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アニばらワイド劇場


第23話「ずる賢くてたくましく!」 ~贈り物~




トリアノン離宮に足を運んだのは3度か4度・・・とにかく片手で数えられる程度の回数でしかない。
それも大抵は王后陛下の護衛として、王宮との行き来の際、安全確保に努める役割のみでの出入り、である。

私の役目は徹頭徹尾、王室を警護することであり、王族たちのご機嫌取りや、ましてや暇潰しの遊戯に共に興ずること等はありえない。
たとえ己の警備する対象が遊び惚けているような場合であったとしても、自らがその渦中に混ざること等は考えられないし、また絶対にあってはならない。

これが基本、私と言う人間の考え方だ。だから、トリアノン離宮などは到底足を踏み入れたい場所ではなく・・・性格的に、このての場所に長居など出来たものではない。だが、物事には例外というものがあって・・・・・

それが今日10月22日。ルイ・ジョゼフ王太子殿下の誕生日という事で、まったく・・・どうかと思うのだが、朝から近衛連隊はトリアノン敷地内の広場に整列し、ちょっとしたパレードをするべく王太子殿下のお出ましを待っている。


このような事態になったのは・・・追及したところで意味のない事ではあるが、そもそも王后陛下が独断でトリアノン離宮へ引き籠もられた事に原因があるのではないか。お子たちにはトリアノンの外に、まだまだ触れ合いたいものがおありなのだ。
だいたい・・・良い環境とは何をもって良い環境なのだろうか?トリアノンに出入りするのはごく一部の貴族たちであり、そのどれを取ってみても決して質がいいとは言えぬ面々である。
閉鎖的な世界で毎日朝から晩まで芝居遊びやゲーム大会にうつつを抜かし、素人の音楽会を背景に好きなものだけ食べて飲んで・・・それで本当に、良い環境と言えるのだろうか?幸せだと言えるのだろうか?

私などは中に入った途端、足元を呑気に横断するアヒルの親子を見て・・・あまりの縛りのなさにかえって鬱々とした気分になるのだが・・・。
耳を澄ますと、あれは山羊だろうか・・・?うっすら堆肥の臭いに交じって有り得ないほど悠長な家畜の声が聴こえて来る・・・。
これならば、まだ王宮の屈折した退廃的絢爛豪華さの方が気が休まるというものだ。
・・・・・・屈折しているのは、ひょっとすると私の方かもしれぬ。



女性の関心事というのは、よく分からない。たとえそれが幼児であっても・・・同じ事である。
マリー・テレーズ内親王殿下はここでの日々に、なんの不満もないようだ。トリアノン離宮の生活にすっかり馴染んでおられる。農家の娘のような格好をしては花畑の中で朝から晩まで戯れていらっしゃる・・・そのお姿は本当に、楽しくて仕方がないといった感じだ。
一方、可哀相なのは最近とみに活発化されたご様子の王太子ルイ・ジョゼフ殿下。
今日で満5歳を迎えられた殿下の口癖は・・・「僕はベルサイユに帰りたい」 これである。

そうであろう。僭越ながら、私は彼の気持ちがよく分かる。トリアノンもベルサイユの一部である事には間違いないが・・・この場合のベルサイユは、時折戻って来られる王宮の事であろう。
なので今日、「せめて近衛の閲兵式をトリアノンで!」と駄々を捏ねられたお気持ちに添わないではない。しかし、なんと言うか・・・こういう非現実的な場所でごくごく一部ではあるが居並ぶ近衛兵の微妙さよ・・・。
威厳などあったものではない。
先程から兵士のうち数人は子馬や子牛に小突かれ、列を乱して逃げ回っているではないか。犬と戯れ軍服を毛だらけにされ、喜んでいる者もいる。そういう私も、少し前にはあやうく金モールの裾を子山羊に食べられそうになった・・・。嗚呼、なんということだろう・・・!!


そうこうしているうちに殿下がお出ましになる。
ゆったりと穏やかな色をしたドレスを着た王后陛下に手を引かれて、殿下の真っ白なブラウスがひと際眩しく輝いて見える。それよりもキラキラと弾むような青い目が・・・真っ直ぐに連隊長をみつめている。

ジョゼフ殿下は、連隊長の事が好きなのだ。


軍隊のもつ清廉潔白さと独特の華やかさというものに、王太子殿下はよちよち歩き、と言うのだろうか・・・ご自分で歩けるようになって直ぐの頃から強い関心を持たれていた。その中でも、連隊長にはことのほか興味を示され、お傍にて任務に就く際には、それはそれは熱心に彼女の気を引こうとなさる。

オスカル・フランソワは本来、脈々と続く近衛連隊の“例外”として特別入隊された方なので、連隊長には“王妃付き近衛士官”という肩書きがつく。故に王室ご一家との関係も通常と比べて格段に深く、その事になんら疑問は抱くいわれはないのだが、王太子殿下の懐きようは・・・それを越えて実に驚くべきものであった。

自力で歩き出すようになると、殿下は宮殿内で度々行方不明となり、その度に大騒ぎになった。数多くの女官をまきにまいて脱走し、広いベルサイユで何をしているのかと言えば・・・殿下の目的はただひとつ。連隊長に逢いたいと・・・その一心での健気な逃亡である。
困り果てた教育係、女官たちが半日捜し回っても見つけられない殿下を、殆どの場合連隊長が抱いて帰って来た。
なんと言おうか・・・こんな幼児にこんな気遣いができること自体驚異的なのだが、殿下は連隊長をみつけると、仕事の邪魔にならぬよう物陰からじっと・・・それこそ日がな一日“みつめて”いるのだ。
殿下の姿が見えないという宮廷の異変に気付いた連隊長は、当然自ら殿下を捜そうとなさる。そうすると殿下は心配をかけた事をひどく後悔され、自分からこっそり戻って来てはあたかもベッドでずっと寝ていたかのような演技をしてみせたり・・・とにかく殿下の連隊長に対するご執心ぶりときたら、半端じゃない。

不思議な光景だった。
連隊長と殿下が仲睦まじげに笑顔を交わされ、陽射しの中で戯れる様子は、当然親子ではない。恋人でもない。友達でもない。そして王位継承者と臣下でもなかった。
連隊長は自分を慕って何処からでも追い掛けてくるこの小さなプリンスを、心から慈しまれている。そして、小さなプリンスは、この美しい近衛連隊長をただ必死に・・・愛しておいでなのだろう。

どんなに澱んだ空気が宮廷に充満したとて、このような光景を見れば・・・私にとって、まだ王室は守るにたる絶対的な存在であった。
その感情の出どころは、自分でもよく分からない。ただ、そのように思える瞬間がある事を、私は神に深く感謝するのである。

      


ご所望の選抜特別パレードが一部貴族や動物たちに見守られ無事終わると、王太子殿下は飛び上がって喜び、王后陛下の手から何かを受け取ると、我々の方へ一目散に駆け出して来た。

大変興奮した様子で「メルシー」を連発する殿下。その目線に合わせようと連隊長は深く屈んで、いつものように“二人だけ”の不思議な会話をなさっている。しかし、どういうわけだろうか・・・連隊長の肩越しに、今日はやけに殿下と目が合う。その度に条件反射と言おうか、私は背筋を伸ばし真面目に後方待機していたのだが・・・やがて連隊長も振り向き、真っ直ぐに私を見つめて・・・あまり見た事のないような・・・何か珍しい表情を浮かべておいでになる。

・・・・・・私の顔に、何かついているのだろうか・・・・?
普段とは違う雰囲気に、得体の知れない不安感が私を襲う。

妙な緊張感で背筋が伸びっぱなしになった私は、早くトリアノンを去りたい気持ちでいっぱいになり・・・意味なく数回咳払いなどしてみる。


やがて殿下の手を引いた連隊長が目の前までやって来て、私に声をかけた。その瞬間、私はどんな面持ちで佇んでいた事だろう?

連隊長と殿下がまったくもって想定外の言葉を発せられたので、私は「え・・・?」と狼狽するよりほか対応策がなく・・・同時に何故か“遠くでまた山羊のやつが鳴いているな”等と・・・冷静でいようとあえて関係のない事を考えていたのであった。


      


「ジェローデル、おめでとう」

連隊長は何故か私に向かって「おめでとう」と言っておられる。・・・どういう事なのだろうか?

「ジェローデル!お誕生日おめでとうっ!!」

殿下まで?・・・それは私の台詞なのだが。二人とも一体どうしたと言うのだ??

咄嗟になんと答えていいか分からず、ぼんやりする私を殆ど置き去りに・・・殿下は驚く事を次々と叫ばれている。

「あなたのお誕生日とぼくのお誕生日は三日しか違わないんだ!オスカルがそう教えてくれたんだっ!!だからぼく、考えたんだよ!ぼくと一緒にお誕生日をお祝いしましょう」

なんという事だ・・・誕生日なんぞ・・・誕生日なんぞ・・・・・そんなものの事はすっかり忘れていた。自分でも。

「ぼくはあなたのことも見ているんだ。オスカルと一緒に一生懸命お仕事してるでしょ?いつも守ってくれて、ありがとう!」


「殿下・・・驚きました・・・」

私ほど、こういう事態に柔軟に対応できない人間もいなかろう。
なんとも有り難い殿下のお言葉に、「驚きました」以外、もっと気の利いた返答はいくらでもあるだろうに!

固まる私を前に、頬を紅潮させた殿下は「ぼく、プレゼントを用意したんだ!これさ!!お母さまと描いたんだよ。ねえ、お母さまーーーっ!!」
・・・大声を張り上げて振り返り手を振る殿下に、王后陛下が優しく御手を振り返しておられる。

満足そうに再びこちらへ向き直られた殿下に手を取られ、筒状のものを渡された。
薄紫色のオーガンジーのリボンで結ばれたそれは・・・絵だろうか?王后陛下とご一緒に、一体殿下は何を描かれたと言うのだろうか?

目を輝かせ、子犬のようにはしゃいでいた殿下が、今度は私の顔をじっと覗き込み、次の行動を待っていた。

「ここで・・・見せて戴いてもよろしいでしょうか・・・?」

私がそう言うと、殿下はその場で二、三度ぴょんぴょんと飛び跳ねると「いいよっ!」と元気よく叫ばれた。

そしてリボンを解くと・・・・・するすると広がった紙の上に、“私”が現れた。



「ああ・・・感慨無量であります・・・」



「殿下、彼は『言葉にならないくらい嬉しいです』と、申しているのです」

連隊長の通訳を受け、殿下が一段と高く、高く飛び跳ねた。
気が付くとマリー・テレーズ様も近くに来られて、子供二人の賑やかな声が私を包んでいた。


      


女官の一人が連隊長へ花束を渡し、彼女の手から私の腕に、それは届けられた。

私の性格をよく知る連隊長は、言葉の代わりに花束を抱いた私の腕をぽんぽんと叩き・・・気のせいか、ほんの少し“すまないな”という表情をされた。


“驚かせて、すまないな・・・ジェローデル”


それから満面の笑みで「おめでとう!!」と・・・・・・・・



トリアノンに吹く優しい風が、私を思ってもみなかった場所に連れて行く。
・・・何やら・・・目頭が熱い。

『幸せ』とは・・・こういう事なのだろうか・・・?



      HAPPY BIRTHDAY・・・!!ジェローデル     2009・10・19



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