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アニばらワイド劇場


第6話「絹のドレスとボロ服」 ~懐古~




見上げた空は、今日もまた抜けるような碧さだった。

王太子夫妻が初めて正式に首都パリを訪問した日から数日。
空から降り注ぐ陽射しは日に日に勢いを増し、庭園に植えられた緑という緑すべてが青々と生い茂り夏を呼び込む。
空の碧さと地上の緑、豪奢な宮殿を背景に跳ね上がる噴水は、いつの間にか空中に大きな虹のアーチを描いている。

今、ベルサイユは若い生命力で満ち溢れていた。



「あの時の我々の判断に間違いはなかった」

庭園を見下ろす巨大な窓から絶え間なく注がれる初夏の陽射し。ベルサイユにしてはやや武骨な調度品で揃えられた地味な部屋ではあったが、語り合う二人の軍人の心は明るかった。

「この陽射し、我々にはもう眩し過ぎるが眼下に並ぶ若き武人たちにとっては実に似つかわしい」

陸軍総司令官室から近衛隊の練兵場を眺めながら、ブイエ将軍の口をついて出た言葉は一抹の寂しさを感じさせたが、それは同時に世代交代を喜ぶ安堵の意味でもあった。

「三年もあれば、その人物の持てる力はすっかり測る事ができる。君は立派な跡継ぎを育てた。彼女は実に優秀な人物だと思うよ」

ジャルジェ将軍にとって気恥ずかしさは否めなかった。
ブイエ将軍はオスカルを常に『彼女』とあらわす。軍人として優秀な人物だといくら褒められたところで・・・娘に男のなりをさせているという不自然さは、このような何気ない瞬間で思い知らされる。・・・だがそれから目を逸らす事は許されない。オスカルは女なのだから。

短く頷きながらも恐縮したような面持ちで沈黙するジャルジェ将軍。その複雑な表情から何かを察知したブイエ将軍は、司令官の顔から友の顔になり豪快に笑ってみせた。

「彼女と言ったのが気にいらんのかね?我がフランスには類まれな才能と実力を誇る素晴らしい武官がいる。その人物は近衛隊長という地位につき、部下たちの信頼を一身に集め、何より王太子ご夫妻から深く愛されている。君の娘さんがその人だ。・・・オスカル君は、間違いなく人々の価値観を変えているんだよ」

ブイエ将軍の表情はいつになく優しい。軍隊という場において無謀な挑戦でしかなかった自分の決断が・・・今こうして認められ、未来を切り拓いてゆく。

「誇りに思いたまえ」

穏やかな口調でそう言うとブイエ将軍は再び練兵場を見下ろし、若き近衛士官たちを眩しそうに見つめた。


「あのように・・・輝いていた時があった。我々にも・・・」

細めた目線の先に隊長のオスカルがいる。副官のジェローデルがいる。そしてアンドレと大勢の近衛士官たちがいる。
引き継がれていくのだ・・・こうして。



青年の日々・・・紺碧の空を見上げながら神経を研ぎ澄ませ、体を張って一心に尽くした主君はまだ健在ではあるが・・・いずれそれも後継者に引き継がれてゆく。

「すべてはフランス王家の繁栄のために!」

心地よい懐古の中で同じ思いを胸に抱く二人の軍人。
その視線は初夏の陽射しよりも熱いものとなって若き武人たちに注がれる。



円熟期を迎え、益々濃く緑萌ゆるルイ15世という大樹の下、ベルサイユはまだすべてを焼き尽くす灼熱の太陽を知らない。

1772年、6月。地上に届く木漏れ日が、時折りあたりの異様な暗さを照らし出したとしても、ベルサイユは今最も幸せな時代を過ごしていた。


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