ベルサイユ庭園をぐるりと取り囲んだ木立は、今年もいつの間にかその色を変えていた。そしてその姿に男は、例年通り一抹の寂しさを感じ溜め息をつく。
夏の間は青々と一斉に生い茂り、隙間なく立ち並んだ樹木たち。それが秋になり木枯らしが吹く頃になると・・・違う種類の木だったのだと思い知らされる。
いつまでも変わらない緑のままで佇む樹木もあれば、季節に色付いて黄色や赤に姿を変える樹木もある。
去年の今頃、庭園内に無数に存在する植木の中でやけに印象的な、なんだかとても親しみのもてるその木と出逢った。
緑のままの木立の中で何故か一本・・・色鮮やかに紅葉した木。
咄嗟に「自分のようだな・・・」と思ったものだ。
「自分は違う国の人間だったのだな」と。
私はもうどれくらい・・・この地に居るのだろう?
最初にここへ・・・フランスへ来た目的、気が付けばそんな事はとうの昔に忘れてしまっていた。
「何をしているのかな・・・私は・・・」小さく声に出して呟くと、余計に虚しさが込み上げ、行き場のない焦燥感が秋風と共にしみじみと身に染み渡った。
「違う人間なのだ・・・もうここに居るべきではない。そろそろ決断をしなくては・・・」
ベルサイユを遥か彼方まで貫く大運河。この時期は他の季節よりも更に遠くまで、その雄大な景色を見渡せるような気がした。空気が違うのだろう。冴え渡った大気はどこまでも冷たく、男にもう留まるべきではない事を教えている。
分かっている。・・・分かっているのに・・・決断できない・・・。
恵まれた環境に甘んじる事なく、努力してきた、今まで。そしてその努力は納得できる形で評価もされ、実を結び・・・満足できる人生だと思った。
・・・そうだ・・・自信に溢れた青春に、フランス社交界で最後の磨きをかけるつもりで・・・私は来たのだ。
それなのに、なんて愚かな今の自分なのだろう。
「フェルゼン!」
呼び止められた男は我に返り、声が聞こえた方を振り向いた。それから思わず・・・「ああ紅葉している・・・」と呟いた。
声の主はいつまでも清々しい純白の姿でいるものと思っていたが・・・いま視界に入ったオスカルは紅く色付いていた。
なんと華やいで・・・!眩しい立ち姿なのだろう。心なしか貫禄・・・こんな表現が女性の形容に相応しいかどうか疑問だが、貫禄が備わったようだ。
瑞々しい若葉がしっかりとした樹木に成長したのだろう。
そして・・・どんなに色を変えようと、その姿は相変わらず優しく、自然と心が洗われるような清廉さだった。
「オスカル・・・噂に聞いたよ。昇進おめでとう!驚いたな・・・しばらく会わない間に随分と立派になった」
近付いて来る紅い色をしたオスカルは、何故だか寂しそうな瞳をして、私を見つめていた。だから私は急に、なんだか居ても立ってもいられなくなり・・・「近衛連隊長閣下!」とおどけて・・・オーバーに敬礼などしてみせていた。
「・・・フェルゼン、その服装ではちょっと、敬礼は似合わない」
・・・真面目に返された。そしてその後・・・二人で笑った。久し振りに逢ったオスカルと、久し振りに笑った・・・。
「おまえも紅葉したのか?」
「・・・そう見えるか?」
そんな風にいつも真面目に返されると・・・うまく言葉が出て来ないんだがな・・・。
だからオスカル、おどけるのはやめて、素直な感想を言おう。
「よく似合ってる。紅い軍服・・・なかなかじゃないか。男じゃまず着こなせないからな!とても素敵だ。・・・今日、ベルサイユに来て良かったよ。君に逢えて、良かった本当に」
ちょっとうつむきながら静かに微笑むオスカルが、魅力的だった。
なんだかずっと眺めていたいような・・・安堵感にも似た不思議な空気が辺りを包んでいる。だが彼女はすぐに顔を上げ、「あの木を見ていたのか?」と私の背後に視線を移す。
振り返り、オスカルが見つめている方向に目をやると・・・、一本だけ、色の違う仲間はずれの木が、なんだか申し訳なさそうに佇んでいた。
「私みたいだな?」
「私みたいだろ?」
揃って同じ言葉を口にして、もう一度私たちは笑い合った。
二人の声が聞こえるのか、その場違いに佇む木はいっそう恥ずかしそうに木の葉を散らす。
笑ってくれるオスカルが、今はたまらなく有り難かった。
ありがとう、オスカル。ベルサイユに冬が来て、あの木が丸坊主になってしまう前に・・・決断するよ。
今年もいつの間にか、季節は木枯らしと共に哀愁を運ぶ・・・。
気が付けばもう、祖国には初雪が舞う頃だ・・・・・・・・・。
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