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アニばらワイド劇場


第5話「高貴さを涙にこめて・・・」 ~暴発~




「今回の爆発は偶発的なものではありません」

重苦しい空気が充満する窓のない小さな部屋。
今朝方起きた銃暴発事件を検証していた二人の近衛兵は、専門家の判断を待つまでもなく、事件が仕組まれたものである事を確信していた。

装填された火薬以外に発見された微量の粉。精巧ではあるが細工の痕も確認できる。むしろ次期国王を狙った暗殺事件としてはがさつとも言える大胆さだった。


オスカルは堪り兼ねた様子でジェローデルをにらみつける。

「何故このような事が起こる?」

質問の意味は二通りに理解できたが、迷っている場合でもない。

「次期王位を狙うオルレアン公が業を煮やして殿下のお命を狙って来るのは当然かと・・・」

「何故このような稚拙な手段で来る?」

やはりそっちか・・・。
ライン河の拉致未遂以来、頻発する事件の首謀者が分かっていながら捕縛できない現状に、隊長は憤っているのだ。いや・・・憤るという積極的な感情ではないかもしれない。むしろ・・・困惑?
特定されている敵が野放し状態でいること、権力者の前ではベルサイユは殆ど無法地帯であること。近衛の役目はここへ来て一気に複雑化し、少しの予断も許さない。

「何故バレないと思える?・・・その自信は何処から来るんだ・・・」

殆ど独り言に近いトーンまで声を低くしオスカルは鉄砲をみつめた。
栄光あるブルボン王朝の紋章はすっかり焼け焦げ、奇妙に捻じ曲がった柄の部分からは未だに火薬臭が漂い、もの言わずただ無残な姿を晒す王太子の鉄砲。


「パレロワイヤルを家宅捜索する事は・・・不可能なのです・・」

押し殺したような男の声だったが、静まり返った部屋では妙に大きく聞こえる。
思わず視線の先を鉄砲からジェローデルの唇に移し、同時にオスカルの意識はパレロワイヤルへと集中していく。
パリ市内に広大に構えたオルレアン公の居城。何人たりとも主の許可なく立ち入る事を許されず、国王ですらその内部に干渉する事を躊躇う程の鉄壁の要塞、パレロワイヤル。

「恐らく、この鉄砲も・・・そこで偽装され、夜のうちにすり替えられた。厳重な管理体制の下にある王族の持ち物をすり替えるという行為自体、誰にでも出来得る事ではありません。犯人は同じく王族、オルレアン公爵です。それなのに・・・」

きっぱりとした口調で断定的にものを言うジェローデルの言葉が勢いを失い、その場の空気が一段と重苦しさを増す。

「残念ながらパレロワイヤルには手出しできないのです。あそこは・・・言わば治外法権同然の領域で、国王でさえもみだりに踏み込む事を許されない。いつの頃からかパレロワイヤルは、反体制派の明らかな巣窟になっていると言うのに・・・」



ベルサイユで起きる不可解な事件の糸を辿れば行き着く場所、それがパレロワイヤル。

その糸はより強靭な天蚕糸となってパリ市民を扇動し、やがてベルサイユを、王室そのものを揺さぶり動かす強大な力を持つだろう。
目に見えない天蚕糸が変革を熱望する者たちを呼び寄せ、その情熱と野心とを糧に蜘蛛の巣のような狡猾さで増殖する。


まだ見えない、まだ聞こえない・・・。だが、得体の知れぬ不安感は王室警護を使命とする者たちをじんわりと震撼させ、ほんの微かな予兆は次々と肌を覆い神経の隅々に緊張せよと命じてくる。


ジェローデルの唇から再び無残な鉄砲へと視線を戻したオスカル。その目に痛々しく映る焼け焦げた百合の紋章・・・・・今度はそのまま、瞼を閉じる。



・・・・・・暗闇の中に迷い込んだ一匹の無邪気な蝶が、巨大な蜘蛛の巣に絡めとられ、喰い殺される悪夢を見た。



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