舞台袖

 ふわりと広がる、豪奢なドレス。ふんだんにレースの使われたそれは。ほっそりとした、けれど美しいラインを描く、小柄な身体に。恐ろしいほど似合っていた。
「なんでオレがこんな格好しなくちゃならないんだよ…!」
 いまいましげに、エドワードが呟く。
「あたしの作ったドレスに、何か不満でもあるの?」
 エドワードにドレスを着付けたウィンリィが、背後から囁く。その手には裁断鋏が握られており。
「…それ、立派な凶器だって、いつも言ってるだろ…!」
 冷や汗を掻きながら、エドワードは言った。
「エド!そろそろ舞台袖にスタンバイしてくれ」
 呼びに来たスタッフに、「おう」と返して。エドワードは控室を出た。
「頑張ってね。お姫様」
 楽しそうなウィンリィの声が、背後で聞こえた。

 そもそも、何故自分なのか、と、エドワードは不満に思う。
 この学校の学園祭で上演される舞台は、レベルが高く、評判がいい。その分、全校生徒の協力のもと、かなりな予算と労力が費やされる。
 しかし。何故、その主役に自分が選ばれているのか。
 しかも、何故、男の自分が姫役なのか。
 全校生徒の一斉投票で決定したとはいえ、エドワードは納得できない。

 慌しくスタッフの生徒が立ち働く舞台裏を抜けて、エドワードは舞台袖へとたどり着いた。
「兄さん」
 そこには、もうひとりの主役…王子役のアルフォンスが、既に控えていた。
「おう」
 片手を上げて答えると。
「そのドレス、すっごく似合ってるね…!」
 などと、瞳を輝かせて言われた。
 いや、おまえもそのこっぱずかしい格好がよく似合っているけどよ。それはまぁ、いい。だけど、オレにドレスが似合ってどうするよ?
 思って、エドワードは、あからさまに不機嫌な表情をして見せた。けれど、アルフォンスは全く気にした風もなく。
「こんなに素敵なひとを奥さんに出来るなんて、ボク、本当に幸せだよ…」
 などと、うっとりと、エドワードの耳元に囁いてくる。
 そう。今回の芝居は、アルフォンスが扮する王子と、エドワードが扮する姫との結婚式のシーンから始まる。それは、童話などにモチーフを取ったものではなく、内容は完璧なラブストーリーなのだ。
 政略結婚で出会ったふたりが、紆余曲折を経て、思いを通じ合わせていく、という話で、かなりな頻度で、ラブシーンとはいかないまでも、王子と姫の接触の場面がある。
 抱き寄せたり、抱きしめたり、唇を寄せたり、髪の毛に顔を埋めたり。
 そんなシーンを、スタッフの前で何度も練習させられて、エドワードは、何度も逃げ出そうと考えた。舞台が終わるまで、どこかにトンズラしよう…!そう、真剣に考えたが。
 なぜか、とても楽しそうなアルフォンスと。エドワードに着せる衣装を何週間も掛けて、手作りしたウィンリィに。無言のうちに圧力を掛けられた。逃げたりしたら、後々どんな目にあわされるか、わからない…。その恐怖が、エドワードに、こんな屈辱を耐えさせた。
(あーあ、本当にやってらんねぇ…)
 エドワードはため息を吐く。
 と、何時の間にかエドワードは、やんわりと舞台袖の分厚いカーテンに包まれていた。アルフォンスが、そっと抱き込んでくる。
「おい、アル?」
 カーテンに包まれて、まるでふたりきりだ。けれど、このカーテンの向こうには大勢のスタッフがいる。なのに。
「兄さん…」
 エドワードより頭ひとつ分背の高いアルフォンスは、少し屈み込んで、エドワードの耳元に唇を寄せてきた。そのまま、熱い吐息が注がれる。
「…っ!アル!!」
 思わず声を上げたエドワードに。くすくすと、アルフォンスが笑う。
「大声出したら、皆にみつかっちゃうよ」
 まるでかくれんぼをしている子どものように。
 アルフォンスは、しーっ、と、自分の唇の前に指を立てた。
「おまえが、変なことするからだろ…!」
「いいじゃない。ボク達、夫婦なんだしさ」
 そんなことを言って、アルフォンスが唇を寄せてきた。カーテンに包まれた狭い場所では、エドワードに逃げ場所はなくて。
 観念して目を瞑った。しかし。
 エドワードの唇に触れる前に、アルフォンスの唇は、すっ、と逸れて。耳の付け根を強く吸う。
 驚いてエドワードが目を開けると。
 アルフォンスが笑っていた。
「唇にしたら、口紅が落ちちゃうからね。残念だけど」
 後に取っておくよ、などと言いながら笑うのが、憎たらしくて。
 何か言ってやろうと口を開くのだが。
「王子―!姫―!位置についてくれ!」
 スタッフが、自分たちを呼ぶ声がして。エドワードの言葉を塞ぐ。
「出番だ。行こう?」
 エドワードから一旦、身体を離したアルフォンスは。エドワードを見て、再び、その耳元へと唇を寄せた。
「そんなに赤い顔で、舞台に出て来ないでね?あんまり可愛くて、王子が一目惚れしちゃうから」
と、囁いた。
「な…!」
 王子と姫は、初めはよそよそしく。特に、姫は冷たい態度で王子に接するという設定だ。確かに、こんなに火照った顔では出て行けない。
「だったら、変なことすんなよ…!このバカ…!」
 エドワードの言葉には答えずに、アルフォンスは笑って、カーテンの中から出て行った。
「ちくしょう。なんだよ、あいつ…」
 腹立たしげに、エドワードは呟きながら。
 キスをしたら口紅が落ちる、なんて。あいつはどこかで経験したことがあるのだろうか、と、頭の隅で思った。

 幕が上がる。アルフォンスは舞台の中央で、椅子に座っている。ファンファーレが鳴ったら、自分の出番だ。
 エドワードは、ひとつ、深呼吸をする。
 舞台が終わったら、アルフォンスを問い詰めてやろう、と考えながら。冷たい表情を浮かべた「姫」の顔で、彼は舞台へと足を踏み出した。

 アルフォンスが生徒会から手を回し、舞台の演目と、配役を操作したこと。彼が、影でそんな実権を握っている事実。そして、それら全てが、エドワードを独占する為だけに使われているということに。エドワードは、全く気付いていないのだった。

 

<あとがき >
2004.8.31作。
「展覧会」出展作品。テーマは「姫」でした。学園パラレルです。わー、初パラレル!アルの性格が違う(笑)。普通に育っていたら、こんな風に育ったかなー、という空想で。(いや、こんなバカで黒幕な感じには育たないだろう…。でもブラコンだろう)。
バカバカしい話ですみません…(泣き笑い)。
2004.9.4.up