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アニばらワイド劇場


第1話「オスカル!バラの運命」 ~出逢い~




最近にわかに活気付いてきたベルサイユ宮殿での人気の話題。
それは王太子ルイオーギュストと異国の王女マリーアントワネットの本格的な婚礼儀式に寄せたあれこれと、それに伴い新たに編成される事になるであろう近衛連隊の麗しき青年将校の事であった。
その中でもとりわけ貴婦人たちの好奇の的とされたのがオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ。
代々王家の軍隊を統率してきた将軍家の末娘であり、現在近衛隊長の地位に最も近いと目される人物である。女でありながら男として育てられたという前代未聞の触れ込みは、瞬く間に宮殿中を駆け巡り、そのずば抜けた前評判だけですっかり貴族たちの心を虜にしてしまっていた。
もっとも、実際に接見した者が数少ないだけに期待感だけが加速、面白半分の暇人どもによって噂は日々エスカレートするという状態だったのだが・・・。


私は元来このような俗物の噂話には興味も関心もないが、ただひとつ、一部の権力者の個人的思惑で軍規が乱される事だけには不快感を禁じえない。

今朝も従者が聞きたくも無い話題を嬉々として提供してくれた。
フランスの歴史始まって以来、はじめて陸軍士官学校に女が入学。
・・・そんな事があり得るのかと尋ねたら、前例がない上、まったく想定外の事なので逆に拒む理由もなかったのだと言う。
馬鹿な・・・そんなわけがあるか?

ジャルジェ将軍の権力をもってすれば大抵の事には優遇措置を取れる。士官学校に娘を捩じ込む事などたいした事ではないのだろう。それにこれは世間に対して一応の体裁を取り繕う為のもので、実際のところは何から何まで将軍ご自身が教え、鍛えたのだ。士官学校入学はあくまで世間体。よってオスカル・フランソワの真の実力を知る者はまだ世の中に存在しない。
しかし、さしあたって不快感の出どころはそこではない。
私が不愉快だと思うのは将来の勇士たちが訓練や学問よりも些か猥褻な関心事に振り回され、軍人にあるまじき低俗な噂が神聖であるべき士官学校から漏れ聞こえるようになった・・・その事にある。



従者というのは常に自分と共にあるようでいて、不思議と異界に通じる窓にも思える。
一言でいうとゴシップの情報源と言えた。

「士官学校の少年兵たちは訓練に纏わる事以外でも・・・つまりはジャルジェ家のご令嬢をめぐって、その・・・凌ぎを削っているそうです」

・・・しかし私はゴシップなどには無関心である。
そんな馬鹿げた話を聞かされたところで普通ならば何も返す言葉は無いのだが・・・
まぁ今回ばかりは正直、多少の興味は持ち合わせているので話に乗ってやるとする。

「恋文の類を学問の場に持ち込み女の気を引こうと躍起になるなど、嘆かわしい限りだが、考えようによってはそれも役に立つ時が来る。近衛に配属されさえすれば、時間と金を持て余し、日々腐るだけが仕事のマダムたちのご機嫌取りも役目のうち。とうとう我がフランスは軍人養成の場さえベルサイユ化したようだな」

私の癖であるところのこの自虐的な物言いを従者はよく理解したらしい。
少し会話が途切れたので、こちらから尋ねてやる。

「ジャルジェ将軍以外の上層部の反応はどうなんだ?」

「陸軍総司令官殿が入学の許可を出されましたので、多少なりともお噂はお耳に入っておりましょう。引きつったお顔で青春を謳歌する若者らしい行動で微笑ましいとおっしゃっておられました。まぁ、本心ではないでしょう!」

「ブイエ閣下も容易には諦め切れない親友の心を察して仕方の無い措置なのか?・・・しかし、青春を謳歌とは?」
「皮肉でしょう?今まであるはずのなかった光景に、単に呆れてらっしゃるのでは?」

「・・・・?」

「思い余った者の中には、乱闘まではいきませんが・・・諍いを越えた場面も見られるようですね」

「ジャルジェ将軍の令嬢をめぐって乱闘が起きるのか!?」

「いえ・・・喧嘩をなさるのはオスカル殿ご自身でして・・・」

「ほう・・・!威勢の良さはまこと男に劣らずか。まったく何て事だ・・・」

「噂ではそれはそれは美しいお方だそうです。オスカル殿は・・・好奇心旺盛な若者たちの目の保養以上の存在になってしまうのはもぅ・・・無理からぬ事のようですよ」


・・・剣を振り回し、学問の場で男と乱闘騒ぎを起こす女が美しいとは・・・、どいつもこいつもどうかしている。これも間近に控えたマリーアントワネット輿入れで浮き足立ち、国中がのぼせ上がっているからに他ならない。


オスカル・フランソワ・・・。
近衛隊長の地位を欲しているのは、もちろん将軍であろう。本来ならば至極当然、それはジャルジェ家の役目であったはずだ。しかし・・・あの家にもう跡継ぎは居ない。

『後継者に娘を!!』

・・・将軍の悪足掻きには同情こそするものの、とてもまともとは思えない。

私の元には一ヶ月程前に『オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ並びにヴィクトール・クレマン・ド・ジェロー-デル大尉、近衛隊長の位をかけて両者勝負せよ』との国王からの命令が届いていた。
そしてそれは三日後に迫っている。勝負自体には何の不安もないが、決戦が近づくにつれ憂鬱になる・・・。


従者との途切れた会話をそのままにして、男はその場を後にした。



     


気持ちよく晴れた、まさに行楽日和と呼ぶにふさわしい天候だった。
暇な貴族たちは間抜け面をひっ下げて練兵場に詰め掛けているのだろう。

今日の試合は余興に過ぎない。
馬鹿げた話だ。名誉ある軍人として、自分は将軍家に華を持たせる気など毛頭ないし、ましてや相手は女。わざと負けてやる必要などあるはずもない。

男はこの期に及んでまだ国王の意図する事が理解できないでいた。

ジャルジェ家に恥をかかすのが目的で勝負させるつもりなのか?
それとも、無謀なほどに強引な将軍を少々手荒ではあるが諭す意味でのものなのか?
いずれにせよ、衆人環視の中での一戦。この意味不明な余興は実に後味の悪いものとなるだろう。

気乗りしないのは男が少なからずジャルジェの名に畏敬の念を抱いていたからだった。
その家名に泥を塗るような役目を言い渡された事に対しての反発心と不快感。
端正な顔を一層曇らせ、ジェローデルは深い溜息をついた。


そんな矢先、唐突に桜の木が現れた。
そこだけがまるで別世界であるかのように。
幻想的ともいえる薄ピンク色の花々は見事な程に陽に透けて、輝くようだ・・・そして、女がひとりその幹に寄りかかっていた。

ただの女でないのは一目で分かったが、名乗るのを聞いて男の胸は急速に高鳴り騒ぎ立つ。
こんな時でなければ生まれて初めて異性を「美しい」と感じた自分の記念日として、このまま暫しの間桜花に酔っていたいところだった。
噂というのも・・・・・時には信じる価値があるらしい。


ところが、柄にも無い感情は次の瞬間、微かな苛立ちと大いなる探求心に変わる。


なんだ、この女は・・・?
挑発するにしても何と言うストレートな・・・なめられているのか?それとも対戦相手についてまったくの無知なのか・・・ただの虚勢なのか・・・
元より余興には興味はない。考えてみればこの女も相当に気の毒だ。跡継ぎを諦めきれない将軍にどれだけ無茶な生活を強いられて来たのだろう・・・・・・だがそれも今日までだ。私の手で少なくとも、公式の場に軍服を着て立たされるという異常な事態からは救ってやれる。

試合開始予定時刻が迫っていたが、女を諭すくらいの時間はあるだろう。
男は考え、言葉を選びながら馬を降りようとした。が・・・次の瞬間・・・


くっ・・・!この女・・!ひとを驚かすことこの上ない!気が付けば目の前に剣を突きつけている。
これも噂通りか・・・?言葉で諭すつもりだったが、どうやら話の通じる相手ではなさそうだ。
不本意だが仕方ない・・・大声をあげて動揺している従者がひどく目障りだが、短時間でケリは付く。


剣先が擦り合わされ、一瞬の後に炸裂する緊張と動揺・・・・・・・・!

それは練達された武人の剣さばきではなかった。
予想を遥かに上回る俊敏な動作は先の動きが全く読めず、攻めているはずがいつの間にかかわされ、形勢は危うい。
勝負開始から数十秒・・・負担がかかるのはこちらばかりの気がする。まるで空を斬るようだ。それでも瞬時にすきをついたはずだった。しかしどう逆転されたものか胴体をかすめられたらしい。

・・・軍服が、破かれたのか・・・?

敵の刃が身に到達し、傷付けられるのは初めての事だった。



湧き出る恐怖心と額に噴き出した汗の感覚。すこぶる不快でどうしようもない危機的状況ながら、男にはそれらが新鮮でもあった。

!?・・・動きを読まれている・・・?しかも、この女、明らかに手加減をして・・・・・・・


本気を出さない女を相手に自分のこの余裕のなさはどうだろう?
いや、女ではなかった。
ジャルジェ家の後継者、将軍の血筋、そう・・・先程女は言い放ったではないか・・『武人』の名誉の為の闘いなのだと。

瞬時に相手の能力を判断しなければならない軍人の感知機能は高確率で「敗北」を告げていた。
男は不甲斐ない思案を巡らす自分にゾッとしながらも「今ならまだ、この歴然たる力の差をなんとか誤魔化す事ができるだろうか?」そんな愚か極まりない保身の道さえ模索する。
しかし、本気を出さぬまま手負いにした軍人に「ありがとう。自分はもう満足だ」と微笑みすら浮かべる女に・・・
引けるはずが無い。
右手にはまだ闘える剣が握られている。


・・・しかしどうだ・・・女はわざわざ勝負を長引かせ、私に微かな希望を持たせる事などはしなかった。

反撃の余地無し。

右手から完全にはらわれた剣は、宙に鋭い半円を描きながら背後の地面に突き刺さる。
その無情な音を聞きながら無様な声をあげる自分を不思議な程に客観視できている事に気付いて、血の気が引いた。

「震撼するとはこんな感じか・・・」



憶えのない感覚に晒されながら、驚く程急速に、男は目の前の女に敬意を抱き始めていた。



     


オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ。
素晴らしい剣の使い手がいたものだ!


初めて知った挫折の味は、思ったほど苦くない。
むしろ私の価値観は、今日を限りに一変するだろう。


数分前まで猜疑心と言う名のドロドロとした不快感に苛まれていたジェローデルの全身は、勝負に負け何故か今、恍惚とした明るい感覚で満たされつつあった。



麗人が去った後には春風に舞った桜花が可憐な余韻を残し、こころなしか清らな残り香まで漂うようだ。




『私は大勢の前で貴方に恥をかかせたくない』

麗人の言葉を思い出した男の唇に複雑な笑みが浮かぶ。





俺は、救われたのだ。

もし国王の御前で、野次馬どもが群がる練兵場で、先程のように負けていたら・・・自分は軍人として傷付かずにいられただろうか?
互いの《名誉》を守る為、こんな人気のない場所で挑んで来た女。





ジェローデルは髪や肩に舞い落ちた花びらを軽く払って、馬に跨った。

ベルサイユへ!!



自分を遥かに凌ぐ逸材を、つまらない罪で窮地に立たすわけにはいかなかった。

憂鬱な感情は解消され、麗人の忠実な腹心として最初の行いをするべく国王の元へ馬を駆る。

自らの辞退と「オスカル・フランソワこそ隊長の地位にふさわしい」
ただ、その一言を伝える為に。



  

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