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アニばらワイド劇場


第24話「アデュウ、わたしの青春」 ~片腕~



ジャンヌがサルペトリエール牢獄から脱獄を謀り数ヶ月、閣議での決定により、我々が最優先すべき任務は“ジャンヌ・バロアの捕縛”となった。

首飾り事件を巡る一連のスキャンダルにより王室の権威は失墜。
パリの酒場では毎夜『ジャンヌ・バロア回想録』が民衆たちにとって一番旨い肴となっているらしい。
内容の信憑性等は置き去りに、史上最悪のゴシップ本は今この瞬間も、フランス全土で発行部数を伸ばし続けていると言う。

ことごとく嘘でまくし立てられたこの一大ベストセラー、その影響力といったら・・・感心している場合ではないが、たいしたものだ。食事を一日抜いてまで貧しい者が本を手に取っている・・・。字を読めない者が、それでも王室への憎悪を原動力に本を手に取っている。
それに最近では『ジャンヌ・バロア回想録』にあやかったいかがわしい商売がなかなかの繁盛ぶりだそうで・・・・・街の至るところにカリカチュア(18世紀末ポピュラーだった風刺画・戯画のこと)が溢れ、その一部はベルサイユの内部にまで出回っているのだから驚愕するより他ない。

・・・いかがわしい事この上ないのは事実なのだが、一方で生々しい好奇心と底なしの商魂で大量生産され、バラまかれるカリカチュアには、時折とんでもない生命力を感じ、違った意味で私は言葉を失う。

先日目にしたカリカチュアには“私”が描かれていた。“私”が“王妃マリーアントワネット”と寝ていた。
裸の女ふたりが淫靡に絡み合う様はどうしようもなくグロテスクだったが、気になったのは“王妃”の腹部である。大きく膨らんだ腹にスウェーデン王室の紋章が刻まれている。これの意味するところは「胎児の父親はフェルゼンだ」、という事だろう。
・・・・・いくらレスボス風に励んでみたところで女同士では子は生まれない。寝台近くの揺りかごの中には可愛らしい赤子が3人、すやすやと寝息をたてているかのような穏やかな表情で描かれ、それがなんとも言えず・・・淫靡なカリカチュアの『救い』となっている・・・そして画全体からは、信じ難い事だが何やら繁栄のエネルギーすら感じ取れるのだ。
本来カリカチュアとはそういうものだろう。下品極まりなく悪意に満ちた中傷にそれはまみれているのだが・・・庶民が発散するエネルギーには素直に驚く。
こういうものが、王室にとって風紀上大問題であるはずのものが王室の力ではもう取り締まる事が困難となり、野放し状態でいるパリ。
そういう状況でジャンヌ捕縛を命令された我々は、十中八九民衆のデマに踊らされ振り回される事となったのである。


世紀のベストセラー作家であるジャンヌ・バロア。
人望などは露ほども無いであろうが・・・不思議な程のカリスマ性によって、徹底的に彼女は守られていた。
少なくとも民衆は彼女と彼女を取り巻く者たちを、積極的に我々に差し出すつもりなどはないようだ。
敵の敵は味方という事なのだろうか?
なんにせよ、一切の情報は王室を撹乱する為に作り上げられ、それこそ信憑性も何もない。
我々にとって今はまさに八方塞がりと言ってよく、最悪の状態であった。



治安大臣からの要請があってからというもの無駄な出動に一体どれだけの犠牲を払った事だろう・・・。
近衛連隊を正常に維持する為に組まれた国家予算は平常時の倍のスピードで膨大な支出を余儀なくされ、ただでさえ危機に直面する国庫を日々圧迫している。
・・・いや・・・金銭面はあくまで二の次である。
【犠牲】とは命のこと・・・人命のことだ。


首飾り事件を境に、凶暴なやり口で王室に抗議してくる輩が急増した。その多くは武器弾薬について何の知識も持たぬ一般の農民、商人たちなので、いくら組織化したところで彼らの持てる力はたかがしれている。だが・・・稀に背後に貴族がつき遠隔操作されている場合があるのも事実だった。

傭兵と言っていいそれらからの奇襲攻撃により、実際に我々は数名の尊い命を失う事になったのである。


偽情報によっておびき出され、ジャンヌの潜伏先だと言う廃屋に閉じ込められたまま、一昨日、3名の尊い近衛隊士の命が失われた。半ば崩壊した廃屋に小隊が踏み込んだ時には得体の知れないガスが充満し、3名は既に息絶えた後だったのだ・・・・・
指揮官である私は、二次的な被害を避けるので精一杯であった。
何より先頭で踏み込まなかった自分が呪わしい。
部下を危険に晒し犠牲にし、それで隊長と言えるか?
あの時先頭に立たなかった自分を、部下を先に行かせ死なせてしまった自分を、私はこの先永遠に責め続ける事になるだろう。

そして・・・立て続けにそれは起こった。
たった数時間前の出来事であるが・・・随分と長いこと闇の中を彷徨っていたように思う。

・・・再び、今度は目の前で部下が銃弾に倒れた。

有力筋から情報を得ての路地裏捜索中、廃墟の中に爆弾が仕掛けられているのを確認。発見者である部下が導火線を切断しようと単独で踏み込んだ。
しかし・・・爆弾は囮だった・・・。
本当の危機は背後にあり、敵はライフルを構え容赦なく部下に照準を合わせ・・・・・そして危険を察知した彼が、銃弾よりも早く飛び出したのだ・・・。

彼に突き飛ばされなければ、狙われた部下は確実に命を落としていただろう。生きている事を確認し、部下は一瞬安堵したかもしれない。だが・・・次の瞬間、自分をかばって撃たれた上官を見て蒼白になり、絶叫が辺りにこだました。



ジェローデルの傷は致命傷には至らないまでもかなり深刻で、ともすれば後遺症が残るかもしれない。
彼は自分の危険を顧みず、部下の命を救いに行ったのだ。
それどころか・・・彼は飛び出して行く瞬間、私をも強く突き飛ばしていた。
私が駆け出したところを制止したのだろう。


・・・救われたのは私も同じ・・・。

ジェローデルの体から噴き出した鮮血は・・・僅かな差で、私の体から噴き出すはずのものであった。


ひとの血液とはあんなに熱いものであったか・・・・・
止めどなく体外に流れ出る赤い血潮を力いっぱい塞き止めながら、恐怖で体が震えた。

ライフルを発射した男はジェローデルに撃たれると同時に死亡していたが、・・・彼は死んでいない。
誰に糸を引かれているのか分からぬが、街の愚連隊ごときにジェローデルが殺せるはずはない。


      



「無茶をする男だ・・・」

そう言えば、軍服以外の格好をしたジェローデルを初めて見る。

白いシャツがまだ血に染まっているのが痛々しい・・・だが相変わらず、彼は軍人の表情を崩さない。
普段から多くを語らない男だが今回は特に・・・このような状況において副官がこのざまであるのは不覚だと・・・一言発して、溜め息をついた。


たまには・・・ゆっくり安め。
私は・・・“片腕”を失くすわけにはいかない・・・。

                                 
                                イラスト提供KOKACHI様 猛烈さんきゅ~・・・
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