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アニばらワイド劇場


第14話「天使の秘密」  ~アラス~




あれの言動に危惧の念を抱くようになったのは・・・
皮肉にも近衛連隊長に就任してまもなく、王侯貴族と決闘騒ぎを起こし、謹慎処分を受けた・・・あの頃からであった。

快進撃と言っていい程の昇進の辞令に、手放しで喜び色めきたったのは私だけ・・・
今思うとオスカル自身は確立されてゆく自分の地位や権力と相反するように国の実情を憂え、民衆の貧しい生活ぶりに同情し、殆ど奇怪ともとれる行動すらとるようになったのである。

・・・そう、それは同情だと思っていた。
飢えた子供を見れば哀れだと思い、理不尽にも奪われる命に遭遇すれば当然憤りもするだろう。
貴族の令嬢として、当たり前の育て方をしていれば、あるいは一生気付きもしなかったような出来事が、あれの心を乱し、ついには完全にその軌道を変えてしまった。



ここは覚醒の地であろうか・・・?

アラスの小高い丘に立ったレニエ・ド・ジャルジェ将軍は伏せていた頭を上げ、吹き渡る涼やかな風に目を細めた。

これ程までに穏やかな気持ちでおまえと向き合う事が出来る今、残念でならないのは・・・おまえが既にこの世のひとではないことだ・・・・・

娘の名前が刻まれた真新しい墓標を前に、ジャルジェ将軍は身じろぎもせず、険しかった道のりに想いを馳せる。

ふと気付くと、墓にかかる木の影がその姿形を変えていた。


もう何時間・・・私はここにいるのであろうか・・・?

日照時間の長いこの季節であったが、いつの間にか陽射しの勢いは失われ、迫る夕刻の予感に鳥たちがバタバタと気忙しい羽音を響かせている。


自然の中で耳を澄まし、これ程までに謙虚な気持ちで時を過ごした事が今まであっただろうか?

殺戮や喧騒とは無縁の長閑な田舎の空気の中、これまでの人生を振り返る将軍には、すべてが幻のように思えた。しかし、同時に決して元には戻らない厳しい現実は、老いた身体を貫くような痛みと共に将軍の上に重くのしかかり、圧倒的な力で彼の身動きを封じているかのようだった。



時折、吹き抜ける風に生命を感じる・・・

真夏の夕刻に吹く穏やかな風に癒されたジャルジェ将軍は瞼を開き、娘の名前からほんの少し視線をずらした。すぐ隣に並んで立つ墓には馴染み深く、これもまた愛しい男の名前が刻まれている。
深い長い溜め息をついてから、将軍は声に出し静かに語りかける。


「オスカルは幸せだったのであろうな・・・」


不自然な人生を強いてきた。あれが何を考え、何を望むかよりも、遂行せねばならない事柄が確かにあった。そして気が付けば・・・本当に大切なものが何であるかに思い至るきっかけを、私は何度も見過ごし生きて来てしまった。

「盲目だったのは私の方だ・・・」

今日何度目かの溜め息は、殊更大きく魂すら抜けていくかのようだったが・・・次の瞬間、意外にも老将軍の口元には微かな笑みが浮かんだ。

「だがアンドレ・・・おかしなもので、いま私の中にある感情は悔恨ではないのだよ。・・・娘には苛酷な人生を強いてしまった。しかしその娘は私の知らないところで自我に目覚め、いつの間にか己の意志で歩き出していたのだ。今ならはっきりと解る。あれを突き動かしたものは・・・決して同情などではない」

・・・そして・・・不自然がちゃんと自然に還って逝ったという事実、そのことに私は救われる。



「アンドレ、・・・オスカルと共に生きて幸せだったか?・・・二人は・・・幸せだったか・・・?」



誰が供えてくれたものか・・・深い眠りについた二人の足もとには美しい花束が飾られている。
可憐に結ばれたレースのリボンが風に揺れる度に、それは愛しい愛しい娘の姿と重なった。


「軍服姿しか知らんのに、妙なものだ・・・。オスカル、現金な父だと笑うか?」




二人にとってアラスは・・・覚醒の地なのであろう。
そして私にとっては・・・生涯追想の場所である。


地平線を真っ赤に染めて沈む太陽。
アラスの見事な夕日に照らされて、二つ並んだ墓標はオレンジ色に輝く永遠の礎となった。


      

              
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