出して見せた。
「グッジョブ!!」
 その言葉に、ウィンリィも。
「任せて!」
と、ビシィッ!と、同じく親指を立てる。
 エドワードはひとり、訳がわからなくて。
「おい…一体オレに何をした…」
と、不穏に訊いた。
 ふたりの様子から察するに、自分は、かなり恥ずかしい格好をさせられているのでは、と、エドワードはソファから立ち上がって、鏡を覗き込む。
「!!!」
 そこに映ったのは。
 真っ黒な、ふたつの猫耳。
 慌てて、エドワードが自分の尻を見下ろすと。
 真っ黒な、長い尻尾。
 エドワードは、猫耳と尻尾をつけられていたのだ。
「―――――!!!」
 怒りに震えながら、エドワードはふたりを振り返る。
「何だよ、これは!!!」
 がーっ!と怒鳴った後。
「ふざけんなよ!」
と、エドワードは憤慨して、頭に嵌められた猫耳のカチューシャを、もぎ取ろうとする。
「あ!駄目だよ、兄さん!」
 アルフォンスが素早く立ち上がり、エドワードを背後から羽交い絞めにする。
「何する!アル!!」
 エドワードが怒鳴るのに。
「だって、こんなに可愛いのに、もったいないよ!」
と、至極真面目に、アルフォンスは答えた。
「何が可愛いだ!ふざけんな―――!!!」
 エドワードは絶叫して暴れるが、腕力ではアルフォンスに敵わない。
 そんなふたりを冷静に見ながら。
「本当に可愛いわよねー。さすが、あたしのエド」
 ウィンリィが呟いた。
「…ウィンリィ?」
 アルフォンスが、その言葉を聞き咎め、地を這うような声を出した。
「なによー。言ってみただけじゃない。そんなに睨まなくてもいいでしょー?誰がその猫グッズを買ってきてあげたと思ってんの?」
 ウィンリィが頬を膨らませる。
「猫グッズは嬉しいけど、ライバルに容赦はしないよ」
 冗談でない声に。ウィンリィは呆れて、はいはい、と手を振った。
「あ、それよりもさ。あたしカメラ持ってきたのよね。写真撮るから、そのままエドを押さえててね」
 ウィンリィのその台詞に。エドワードが顔を真っ赤にする。
「な…っ!冗談じゃねーぞ!?」
 エドワードは一層暴れるが、アルフォンスにがっちりと動きを封じられた。
 カシャカシャと、シャッターを切る音がする。
 やがて。ファインダーを覗いていたウィンリィが、顔を上げる。
「………」
 そして彼女は、ぽつりと呟いた。
「…なんか、いやらしい」
 その言葉に。
「はっ!?」
 アルフォンスとエドワードが、同時に声を出した。
「だって、アルがエドを無理やり押さえ込んでてさぁ…なんか、すっごい、いやらしい…」
 その言葉に。エドワードは固まった。しかし、アルフォンスは。
「えっ、そう?」
と、嬉しそうに笑う。そのだらしない笑顔に。
「てめー!何嬉しそうな顔してやがるんだ、アル!!!」
 エドワードが悪態を吐く。
 その言葉が聞こえていないかのように、アルフォンスはウィンリィに話し掛けた。
「どうせならさ、洋服も、こんないつものTシャツじゃなくてさ、ナース服とかだと、いいよね…!」
 目を輝かせて言うアルフォンスに。エドワードは耳を疑った。そして、答えるウィンリィは。
「やだぁ、アルってば、マニア!!そうねぇ。せっかく尻尾があるんだからさ、エドの口に尻尾をくわえさせるとか、どう?」
と、こちらも目を輝かせている。
「うわ―――!いやらしい!!じゃ、じゃあ、ボク、猫耳を噛んでもいい?」
 アルフォンスが興奮した声で言う。

―――――ブチッ!

 エドワードの切れる音がした。
「ふざけんなよ、てめーら―――!!!」
 むちゃくちゃに暴れ始めたエドワードに。アルフォンスも、振りほどかれそうになる。
「に、兄さん!痛いって、そんなに暴れないで…!」
 アルフォンスが制止するが。
「きゃ―――!危ないじゃない、エド!!!」
 エドワードは、手近にあるものを、ウィンリィに投げつける。
 部屋の中は荒れ狂ったが。

 怒りのあまり、我を忘れたエドワードは。
 猫グッズを身に着けたまま、暴れまわっていたのだった。

 後日、「かわいい暴れ猫」として、アルフォンスとウィンリィの心楽しい思い出になったことは、エドワードには秘密である。

 

<あとがき >
2004.10.7作。
展覧会出展作品。テーマは「猫」でした。前半のエピソードはいらんだろう、という感じですが。書きたかったので。ウィンリィがアルにシチューの作り方を習いたい、というのは、暗に「エルリック家の嫁になりたい」と言っているのですよ(笑)。だから、アルはスルーなのです。
初めてのアルエドウィンリィのトライアングルストーリー。ですが、大体、うちの3人の関係性はわかっていただけたことと思います。
それはいいとして。これを書き上げた私の、第一声は。「
エドが汚されたーーー!!!」でした(笑)。自分で書いておいて…。いや、アルとウィンリィの妄想が…。オチをつける為とはいえ、やりすぎです。エ、エドが、ふたりに汚された…(涙)。
でもまあ、とにかく、可愛いエドと、そんなエドにメロメロなアルとウィンリィを書きたかったのです。エドの猫グッズが黒いのは、洋服に合わせたからです。本文には出てこないけど、エドの服装は、いつもの黒いパンツに、黒のTシャツです。
2004.10.12.up