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アニばらワイド劇場


第31話 「兵営に咲くリラの花」~波紋~



降りしきる雨の中、突如乗り込んで来た憲兵隊がラサール・ドレッセルを連れ去った。
死神のごとき無情な態度で奴らはラサールを尋問し、殺すのだろう。
裁判どころか恐らく一言の弁解すら許されまい。
哀れラサール!!B中隊一臆病で影の薄い男の命は、紙切れ一枚よりも軽く、たいした記録も残さず明日明後日にはこの世から消え去ってしまうに違いない。

・・・誰のせいだ・・・?

ラサール・・・なんだってよぉ・・・・・要領の悪い奴なんだ・・・。
野郎、いつだって一人で損してやがる。初犯で憲兵隊に挙げられあっさりお陀仏なんてさ・・・いくらなんでもあんまりだ。

誰のせいだ?一体誰のせいでこんな事になったんだ?誰のせいでラサールは連行されちまったんだ!?

      


突如命じられたスペイン王国のアルデロス公護衛の任務。
これまでの衛兵隊B中隊の経歴を鑑みて、これは極めて異色の任務と言えるが、振り返ってみるまでもなく過去の実績から特に見込まれた末の命令などではない。実際どうしても守らなければならない人物ならば天下の近衛連隊が護衛するのが筋だろう。近衛とはそういう仕事をする為の専門の軍隊ではなかったか。

ったく・・・今みたいな状況で一体何しに来るのかは知らねえが、それでもわざわざスペインからやって来るって奴らを華々しく護衛してやる役目を担うのはどう見たって俺たちじゃねえ。
外国の物好きが呑気に物見遊山中、暴民に襲われ殺されでもしたら流石の厚顔フランス王家も諸外国に対して申し開きが出来なかろう・・・ってわけで、これは何処かで保護しなきゃならねえわけだが、かといって全て犠牲にして必死で守らなきゃならねえ程にはアルデロス公って奴は重要人物じゃあねぇ。まぁ、こんな時でも見栄を張りたい程度の国賓ではあるが、出来ればお偉いさん達は危険を冒したくないんだろ?

というわけで、面倒な役目を丸投げしてやるのにちょうどよかったのがオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ。

で、運悪くそれは今フランス衛兵隊B中隊の隊長の地位にあり・・・俺たちの上官だったちゅうわけだ。


      


実際あんなに危険で面倒臭い任務はなかった。荒れた市民に絡まれたり焼き討ちや爆弾騒ぎに巻き込まれるのならまだ分かる。っていうか命が脅かされそうな現場なら、正直俺たちは近付いていない。とにかく、最初からテロリストのターゲットにされるのを承知で出動するなんざぁ~・・・耳を疑うぜ、隊長さんってなもんだ。


遡ること一ヶ月、今日から女が隊長と聞いてナメるなふざけるなと憤った野郎が殆どだったが、中には荒んだ任務から解放され、これからは王家の軍隊たる少しは優雅でまともなお役目に与れるのではないかと期待した輩も居たに違いない。少なくとも俺はそのクチだ。そんな少数派の淡い期待をだ、木っ端微塵に吹き飛ばす程にあれは凄まじい女で、その女が持って来たアルデロス公護衛の任務なんざぁ特殊を超えた、まさに命懸けの修羅場だったわけだから参っちまう。

そしてテロリストの放った凶弾の犠牲になり、実際に何人もの仲間が死んだ・・・。

      


ラサールが連れ去られた後、呆然として口をつぐんだ隊員たちの中で最初に声を上げたのはアランだった。
なんとも妙で・・・それ、今いう事か?と周りの誰しもが思ったと思う。



「おいアンドレ、おめえ何年あの女に雇われてるんだ?」

突然尋ねられ困惑気味の片目を振り返り、アランは「ヘッ」と一瞬笑ったかと思うともう一度、今度は奴の胸ぐらを掴んで「何年あの女の従僕やってるんだって訊いてんだよ!」と怒鳴り、次の瞬間には「おめえ、不自由なのは左目だけかと思ったぜ・・・」と溜め息をついた。

「おい・・・ふざけるなアラン・・・オスカルはそんな事しない。ひどい誤解をしている」

片目は一人で結論を出してしまったかのようなアランを見て焦ったようだが・・・俺たちにしてみれば二人のやりとりは何が何だかサッパリ分からねえ。とりあえず、ラサールを憲兵隊に売ったのが隊長だと思い込んだアランに、片目は「それは違う」と言ったんだろうが、・・・まぁその他の複雑な事情なんて、有ったところで別に知りたくもねえ。



「なぁアンドレ。・・・目ぇ覚ましてやるよ」

突っ走った恐ろしい形相でボソッと呟いたかと思うとアランは「よぅ、司令官室に行きたいんだがなぁ。おめえ、付いて来るだろ?」と言い、依然困惑顔の片目を鋭く睨み付けた。

       


アルデロス公を護衛せよとの任務は・・・多大な犠牲を払ったものの守るべき対象の命はなんとか取り止め、よって任務自体は成功という結果で終わった。

薄々気付いていた事だが・・・ピエール・モーロワはこの期に本格的な反逆行為に打って出たらしく、これまた思った通り見事な返り討ちに遭い、呆気なく死亡した。

懲りない奴・・・では済まない。
これは確かに衝撃的な出来事ではあったが、その後のテロリストとの攻防戦があまりに凄まじかった為、これはその前に起きた小さな出来事になってしまい、あやうく奴は静かに忘れ去られるところだったんだ。ところが、後からアランが「俺たちが片をつけた」と言うのを聞いて、改めてそれは突発的な事件などではなく、そういう時代が来たのだと・・・・・・・

昨日までの同胞が今日はテロリストとなり直ぐ隣から銃を突きつけて来る異様な感覚に、俺の全身は鳥肌でぼこぼこになった。


ピエール・モーロワは隊長を狙撃しようとして失敗し逆に命を落としたわけだが、奴が常軌を逸した行動を取るようになったのは何も昨日今日のことではない。隊長が着任するずっと以前・・・何ヶ月か、もしかしたら何年か・・・パリの街が優雅さを忘れ殺伐とした空気だけが充満するようになった頃から、奴は目の色を変え、貴族を罵倒し、何処か遠い世界に気持ちが吹っ飛んじまったような危ない態度を見せるようになっていた。それが異常かと言えば・・・正直どうでもよかった。そんな事いったら世の中みんな異常だ。誰も彼もが凶暴化し、どんな時代が来るんだ?これから一体どんな時代が来るんだ?という事ばかり。

腹が減るのにはもう慣れたが、やべえ妄想で仲間が自爆していく現実には堪えられねえ・・・。
・・・さすがに、堪えられねえよ・・・。

      
       


思ったよりずっと根性がすわってる新任の隊長は、今まで俺たちが思い描いていた金髪美人の幻想をたった一ヶ月で徹底的にブチ壊してくれたわけだが、一方でやっぱり女ってのはよぉ~・・・とも思わしてもくれた。
とんでもねえ破壊力のわりには妙に慈悲深い・・・女だからって理由じゃいまひとつなんだが、女だからよぉ~って思っとくのが結局一番納得できるので、まぁ仕方ないわな?

・・・しかし、女なんだろ?腕が立つのは分かったが、なんで女が軍隊にいるのかって基本的なところが全く分からねえ。



攻防戦で殉職した4名と重傷を負った数名の隊員、ついでに自分の命を狙って果たせず死んだ軍服を着たテロリスト1名。
軍葬の経験は何度かあるが雨の中で一兵卒の亡骸にひたすら頭を垂れ続ける司令官というものを俺たちは見た事がない。
自分が司令官として赴任して来た事がこの隊にとって最大の不運だったのではないかと、自責の念に駆られているかのような、そんな姿に、ふと俺は軍人であることを自覚した。
不思議なことだが・・・俺は軍人だったのだと、自覚した。

軍隊に入った理由なんか今更特に思い出しもしねえし、それ以上にこの先あれをしようっちゅう理想も何もねえんだが・・・いま俺は軍人なんだと、思い至った。

       


「死んだ奴のことをあまり悪く言いたかぁねえけどよぉ、奴だったらやりかねないと思うぜ・・・」


先程までの決闘の興奮がようやく冷め、落ち着いてみれば何の解決にもなっていないような鬱積した空気の中、一人の兵士が呟いた。

「隊長じゃないってのか、密告したのは」

小さく呟くもう一人の兵士。内心引っ掛かってたところを声に出しふっと力が抜けたようになった数人の気配を感じたのか一方で声を荒げる男が居た。

「何言ってやがんだ、あの女以外に誰がいる?だいたいなぁ、未だになんであの女がこんな下っ端の指揮官になりに来たんだか全く分からねえ!!分からねえ相手を信用できるか?やった事ねえ特殊任務を押し付けられんのも、それで仲間が死んだのも、ラサールが連行されたのも、全部あの女のせいだ!!アランだってそう思ったから決闘になったんだろうが!」

「・・・分からねえってのは否定しねえよ・・・でもさ、アランの奴、なんていうか・・・変に感情的でよ・・・いつものアランらしくねえっていうか・・・なんか怒りの出どころがよ、それこそよく分からねえんだよ・・・」

「一方的に隊長が密告者だと決め付けてたな」

「だろ?なんでだよ?」

「知るか!お前こそ何細かいこと気にしてんだよ!!あの女を信じられるのか、お前は!?」

「ラサールは信じてたからよぉ・・・・・」

「ああ?」

「ラサールが、妙にあの女のこと・・・信じるってのは変だな・・・懐いて・・・ってのも違うな・・・なんちゅうか、ときどき隊長って呟いて、笑ってたなぁ・・・」

「・・・馬鹿なのか?」

「おう、あいつは馬鹿だな・・・」

「ラサールの奴、女ってだけで母ちゃんでも思い出してたんじゃないか?」

「・・・あんなに過激な母ちゃん居るか?」

「そういう問題じゃないだろ?」

「・・・お前ら、いい加減にしとけよ・・・」


血管が今にも切れそうになっている男の顔を見て再び隊員たちは沈黙してみたものの、納得し難い今回の出来事に誰もがもやもやとした晴れない心を抱いていた。


「あのよぉ・・・ちょっと気になったんだが、ラサールが銃を売る時、仲介してやったのはピエールで・・・奴はもうこの世に居ない。けど奴には仲間が居たって事だろ?それこそ、密告なんてそんな細かい事するかどうか分からねえが、隊長を陥れる気なら念には念を入れて・・・って事もなかったとは言えない。それかもっと単純に、ラサールが目障りだったのかもしれねえぜ・・・その・・・貴族に尻尾振ってるような、そんな態度に見えたのかもな・・・」

         



降り続く雨が黒い水溜りとなって、そこにいくつもの波紋が起きる。
静かに調和した水面にひと雫が落ちてさざ波が起きるように結束と疑心とが跳ね返り合い、芽生えた友情に影を落とす。



わき腹を裂いた感覚があの女にあったかどうかは知らねえ。
・・・何、かすり傷程度だ。あのまま何食わぬ顔して、ブッた斬ってやる事だって出来たんだ。
・・・けどよ、それじゃ分からないままだ。


あんな女のどこがいいんだ・・・?
どこに、そこまで惚れる価値があるって言うんだ?


濡れた軍服がべったりと傷口に張り付き、血が滲み続ける箇所がどす黒く変色していた。
髪の毛から滴り落ちた雨粒が目へと流れアランの視界を遮る。


アンドレもラサールも、何を見てやがる・・・・・あの女の一体何を見てやがる・・・・・




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