的中率、今のところは80%くらいだ。
オスカルの考えている事は手に取るように分かるという自負がある。
初めて出逢ったのはあいつが五歳で俺が六歳の・・・そう、あれも春だった。ちょうど今みたいに桜が満開で・・・見た事もない立派なお屋敷に緊張でガチガチになる俺の目の前に・・金髪のお嬢様が降って来た。
木から足を滑らせ枝に引っ掛かったオスカルは、泣くなら分かるが・・・怒鳴ってた。
「自分でどうにかできたんだ!助けになんか来るな!格好悪いだろう!!」とかなんとか叫んで、皆を困らせてたんだ。あの時、俺は久し振りに笑ったよ。緊張なんて一瞬で吹き飛んだ。オスカルの怒鳴り声が、何故かとても懐かしかった・・・。
あいつはいつも登る時の事しか考えない。普通は降りる時の足場を考えながら登るだろ?なのに、この木だと決めたら後先考えずにどんどん登っちまう。で、降りられなくなってから騒ぎ出すんだから、なんかあいつって計画性の無い猫みたいだ!
まぁ・・・驚異的な身軽さだけがあいつの取り柄だから、転落したところでいつもかすり傷、けろっとしてるんだが・・・それでも俺は何度青くなったか分からない。
今日あいつがしでかした事、・・どうなるんだろうか?
普段着のまま剣だけ持って、馬を飛ばして・・・ベルサイユから迎えの使者が来た時にはとっくにオスカルは消えていた。
屋敷のあの緊張感、おばあちゃんの慌てっぷり・・・どうやら待ち伏せは成功したらしい。
おまえの為に青くなるのはすっかり慣れたけど、かすり傷じゃ済まない時もある。
一体どうするつもりだ?世の中には一人で解決できない問題がある。分かってるだろうが・・・
でも、オスカルが悪いんじゃない。・・・あいつはひとつも、悪くない。

ここへ来るとオスカルの匂いがする。
子供の頃から何かやらかして直ぐに帰りづらい時には、この場所で時間を潰す。
今だって・・・ほらな?本当に一人になりたいわけじゃないんだ。
いつだって俺の見える場所に、オスカルは居る。
「勝ったのか?」
「・・・・・・」
まるで聞こえない振りをして寝転んでやがる。
「楽勝か?」
「・・・・・・」
涼しい顔をして、何を考えているのかな・・・
「女に打ち負かされるなんてなぁ!・・・俺以外のやつはどう思うんだろうな?なぁ?オスカル」
口元にちょっと動きがあった。
「近衛隊長オスカル・フランソワ殿!早速ですが、国王の命令に背いた罰で・・・今日の晩飯抜きの刑に処す!じゃあ済まないだろうな。・・・オスカル、当分の間飯は食えんぞ。そのうえ、暫くは外出禁止だ。いや待てよ・・・よく考えたら近衛隊長の話もパァだな・・・じゃあ、おまえはどうなるんだ?明日からは方向転換して貴婦人になる為の猛特訓開始か?だとしたら、おばあちゃんは喜ぶだろうなぁー・・・・・・・・」
「勘当される方がまだマシだ!」
長い睫毛が動いて、ようやく碧い瞳があらわれた。。
「お!やっと起きたか!?ひとりで喋るのは疲れるんだぜ」
おどけてみせたが・・・オスカルの機嫌は良くないらしい。
「貴婦人なんて真っ平だ!」
うんうん、そりゃそうだろうな。
・・・おまえの気がちょっとでも紛れそうな話題はあったかな?
一瞬思案し、これを試してみる。
「いやぁ、・・それならまだいい方かもしれん。最悪・・磔獄門って事にでもなったら・・俺は・・・・俺は・・・・・」
「なんだ、それは?」
オスカルのやつ、聞き慣れない言葉にちょっと興味があるようだ。
「磔獄門か?おまえが士官学校で暴れまくってる間、俺は図書館に行き、静かに本を読む。・・この間、ひどいのがあった。・・・東洋にはとんでもなく恐ろしい刑罰があるらしい」
「・・・どんな風にだ?」
今度は半身を起こして覗き込んで来て・・・
「残念だが・・・それは罪人のおまえには教えられん。とてもじゃないが、気の毒だ・・・」
「ふふふ・・・よく分からんが、何が起きてもそのハリツケなんとかよりは優しそうだな・・・」
最後には、笑い出した。
起き上がったオスカルは軽く伸びをした後、今度は少し困ったような顔をして俺の名前を呼んだ。
・・・「すまない」って声が聞こえた気がした・・・。
いつものように戯れあう二頭の馬たちが、夕暮れ時の風に吹かれ、時折気持ちよさそうな嘶き声を上げている。
白馬の方を引き寄せて、オスカルもまたいつものように笑う。
・・・いや、やはりいつもとは違うな。とりあえず、父上に会ったら歯でも食いしばるか!そんな事でも考えてるらしいオスカル・・・ああ、やっぱり気の毒だ!!
そして、真剣な話・・・これだけは断言できる。
オスカルはいつだって、悪くない。

ひとたび立ち止まって足元を見てしまえば・・・再び走り出すのに一体どれ程のエネルギーがいる事だろう。
揺るぎない男の姿をして目の前に立ったオスカルに、息を呑んだ。
覚悟を決めたその姿に屋敷中の者が驚き、目を見張り・・胸を熱くした瞬間だったろう。
今までで一番大きな波がオスカルを飲み込もうとしている。
・・・おまえは運命を受け入れるのか?
『ふと、自分はどこへいこうとしているのかと思う。そんなことはないか・・・アンドレ』
オスカルの沈んだ横顔を思い出しズキッと胸が痛んだ。
選び取った人生がどんなに苛酷なものだろうと、きっと俺が支えてやる。
おまえがいつも光の中を歩けるよう・・・・・力の限り、俺が支えてやる。
受け入れた運命にまだ不安の中にいるはずのおまえの横顔が・・・こんな時でもとても優しく美しい。
満開の桜並木、溢れる光の中に吸い込まれるように散ってゆく花びらが、おまえの横顔に似て眩しく俺の肩に降りかかる。
「行くぞ、アンドレ」・・・おまえが俺の名を呼んだ。
そうだ、俺の居場所はここにある。
おまえが振り返った時、いつも傍にいられるよう・・・俺はこの先、永遠に光と共にある影になる。
 |