「まだやってるのか?・・・きりがないぞ。通知は毎日届く、山のようにだ。到着が遅れたり、混乱の最中に紛失したり、場合によっては廃棄されるものだってあるんだぞ」
アンドレは友人の小言を聞きながら、いつものように「ああ・・・」と力なく呟く。
目はただひとつの名前を見つけるのに忙しく、いや、見つかっては困るのだ。
絶対に・・・見つかっては困る。
暫し目を閉じて・・・捜しているものを捜し当てた時の恐怖を思う。
「オスカル・・・・・・」
「あん?何か言ったか?」
友が手元の書類を覗き込み、消え入りそうな声で呟いた。
「こんな紙切れ一枚で片付けていい命なんてひとつもないんだ・・・・・気が滅入るよ、まったくな」
「セルジュ、感謝している。君がこの立場になかったら・・・本当に俺は・・・どうしていいか分からなかったよ」
「戦死者の通知書や遺品は毎日届けられる。国は戦場へ、ただ送り込むだけだ。死んだらそれまで。一応はこういう機関を作って情報を集めはするがな・・・形だけだ。・・・おまえ、この数日間一体誰の名前を捜している?」
「ここにはフランスから送った戦闘員すべての情報が集まると言ったな?」
「だから、“一応”な」
「外国人もか?」
「・・・なんだ?義勇軍の話をしているのか?・・・そうか・・・深いところを詮索するつもりはないが、義勇軍だったら尚更だ。確かな状況なんて分からない。国なんて勝手なもんだぜ・・・フランスはアメリカの独立なんて腹の底じゃどうだってよかった。目的は西インド諸島だ。イギリスの占領地をこの期に乗じて何がなんでも取りたかった。その為に・・・えらい犠牲を払ったもんだよ。お蔭で国庫は空っぽ同然。そしてこの通り山積みの戦死通知書。・・・何をもって勝利なんだか俺にはさっぱり分からん!」
「独立戦争がなんであったかなんて、この際俺にはどうでもいい。たった一人の男が、いま生きていること。それが確認できればいいんだ・・・」
「誰なんだ?口調からして友達・・・じゃないな。益々わけが分からない。だいたいアンドレ、分かるだろ?戦争中の主な死亡原因は戦闘によるものじゃない。感染症や伝染病による病死だ。千人が銃弾に倒れたら、2倍3倍の人間が病で死ぬんだぞ。戦乱の中で弱った者は見捨てられる。どこかで野垂れ死にでもしていたら、それこそ何の記録も残らない」
「むざむざと野垂れ死にするような奴じゃない」
「そう思いたい気持ちは分かるが・・・戦場は」
「とにかく、そういう奴じゃないんだ」
「誰なんだ?」
「ラ・ファイエットの副官。スウェーデン人だ」
「・・・・・・何故そんな奴の生死にそこまでこだわるんだ?」
「・・・友達だ」
「ははは・・・冗談だろ?信じられないな・・・。まぁいい。出征の理由はどうあれ、戻って来れば英雄だ。友達が英雄たらんことを。どら、俺にも貸せ。調べ物にはコツがいるんだ。陸軍員数外大佐、恐らく出征の時に特別な処置を取られているはずだ。それに外国籍貴族に絞って捜す。・・・見つからない方がいいのに捜すってのは変だがな」
「すまん。ありがとう、セルジュ」
「随分と変わった貴族将校の従僕をしている身分だからな。俺なんかにゃ理解不能な理由があるんだろうさ」
「それもまた随分な言い方だ」
「どうにも複雑な人間関係だな・・・」

1783年、9月3日。パリ条約で条件つき勝利が宣言された。それによりフランスはアメリカ、アフリカおよびインドにおける領地を回復。
*フランス参戦のもう一つの結果、それは啓蒙思想の誇りを新たに得たことである。これは1776年アメリカ独立宣言、1783年アメリカの勝利、さらに1787年合衆国憲法公布で印象づけられ、自由主義の特権階級は満足したという。しかし、他にも大きな影響があった。ヨーロッパの保守主義が神経質になり、貴族階級はその地位の保全のために対策を打ち始めた。例えば1781年5月22日のセギュール条例では、軍隊の上級士官に一般人が昇進することを制限、貴族のために留保することとなり、アメリカ独立戦争によって貴族階級は確実に挫折の道を行くことになったのである。

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