澄みきった秋の大気、空をゆく鳥たちの羽音、西の地平線が真っ赤に染まり、辺りは短い朱の世界となった。
「見ろよオスカル、渡り鳥だ。帰って行くんだな・・・南へ。やつらはどんなに自由に大空を飛ぼうとも、結局は帰って行くんだ・・・決まったところへ。誰にも止められはしない。誰にも・・・」
頭上をゆく鳥たちが切なそうな鳴き声をあげ、朱色の大空に何周も円を描きながら飛んでいる。
とても手の届かない高みを飛翔する姿にどんなに想いを重ねたところで、その距離はあまりに遠い。
そして、オスカル・・・・・こんなにも近くにいるのに・・・おまえも遠い。
「・・・はぐれはしないのか・・・?」
オスカルが微かな声で呟いた。
振り向いて見上げた先に、渡り鳥よりも遠くを見つめて佇むおまえが居た。
「たまには、はぐれる奴もいるかもしれんぞ・・・」
「・・・それで、生きていけるのか・・・」
オスカルがさっきよりも小さく、殆ど消え入りそうな声で囁いた。
「風に乗るんだ。渡り鳥はこの時期吹く風に乗って・・・自分の居場所に帰るんだよ。必ずその風は吹く、だから迷ったりはしない。そりゃ、はぐれる奴はいるかもしれないけどな・・・だが迷うのとは違う。生まれ持った本能で、やつらは帰るべきところへ帰るんだから」
大空を周回しながら飛ぶ鳥たちは何かの合図なのかひときわ甲高く鳴き声をあげると、それを最後に一列になって南の空へ消えていく。
黙ったまま何もいなくなった空を見つめ続けているオスカル。
その姿が夕焼け空以上に眩しくて、切なくて・・・緩やかなこの時間の流れがたまらなく苦しかった。
「オスカル・・・寒くないか・・・?」
「回り道をしたとしても・・・ひとりになったとしても・・・・・それでも帰るのか?」
銃を下ろしたオスカルが、初めて俺と目を合わせて呟いた。
「風が帰してやるんだよ。渡り鳥はひとりじゃ飛べない。この時期に吹く風をな、東洋では“雁渡し”って言うんだそうだ」
「・・・・・・・・・・」
再び沈黙するオスカルだったが、今度は俺の目をじっと見つめていた。
白いブラウスが真っ赤に染まり、美しいブロンドの髪が朱色の風に揺れ、碧い瞳が今にも潤みそうに見えたので・・・俺から目を逸らしてしまった。
「無事で良かったな」
うつむきながら小声でそう語りかけると、オスカルは優しい声で「はぐれ鳥のことか・・・?」と訊き返し、そっと涙を拭う仕草をみせる。俺はたまらず目を閉じるも、気配で分かった・・・。
再び夕刻の空へ視線を戻したオスカルが、西の空に銃口を向けながら「ああ」と静かに頷くのがとても愛おしい。
渡り鳥のやつ・・・“風”の存在に気付いているか?
越冬の前に・・・何より温かく大切な“風”の存在に、おまえは気付いているか・・・?
*秋の高気圧が勝って、北方から風が吹いてくると、その風に乗って雁が渡ってくるということから、日本ではその風を「雁渡し」と呼びます。 ノン フレンチ・・・めっちゃジャパニーズ・・・。
この時OAの見た渡り鳥は雁ではないかもしれませんが・・・いろいろと目を瞑って下さいませ。 |