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アニばらワイド劇場


第18話「突然、イカルスのように」 ~微熱~




樹木たちが紅葉したベルサイユ庭園を、いつになく穏やかな気持ちで歩いている自分が新鮮だった。

半月程前暴漢に襲われ負った傷は、自分が思うより深刻なものだったようだ。
なので主治医に告げられた絶対安静期間の間は、最低限の動作以外ほとんどの身動きを禁じられ、このままでは寝台と一体化してしまうのではないか?と不安になるような・・・私自身にとっては怪我の痛みよりよほど堪える自宅療養生活を強いられてしまった・・・。
とにかく厳しい監視の元に過ごした二週間。
ぱっと目を盗んだ隙にさっさっと出仕してしまった方がどんなにか身体の為になる・・・と思わないでもなかったが、そんなことをすれば後でどんなめに遭わされるか分からない。

そんな事を言ってはいけないな・・・。
寝ても覚めてもお説教・・・ではなく、心配して・・・とにかく朝から晩までつきっきり同然で、私を構ってくれる存在は素直に有り難かった。今回のことで、この先100年分くらいの世話を一気に焼いて貰ったのではないだろうか?久し振りに幼い頃を思い出し、あっちが痛い、こっちが痒いと嘆いてみた。

そうしてみせると・・・なんだかばあやは嬉しそうだったから。


怪我をして一週間が過ぎてもまだ自由に動かせて貰えなかったので、「私を必要以上に病人扱いしてないか?」と訴えてみた。するとたちまちばあやには「ええ、ええ、私はずっー・・と、お嬢様には病人でいて戴きとうございます!その方が安心ですから!!」と怒鳴られてしまった。
・・・実際、私は病人ではないし、この怪我だって自然にしていれば十分完治する程度のものだと思ったのだが・・・ばあやにはかなわない。自分の身が大変な状態にあることを、頼むからもう少し自覚して行動して欲しいと再び怒鳴られ、その後ばあやは激しく泣き出した。
「ご無事で良かった。ご無事で良かった・・・」と何度も繰り返しながら・・・ばあやはいつまでも泣いていた。

私は死んでいたかもしれないのだな。と、改めて自分の甘さに思い至り、背筋が冷たくなるのを感じた。
生きているから痛みがあるのだと・・・この老婆のうろたえぶりを決して大袈裟だと思わないで欲しいのだと・・・ばあやが泣きながら訴えるのを聞きながら、あと少しで失うかもしれなかった命の重さを考えた。


      


「四年前の・・・ちょうどこれくらいの時期だった」・・・隣で懐かしい声が言う。

吹き抜ける風は涼やかという状態をとっくに通り越し、肌を撫でて行くのは冬の気配だ。
この間見上げた時よりずっと高くなった空から、真っ直ぐに降り注ぐ陽の光がとても貴重なもののように思え、思わず立ち止まる。

「覚えてるか?ちょうど紅葉の時期だった」


覚えている。四年前・・・おまえも紅葉したのか?と言われ、一瞬なんのことかと思ったが・・・・・。
不思議な男だ、フェルゼン・・・おまえの視点はいつも風変わりで、突然投げかけられる言葉のひとつひとつが妙に新鮮で、気が付けば交わす言葉すべてが、私にとっては忘れられない思い出となっている。


「あの木は相変わらずあそこで、ひとり佇んでいるんだろうなぁ」

「ああ、見事なくらいにひとり佇んでいるぞ。だいぶ見慣れたものの・・・やはり変わっている」

「おまえみたいにな、オスカル」

私を眺めて楽しげに目を細めるフェルゼンを見て、笑ってしまった。
ああ・・・これも四年前と一緒だ。
四年前と少しも変わらぬ風景の中に、同じく変わらない笑い声と、深い色をしたおまえの瞳。長かったような短かったような・・・意外な程の鮮明さで時間を遡る感覚に、いつしか私は引き込まれていた。


フェルゼンに命を救われて、私は今こうしていられる。
あの日以来、彼は度々屋敷を訪ねては私を見舞ってくれた。
ばあやなどは「命の恩人!!」と・・・これはさすがにオーバーだとは思うのだが、号泣しながら礼を述べたりするので彼もさぞ驚いたことだろう。それも訪問の度にだから・・・・・・
私としては最近のばあやの涙もろさの方がよほど心配だ・・・。
ともかく、そのように少々度を越した対応にも怯むことなく、フェルゼンは数日間に渡って私の容体を気遣ってくれた。ばあやにしてみれば彼が毎回抱えて来る見事な花束も、熱烈歓迎の対象だったのだろう。
理由はどうあれ、《異性から花束を貰う私》という構図に、彼女はいたく感動したらしい。ロザリーがこっそり教えてくれた話だから私にはよく分からんが・・・。とにかく、肝心のベルサイユに伺候する前に随分と気を使わせてしまったようで、正直心苦しい面もあったのだが・・・一言フェルゼンは「何故かおまえと話している時が私にとって最も心安らげる時間なんだ」などと真顔で言うので困惑する。

・・・彼は今回フランスに何をしに来たのだ?
考えてみれば一番気にかかる部分だが、・・・触れてはいけないような気がして・・・磔のような状態で、ただ私は見舞われていた。



「あまり熱心に介護されたせいか、こころなしかやつれた顔をしている」

フェルゼンはまだ笑い続けている。

さて、どう答えようかと思案する間に木枯らしが足元に小さな渦を巻き、色づいた木の葉をくるくると舞い躍らせているので、思わず視線を落としてみた。するとすかさず屈んで美しく色付いた一枚のもみじをフェルゼンは拾ってみせた。そして・・・「こちらのもみじの傷付いた枝が、早く治りますように」と呟き、包帯で巻いた私の腕にそっと紅い葉をのせ・・・微笑んだ。

秋の鮮やかな陽光に照らされた紅い葉の・・・紅い葉の色が眩しいくらいで、ふいにおかしなくらい胸が高鳴った。


何であったか・・・私は何の答えを探していた・・・?
フェルゼン、おまえに掛けるどんな言葉を探していた?




四年前と少しも変わらない・・・深い海のようなおまえの目を見て・・・私は私の中に・・・初めて微かな欲求が生まれる音を聴く。今までとは違う世界が、一斉に何かを奏で始める予感に心が騒ぐ。


よく晴れた秋の空から降り注ぐ光の束は、油断しているとまるで真夏の熱線のようだ。

私は熱でもあるのだろうか?絶対安静期間が過ぎ、久し振りに出仕したと言うのに・・・ああ、私は熱でもあるのだろうか・・・・・・?


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