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アニばらワイド劇場


第21話「黒ばらは夜ひらく」 ~林檎酒~





胸にぽっかり開いた風穴の中を・・・遥か数千マイルの彼方から届いた潮風が、絶え間なく吹き抜けていく。


ここへ来るには今がちょうどよい季節だ。暑くもなければ寒くもない。毎年、この時期の休暇には大抵ここへ来て、ここで癒される。
だが・・・今年はどうだ?

あの日から、オスカルは必死に自分を抑えている。会話の途中で突然無口になり塞ぎこんだかと思うと、次の瞬間には作り笑いで、おまえは苦しい気持ちを懸命にごまかそうとする。
そして今は・・・ひとり黙って海を見つめたままだ。

オスカル、パリにいるよりは・・・ここはほんの少しフェルゼンに近い。そうしていると・・・口に出せない思いが、やがて海に溶けていくだろう・・・?
おまえの胸に開いた風穴を・・・吹き抜けていく風が、凍えるものから少しでも温かなものになるように・・・・・。
俺は、それだけ願うのが精一杯だ。

オスカル、そんなに見つめてなんになる?あの時伝えられなかった想いを、今・・・波は彼方へ運んでくれているとでも言うのか・・・?

        



ノルマンディーの海を照らす太陽は、パリのそれより明るく力強い。
眩しさを堪え見上げていると、この太陽にはなんだか人の心を治療する力があるようだ。

俺の心を・・・オスカルの心を・・・治療してくれ。胸の風穴を、どうか埋めてくれ。


窓辺でもの思いに耽るオスカルの後ろ姿を、気が付けば俺は何時間見つめ続けていた事だろう。
こういう時に、休暇ほど辛いものってないな・・・忠犬のように、おまえの背中だけ見つめて、一体俺は何をしている?
カップに残る冷め切った紅茶を揺すぶって、できた微かな波間に自分を映す。ぼんやりした顔つきの男が、なんだか急に情けなく思えて・・・気分転換、思い切り背筋を伸ばしてみた。

その時、ちょうど下の方で人の声がしたかと思えば、まもなくロザリーが長細いものを大事そうに抱えて、部屋へやって来た。



「オスカル様、御所望のお品、店主の方がたった今届けて下さいました」

・・・ロザリーが抱えているのは何だ・・・?オスカルがどうしたって・・・?


同じ部屋に居るのに、俺に背を向け、随分長いこと沈黙を保っていたオスカル。そんな彼女がようやく振り向いて、意外だったが・・・楽しそうに笑っている。

オスカルは止まっていた時間が再び動き出したかのようなムードでつかつかと俺の前を通り過ぎ、ロザリーの手から“御所望”の何かを受け取った。そしてもう一度、俺の方に向き直り、久し振りに口を開く。


「おまえ、退屈だろう?」

なんだ、その一言は。そりゃないだろう・・・おまえってば何時間無言でいた?別に構って欲しいわけじゃないが・・・とにかく、久々の一言が「おまえ、退屈だろう?」はないだろう?

多少の不満を覚えながらではあったが、動き出した時間に感謝しつつ・・・俺はオスカルの次のリアクションを待った。


「美味いカルヴァドス、飲むか?」

右手で高々と瓶を持ち上げ、オスカルは面白そうにロザリーと目配せする。
くるくると瓶を振る仕草が・・・なんとなく挑発されてる風で、俺はだんだんと気分が高揚して来るのを感じた。


「ノルマンディーのカルヴァドスはなアンドレ、れっきとした人間用だぞ」

ああ・・・オスカル・・・あの朝の、ろくでもない俺の一言を、しっかり覚えているんだな・・・。
やや意地悪とも取れる視線で、オスカルは「最高のカルヴァドス、どうだ?うん?」と迫ってくる。


「ロザリー、なんでもよいからつまみを作ってくれないか?グラスは私が取って来るから。休暇でなければ出来ないことをしよう!真昼間から酒盛りなんかはどうだ?・・・飲もうアンドレ」

何やら複雑な意味合いを込めてクスクス笑うオスカルに「やられた・・!」と思う。


       


北欧の香りを色濃くまとったノルマンディーのこの地から、・・・遠く大西洋を隔てた戦場で戦う騎士を想う。

真昼の太陽の下、飲んだ最高級の林檎酒は・・・甘くて苦い、初恋の味がした。



                  
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