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アニばらワイド劇場


第10話「美しい悪魔ジャンヌ」 ~金貨~




追いつけるはずがなかった。

足元に目をやると、いい加減擦り切れた靴の先から白い爪先が覗いている。冷たい地面の感触を一歩踏み出すごとに思い知らされ気が滅入る。そのうえ紙切れほどの薄さまで磨り減った靴底は、石畳を走る衝撃を殆ど直に脚に伝え、ペタペタという気の抜けた音を周囲に響かせては余計に神経を疲れさせていた。

視線の先にある豪華な馬車はどんどんスピードを上げ、とても追いつけそうにない程の遠くの角を曲がってしまった。やがて車輪の音すら聞こえなくなり・・・パリの街は再び静寂と寒気に暗く重く包まれていくのだろう。


ロザリーは足を止め、息が静まるのを待ってから、改めて大きく深呼吸をした。
それからまじまじと、掌の中を覗き込む。

「やっぱり金貨だわ。」

初めて間近で見る金色の貨幣に、見たこともないくらいに美しかった先程の麗人の姿が重なる。
ロザリーは思わず目を細め、フラフラと煉瓦で出来た段差に腰をかける。そして今度は深い溜め息をついた。

「あたしのこんなボロ靴じゃ、追いつけるはずないんだわ・・・」

わざわざ声に出して呟いて、咄嗟に何の礼もできなかった自分を慰める。
・・・馬車の扉が開いた瞬間、いい匂いがしたっけ。
・・・どうしようもなく自分が惨めで情けなくて・・・顔を見られたくなくて・・・そんな時、扉を開けて出てきた人は、とってもいい匂いがしたの・・・。あたしのペタペタ靴なんかとは全然違う、よく磨かれたピカピカの革ブーツの音を颯爽と響かせて、階段を降りて来たいい匂いの人・・・。
あたしの方にかがみこんで「何故こんな馬鹿な真似をしたのだ?」って・・・優しい女の人の声で言ったわ。

・・・何故・・・あの方こそ何故男の姿をしてたのかしら・・・?
真っ白な・・・あれはたぶん軍服だわ。女の人が軍服を着てるって・・・一体どういう事なのかしら?


掌の中で輝く金貨をじっと見つめて、ゆっくりと目を瞑ったロザリーの瞼に、麗人の見事な金髪が思い出される。

華奢なのに驚くほど凛々しくて、真っ直ぐな後姿だったわ。
その方が振り返ってあたしに「もうこんな馬鹿げた事をするんじゃないぞ」って。
金髪で碧い目をした不思議な人が、ちょっと怖い顔をして「馬鹿げた事をするんじゃないぞ」って。
・・・すごく優しい声だったわ・・・

頑張ろう!・・・もう一度、諦めないで働き口を探そう!!諦めちゃ駄目。諦めちゃ駄目なんだ。


母さん、あたしが今出逢った人・・・きっと天使だわ。信じてくれるかしら・・・あたしは天使を見たの!


掌の金貨はいつまでも温かく、しゃがみこんだロザリーの心に光を灯す。
輝く黄金の髪と明日に希望をつなげた金色の貨幣。



「諦めないわ。」何度も何度も呟く言葉が次々と白い息煙に変わり、暗闇の中、不思議に優しく少女を包んでいく。

久し振りに安堵感を抱えて家路につくロザリー。
彼女の背中を・・・冴えた色をした黄金の月がいつまでも優しく柔らかく照らしていた。


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