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ボクは、「自分が兄さんに作られた架空の人間なのではないか」と、バカな考えに取り憑かれていた。そんな考えは、幼馴染みのウィンリィと、兄本人から否定されて。「なんでそんなバカなことを、あんなに考え込んでしまったんだろう」と、今では不思議に思う。
多分、「魂だけの存在」なんて、不安定であやふやだから。
だから、不安になるのだと、そう言い訳出来ないものでもないと思うのだけれど。
そう、それはただの言い訳。それを言うなら、兄さんがその全てを掛けてボクの身体を取り戻してくれても、ボクは、自分の存在を疑うことになるのだろう。
そんなのは、兄も自分も不幸だ。多大な犠牲を払って、誰一人幸せになれない。
ボクは、愚かだった。
今は、兄さんと、病院の屋上で、ふたりして寝転がって、空を見ている。
さっきまでの激情が嘘のように、穏やかな気持ち。
「よく考えて見れば、簡単なことなんだよね」
しばらくの沈黙の後、ボクは言った。
「うん?」
兄さんの穏やかな声が返る。
「兄さんはボクのことなんて、何も知らないんだもの。もしも、本当に兄さんがボクを作ったのなら、ボクのこと、何でも知っている筈だよね」
そう言うと、がばっ、と兄さんが起き上がる気配がした。
「何だよ、それ!オレがおまえのこと、何も知らないって!?」
兄さんは、ボクの顔を真上から覗き込む。逆行で、その顔は影になるが、その金色の髪の毛の輪郭が、太陽の光にきらめいていた。
綺麗だな、と思う。
「うん。兄さんだけじゃない。ボクだって、兄さんのこと、全然わかっていなかった。ボクは、兄さんのことなら、何でも知っているような気になっていた。…馬鹿だよね。兄さんとボクは違う人間で、全部を知ることなんて、出来るわけもないのに」
ボクの言葉に、兄さんは痛そうに眉根を寄せた。まるでそれは、泣き出す寸前の表情だ。
「…だからさ。それが、証明なんだ。ボクが、兄さんに作られた架空の弟なんかじゃないって」
ボクは、宥めるように、優しく言った。
「オレの知らないおまえって…なんだよ」
「ボクは全然知らなかった。兄さんが、ボクが兄さんを恨んでいるかも知れないなんて、思っていたこと。だって、そんなこと、考えたこともなかったから」
わざと、兄さんの質問とは違う答えを返す。
「アル」
兄さんが、また痛そうな表情をする。
「本当だよ?兄さんを恨んだことなんて、一度も無い。…兄さんが知らないのはね、ボクが兄さんを大好きだってことだよ」
ボクの言葉に、兄さんが目を見開く。
「…それが、オレの知らない、おまえ?」
うん、とボクが頷くと。
「それなら…おまえだって、知らないだろ。オレがおまえを大好きだって」
兄さんは、真っ赤な顔を隠すように、ボクの胸に顔を伏せて言った。
ボクは、笑い声を上げる。
「…っ!笑うなよ!」
兄さんが、真っ赤な顔をしたまま、ボクを睨み上げた。
「ごめん。だって、ボクはそれ、知っているもの」
「…それなら。オレだって…」
「知らなかったんでしょ?」
ボクは間髪入れずに言う。
「ボクが兄さんを大好きだって、知らないから、恨まれているかも、なんて思ったんでしょ?」
ボクは、再び笑う。
兄さんは、「うー」と、困ったように唸って。再び、ボクの胸に突っ伏してしまった。耳が赤いままだ。かわいいなぁ、とボクは思う。
「兄さん。大好きだよ。それだけ、覚えていて?」
ボクは、兄さんの髪を、あやすように撫ぜた。
「…おう」
兄さんからは、照れ隠しのような、ぶっきらぼうな返事が返ってくる。
ああ、本当に。
ボクは、笑う。
兄さんは、ボクのことを何も知らない。ボクの魂を錬成した兄さんを、恨むどころか。
ボクは、それを喜んだ。
その身体を差し出してまで、ボクを望んでくれた兄さんを。思うたびに、歓喜に心が震える。ボクは、それ程に罪深い。
兄さんの身体を元に戻したいと願いながら。その失われた肉体が、ボクへの愛の証明のように。ボクの心を満たしていく。
それは、痛みと、愉悦と。同時に存在する、罪深き心。痛々しい兄さんを、苦しく見るボクと、嬉しく見るボクと。同時に存在することなんて、兄さんは知らない。
これは、ボクだけの秘密。
ねぇ、兄さん。貴方の「好き」と、ボクの「好き」の意味が違うことさえ、貴方は知らないんでしょう?
貴方にとって、ボクは「最愛の弟」のままだから。ほら、だからね。
貴方は、ボクのことを、何も知らない。
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