オスカル様の匂い・・・。ああオスカル様のいい匂い・・・・・。
ゆっくり深呼吸をして目を閉じると、あの夜のことを思い出します。
あの時戴いた金貨が、ふさぎ込んだみんなの顔を笑顔にしました。
母さんにはふわふわの白パンと絞りたてのミルクで作ったバターとチーズ、それに新しい毛布を買いました。あとお薬も・・・。「信じられないねえ・・・」と何度も呟きながらお薬を飲んだ母さんは、少しの間つらい咳が止まって・・・お陽様に当てて暖めた柔らかい毛布の中で、何日間かぐっすり眠ることが出来ました。
いつも優しくしてくれた隣のおばさんは、あたしの傷んだ靴よりもっとボロの靴をはいていました。二人で並んで歩くとパカパカと空気の抜ける音の合唱です。雨の日なんかもう本当に大変で・・・おばさんは「裸足の方がまだマシだよ!」と口を尖らせ、二人で溜め息混じりに笑いました。でも道には危ないものもたくさん落ちているんです・・・おばさんったら夜道でうっかり釘を踏んで、左足に怪我をしてしまいました。だから、一番安いものだったけど、靴を買ってあげました。あたしからって言うときっと遠慮してしまうだろうから・・・夜中にそっと戸口の前に置いておいたんです。翌朝のおばさんはとても喜んでいました!「誰だか知らないけど有り難いよ、本当に有り難いよ・・・ロザリー、今夜はあんたんとこにも親切な靴屋が来ますように!」って。
いつもお腹を空かせて指をくわえて泣いていたピエールぼうやには、ミルクと蜂蜜の匂いがする大きなパンをあげました。ひと口ほおばって目を丸くしたピエールぼうやは「甘いパンなんか僕初めて!お菓子みたいだよロザリー!!」って大声で叫んで飛び跳ねました。「全部ひとりで食べていいのよ」って言ってもピエールぼうやはおばさんに似てとっても優しい子だから・・・半分ちぎってあたしにくれました。大きなパンは二人で分けて普通の大きさになったけど、「ね?お菓子みたいでしょ?お菓子って食べたことないけどさ。きっとこんな感じでしょ?」って嬉しそうに話すピエールぼうやの目は見たこともないくらいにクリクリと明るく元気よく輝いていました。
甘いパンなんて、あたしも初めてだったんです。あの時ピエールぼうやと一緒に食べたパンの味は生まれて初めて食べたお菓子の味。一生忘れません・・・。
魔法のようにみんなを幸せにした金貨。それと同じ色をした豊かな髪をなびかせたひと、コツコツと凛々しく踵の音を響かせながら馬車から降りて来たひと、優しく屈みこんで、あたしの手にしっかりと金貨を握らせてくれたひと。
振り向いて少し怒ったお顔で、あたしに話しかけて下さった言葉は・・・今でもハッキリと思い出せます。
オスカル様の匂い・・・なんていい匂い・・・。
ああ、ありがとう・・・ありがとう・・・・・あの時オスカル様のおかげで、みんなひと時の夢を見ることが出来ました。
「ロザリー・・・?どうかしたのか」
目を開けると、今は目の前に貴女がいます。
今あたしは貴女の匂いに包まれています。
あの時一緒だったみんなはもういないけど・・・あたしは、あたしは、今オスカル様のおそばでこの上なく幸せです。
ねえ、母さん?最後まで「信じられないねえ」って言ってたけど・・・今あたしの目の前にはあの時の天使がいます。
青い瞳で金貨色の髪をした、天使がいます。

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