ヘッダーイメージ 本文へジャンプ
アニばらワイド劇場


第32話「嵐のプレリュード」~再生~




・・・それでね、聞いて下さいますか?
今日はほんのちょっとだけど、お話しする機会があったんです。兄の新しい隊長さんと。
兄ったらオスカル隊長の赴任以来、なんだかとっても楽しそうで・・・よく言うんです。
「殺風景な場所に場違いなくらいの逸材だ」って。
・・・いろんな意味でなんだって、後で付け足してました。

それと、オスカルというお名前なのですけど・・・『神と剣』という意味なんですって。

ヘブライ語なんて知るはずもない兄がどうして隊長さんのお名前の意味だけ知っていたのだろう・・・って。
私、それを考えるとおかしくなってしまって。
以前から知っていたわけではないと思うんです。ヘブライ語だもの・・・話す事はもちろん聞く機会だって読む機会だって、私たちにはありません。

ええ、・・・兄は、あれでいて結構心神深いところがあるんです。
私が小さかった時、忙しかった母の代わりに兄がよく夜更けまで物語を読んで聞かせてくれたことがあって、その時は聖書にまつわる話が多かったように思います。
幼い頃に父を亡くしたもので・・・母を助けてきっと大変なことがたくさんあった兄は神話に登場する英雄とか・・・そういうものに特別な憧れとかが、もしかしたらあったのかもしれません。こんな風に強くなって家族を守るんだって。

あ、私は赤ん坊だったので・・・父の記憶はありません。
父という言葉からはいつだって兄を連想してしまうんです。年の離れた兄妹だったので・・・ずいぶん可愛がって貰いました。

それで、兄は忙しい仕事の合間にきっと調べたんだと思うんです。
『オスカル』の名前の意味を・・・。
なんでわざわざって思います?尊敬する方には熱心に尽くす性格なんです。
ええ・・・その気持ちの前には相手が男性だろうが女性だろうが、兄にはそんなことは関係ないと思います。
驚かないで下さいね・・・オスカル隊長は、女性なんですって!


神と剣・・・・・兄ったら子供の頃に夢中になって読んだ神話の本のことを思い出したのかもしれません。
それで・・・ちょっと感動したのかも・・・。

え?オスカル隊長の外見ですか?
女性の身で軍隊におられるのだから、さぞや屈強なお姿を想像されていることでしょうね?私も最初はそう思いました。誰だってそう思うと思うわ。
でも・・・ご想像とはたぶん正反対、だと思います。
お美しい方なんですよ。
今日言葉を交わして、益々そう思いました。

・・・お美しい方なんです・・・本当に・・・・。


・・・あぁ、私、自分の言いたいことだけ言って・・・お返事も聞かず走って帰って来てしまいました・・・。
あの時なぜか急に、涙が溢れそうになって・・・・・どうしてもそれ以上お話しは出来ませんでした。
いろいろな想いが込み上げました・・・・・白馬に乗ったオスカル隊長を見ていたら、いろいろな想いが込み上げたんです。
あの・・・、不思議な感覚でした。
・・・一瞬、子供の頃の・・・兄の姿も脳裏に浮かんだりして・・・・
オスカル隊長と兄は全然タイプが違うんですけど、・・・なんていうのかしら・・・兄の頭にある憧れの存在を見た気がしたんです。
あ、これは全部私の想像ですけど。
ふふふ・・・兄にしてみれば「また何言ってやがる」って感じかもしれませんね。


えぇと、私の感覚だけで言うと・・・オスカル隊長は英雄よりも女神様や妖精のイメージです。
そう・・・たとえば・・・アポロンが恋するダフネという妖精がいるんです。森の中を颯爽と駆けてゆく美しいひとです・・・。恋焦がれたアポロンが追いかけても追いかけても捕まえられない、風のようなひとです。

しなやかな身体に風になびく綺麗なブロンドの髪、・・・本当に場違いなくらいに、新しい隊長さんは美しい方でした。

あぁ、ごめんなさい!!私ったら・・・これでは昼間と同じだわ。ひとりで勝手にお喋りして、本当にごめんなさい。


そうだわ!・・・これを一番先にご報告しなきゃいけなかったんです。
今日、兄に私たちの結婚のことを話しました。
照れ屋の兄なもので短い会話でしたが・・・心から祝福してくれました。
私、嬉しくて・・・今夜はついつい余計なことまで喋り過ぎてしまったようで・・・恥ずかしいです・・・。


・・・・・貴方・・・?
あの・・・どうかしたんですか?
何処を見ているの?何故そんな哀しい顔をしているの・・・・・・?



        



「そういや、ディアンヌが結婚するらしいんだ」

パリ・オペラ座へ向かう馬車の中、昼間よりも大きく響く石畳の感触に揺れながら、軽快な口ぶりでアンドレが言った。

「ディアンヌ・・・?」

「アランの妹だよ。自慢の妹だって言ってあいつ、大事にしてたらしいんだ。なんせ、アランのガードが固いせいで、誰も近付けなかったんだってさ。・・・でも、兄貴の見ていないところでいい男が出来たってことらしい。知らないうちに大事な妹を掻っ攫われて、アランのやつ、寂しそうに笑ってたよ」

友達の小さな不幸を笑いながら語るアンドレ。その様子をふと横目で見て、口ぶりとは裏腹に瞳が愁えているのに気付く。

「そうか・・・」

「俺にも妹がいたとして・・・・・と想像してみたが、分かるような分からないような・・・。さぞや複雑な心境なんだろうなぁ・・・・」

どこかもの悲しさが漂う口調に変わり、アンドレが静かに目を閉じた。
何を考えているのだろう?と思い、横顔を覗き込む。するとアンドレの唇が微かに動いて一瞬微笑んだかと思うと、次に小さな溜め息をついた。


「相手が・・・その、もし自分が見込んだ男だったとしたら・・・その辺りの心境に多少の変化があったりするのだろうか?」

私の投げかけた質問に、アンドレは少し大袈裟なくらい眉間にシワを寄せてみせると一呼吸おいて、あるんじゃないかな・・・と答えた。


「・・・たとえば、おまえがその相手だったとしたら、どうだ?」



こんな話をするのは久しぶりだった。
随分長いこと・・・何ヶ月か、何年か・・・会話どころか目を合わすことさえ、私たちは臆病になっていたような・・・そんな気がする。
私もアンドレも、もう子供じゃない。お互い何を考えて、そしてどう行動するのか、手に取るように分かったあの頃は遥か昔のこと。だから、今はこんな些細なことでお互いの反応をうかがいたくなる。


「ん?どうなんだ?アランの心境に変化はあるのか?」


もう一度、アンドレを覗き込んで訊いてみる。すると彼は目を閉じたまま「んー・・・」と唸ったかと思うと、一言、「張り倒されるんじゃないかな?」と呟いた。


「・・・アランのやつ、熱くなると手が早くなるのは困りものだな・・・!」

なんだかおかしくなって、からかい半分同情してやる素振りをみせると、先程よりも深く寄せた眉間のシワを中指でこすりながらアンドレが身を乗り出した。


「そう、それはそうだ!人の話は最後まで聞くものだ。・・・けどな、オスカル、張り倒されるにもいろいろ理由があってな、この場合、アランの心境が問題なんじゃない。ディアンヌがどんなに素敵な娘でも、俺は彼女を貰えないな。残念だが、この縁談は断るしかない」


「何故だ?」と訊く必要はあるまい。うつむいて複雑な笑みを浮かべるアンドレを見て、何やら特別な感慨が自分の中に湧き上がる。

「その前に、ディアンヌの方が冗談じゃないって、言うかもしれないのにな!」

そして私は・・・急におどけてみせるアンドレの、彼の醸し出す空気のその居心地の良さを・・・改めて感じて、そして安堵する。


居場所というものがあるならば、ここは確かに私にとって、特別な・・・特別な場所であるのだろう・・・。


          
       



オスカルのやつ、どういうつもりで訊いたのかな・・・。
俺は、俺は・・・兄貴の心境なんてものは解らない。
たとえ話でも、誰かと所帯を持った時のことなんか、想像すら出来ない。
俺は、自分のことしか解らない。
他人なんて、どうでもいいさ・・・・・

オスカル、このまま消える命なら、もっと伝えたいことがあった。
もっともっと・・・伝えたいことがあったのに・・・・・・・。



絶体絶命の危機にあって、アンドレの脳裏に浮かぶのはオスカルのことだけだった。
深夜というわけでなく、またこの辺りは危険地帯ではない。
襲われた場所は厳重に警戒せよとの命令が下されている暴動頻発区域などではなく、かつて花の都と謳われたパリの中心街だった。
ベルサイユ宮からパリ・オペラ座へ、夜遊びに興じる幼い王妃に付き添い、笑いさんざめきながら通った道は、いつしか憎悪と殺意の渦巻く刑場となり、今、二つの命が消えようとしていた。


そう確かに、暴徒が去った現場に取り残されるのは二体の屍・・・であるはずだった。
二つの命は、しかし燃え尽きる寸前で救われる。
運命を変えたのは、またしても・・・あの男だった。
鬼畜と化したパリ市民が凄まじい形相で叫んだ名前、聞き慣れると同時に呼び慣れたその名前の主は、異国の貴公子・・・この世で二人といまい。


身体中叩きのめされた感覚はむしろ生きている証としてアンドレの神経を刺激し、正気を保たせているようだった。
縛りあげられ自由にならない身体は他人のそれのようで、痛み自体は不思議なくらい気にならない。九死に一生を得た男の頭にあるものはもう一方の命のことだけ、死の淵から、もしも自分だけが救われたのだとしたら・・・?
堪えがたいのは痛みではなく容易に動けぬ事へのもどかしさだった。必死で起き上がろうとすればするほど何も出来ない。せめて激痛でも走ってくれればいいものを!ビリビリと痺れるような感覚以外、機能の失われたような身体は数センチずるりと引きずるのが精一杯でとても立ち上がれず、男は這う事さえ出来ない。

「オスカーーー・・ル!!」

絶叫してみたところで周囲からは何の反応もなく、不甲斐無さに発狂しそうになりながら身体をよじる。

その時・・・・・声を聴いた・・・・・。

馬車が焼かれるばちばちとした音が静寂の中ではまるで轟音のように響き、黒煙の焦げくさい臭いと迫りくる熱気の中で・・・その声を聴いた。




俺の名を呼び駆け寄って来るオスカルの姿を見て、ようやく生きた心地がした・・・・・。
しかし、次の瞬間にはまたも悲惨な事態であることを思い出す。うちひしがれ壊れてしまいそうになるおまえの姿が頭を過ぎり、状況の深刻さにやりきれない思いで俺はいっぱいになった。


表情の確認できる距離まで来て一旦立ち尽くしたオスカルは、ボロボロになってはいるものの特に大きな怪我を負っているようには見えず、不幸中の幸いだとまずはそれを神に感謝する。
次に心配な事は・・・何があったのか分からない自分にはかける言葉が直ぐには見つからなかったが、蒼白なおまえの顔を見て、恐らく今この瞬間命の危機にあるだろう男のことを想う。


「・・・フェルゼンが居たのか・・・?」

なんとか身を起こし、何も答えず呆然と立ち尽くすオスカルにもう一度、声を掛ける。


「オスカル・・・フェルゼンが、救ってくれたのか・・・?」



       


手遅れだった時のことなど考えたくもなかった。
駆け戻った時、石畳に横たわって動かないおまえを見て、凍りついた。
生きた心地がしない・・・身体の感覚がすべて消えて、何も聞こえなかった。

しかし、時間は動き出す。
ゆっくりと身を起こしたおまえは私の名を呼び、私を見つめた。

涙が溢れそうになった。



      


止まった時間が再び動き出したかのように、駆け出したオスカルは、異国の貴公子ではなく“俺”の名前を呼ぶ。
そして・・・出逢った頃のように体を寄せて、涙を流した。

あぁ、おまえの体温が伝わり、身体の感覚が戻ってゆくよ・・・・・

肩に回された腕があまりにも細く、小さく震えるような泣き声があまりにも儚いので、俺は・・・こんな情けない状態でいるにも関わらず、たまらなくおまえを守ってやりたい・・・そう思った。


オスカル、オスカル、愛している。おまえが生きていて、良かった・・・・・





「なぁオスカル、どうせなら・・・先に腕の縄をほどいてくれないか・・・?」





      


暴徒に襲われかなりの重傷を負ったアンドレだったが、当初の心配などものともしない快復ぶりを見せ今日から隊に復帰するという。目のこともあり、無理をさせてこれ以上の後遺症などが残ってはたまらないのだが・・・もっと休めと言って聞く相手でもない。


パリの街はいよいよ、私たちの知る姿から様相を変えた。

戦場から帰ったフェルゼンに、現状を見よと案内して回ったあの日。今にして思えば・・・あの時はまだ微かではあるが希望や可能性といったものが残っていたのだと思う。
王室と民衆の断ち切れた絆をどう修復するか・・・・・あの怒声の中にある悲しみや苦しみを救い上げてやらないこ事には、フランスに明日はないのかもしれない。そして、決して容易ではないその道のりを思うと・・・受けた傷の痛みが激しく疼いて、目の前の景色を遮るのだ。


だが、・・・修復できる絆もある。


千切れ、砕けたと思い込む事で踏み出せる道になど未来はあるまい。
私の人生とて同じなのだと、ふと気付く。
自然でいることの難しさを痛感する日々・・・だが、救われた命を生きる間、大切なものに気付ける人間にならなくてはいけない・・・と、思う。


しかし・・・つくづく、タフな男だ。
私よりもよっぽど痛手だったというのに、まるで何事もなかったかのような顔をしている。
身体に受けた傷など、おまえにとっては微々たるものか?
いつだって・・・動揺を隠し切れないでいるのは私の方だ。



「アンドレ」


振り向いた顔が明るい。
そして、気付いたことがもう一つある。
私は、おまえの姿を見て・・・いつもの一日が始まるのだな・・・と思っているらしい。
昔も今も。そして、これからも。





「アンドレ、それにしても・・・軍服の似合わない男だな」


「こんな短期間で大怪我を克服し、いざ、今日復帰しよう!という人間に・・・隊長がかける言葉か、それが?」


軽口を叩ける程に回復したことを神とフェルゼンに感謝しつつ・・・アンドレに触れてみた。

「軍服を粋に着こなすにはな、コツがあるんだ。ちょっと貸せ・・・」




アンドレ・・・見慣れぬ軍服が板に付く頃にフランスは・・・そして私たちは、一体どうなっているのだろうな・・・・・。





    

アニばらワイド劇場TOPへ戻る

フッターイメージ