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アニばらワイド劇場


第28話「アンドレ 青いレモン」~想い~




・・・後悔なんかしていない。
もう、限界だった・・・・・俺もおまえも・・・。

          
     


夜中だというのに“RES ECURIES”は相変わらずの賑わいをみせていた。

いつの頃からか、この店には有名無名を問わず革命家を志す若者が集まるようになり、昼も夜も客足が途絶える事がない。首飾り事件の折には堕落したベルサイユの実態を声高に言及し、無知な民衆を扇動するかのようなパフォーマンスに出るサディスティックな人間も多く居たものだ。


・・・何が分かる・・・?何が分かるって言うんだ?そいつらに、ベルサイユの一体何が分かる?



何倍目かのグラスを空にしながら、男はぼんやり思考を巡らせる。

黒い騎士事件、まぁ・・・あんな形ではあったが少しは民衆の鬱積した思いが発散された出来事ではあったろう。知ったかぶりの偽善者が街中でそれらしい事を叫んでは人々の怒りを煽っていた悲惨な日々。だがそういう場面は最近少しだけだが落ち着いたように思える。
生死不明でぱったりと姿を消した黒い騎士。彼への失望とそれでもわずかに残った淡い期待。そういうものが未だパリの街には見え隠れしていて・・・
一応“真実”を知る俺としては、なんだか妙な気分だ。


空になったグラスでなんとなくトントントンとテーブルを叩きリズムを取りながら、男は深い溜め息をついた。

黒い騎士か・・・・・・・。
奴と関わった出来事が随分と昔の事に思える。

あれ以来、俺の人生は一転したか・・・?それとも何も変わっちゃいないか?
まただ・・・左目が焼け付くように痛い。
役に立たなくなった眼球が、燃え尽きてすっかり消滅しちまって、それで意識がなくなって、体もみんな消えちまって・・・そうすれば少しはスッキリするだろうか?

手酌で再度グラスを満たし、強めのブランデーを一気にあおりながらカウンターに突っ伏す。
朦朧となる視界とは裏腹にやけに冴える自分の耳に男は殆ど困惑しながら消え入りそうな声で呟いた。

「なんだよ・・・今夜も眠れないのか・・・」



      


「アンドレ・・・?アンドレじゃないの?」

聞き覚えのある声だった。

「やだっ!驚いた!!・・・ちょっとあんた、ねぇ・・・どうしちゃったのよ・・・?」

気力を振り絞って・・・なんて大袈裟だけど、見上げてみるとちょっとばかり懐かしい女が立っていた。
見えるより先に、隣に来た時に、匂いで分かった。


「なに・・・?変装中か何かなの・・・?もしかして誰かにつけられてるとか?・・・ねぇ、本当に・・・あんた此処で何してるの?」


じわじわと笑いが込み上げて来て、吹き出した。
久し振りに会って彼女のこの遠慮の無さぶりが、ちょっとだけ清々しかった。
君こそ、どうして此処にいるんだ?と訊きたかったが・・・初めて彼女と出会った場所も確かこの店だ。

この時刻のパリは、案外狭いもんだな・・・。



「よく俺って気付いたね、ポーラ」




眉間に皺を寄せていた女の顔がぱっと明るくなった。

「気付くでしょ~?情けないこの背中。だらしなく酔っ払ってカウンターで潰れる後姿。・・・どう見てもアンドレじゃない。・・・目をどうかしたの・・・?なんだか、荒れた海賊みたいな風貌になっちゃってるわよ・・・」

カウンターにもたれ掛かかって伸びかけた髭をバツが悪そうに撫でる男を覗き込みながら女は続けた。

「髪、切ったの?・・・・・あたし、会えない間、思ってた事があるのよ・・・・・あの有名人、もしかして、あんたなんじゃないかって・・・」

店内の様子を気にしながら、ちょっと目をひそめ小声で尋ねる女の仕草は・・・全然雰囲気が異なるも不思議と愛しい人のそれと重なって、おかげで半分以上酔いが醒めてしまった。

「街中に貼ってある似顔絵、なんとなく似てると思って・・・そうしたら今のあんた、本当にそっくりだわ」

好奇心に満ちた視線を注がれ、やれやれ・・・そろそろ目を逸らそうかと思った矢先「大変なことがあったのね・・・」とポーラが両手で顔を覆い、涙を零した。


「とんでもなく無茶な真似をしたんでしょ・・・?失くしたのが片目だけで・・・よかったのよね・・・?」

涙声で呟いたポーラの震える小さな肩を見て、俺は初めて・・・アルコール以外の何かに救われた気がした。



「ああ・・・よかったんだ。失くしたものは片目だけ・・・助かったよ・・・本当に」


一瞬顔を上げたポーラがだいぶ複雑そうな表情で俺を見ると、さっきよりもっと小さな声で「よかったわね・・・」と呟いた。

       


隣に座ったポーラは涙でちょっとだけ赤く腫れた目をぱちぱちと何度も瞬きして「ご主人様と何かあったの?」と訊いてきた。
何故こんな質問が飛び出すのだろうかと不思議に思っていると、「ご主人様に何かして来たの・・・?」と若干質問の内容を変えてきたので・・・「は?」と、思わず狼狽してしまった。

「・・・何かいい事、ないかしらねー・・・」

頬杖をついてカウンターの灯りを見つめるポーラのマイペースぶりに翻弄されかけながら、再びグラスをあおってみる。
・・・具体的に、彼女にオスカルの話をしたことは一度もなかったが、女性と言うのは男が想像するよりずっと敏感なものなのかもしれず・・・すると酔った弾みで断片的に漏らしてきた俺の紆余曲折物語なんかを万が一覚えていられたとすると、いま俺は「ご主人様に何かして来た風体」に見えるらしい・・・。


「あのね、そうなんじゃないかなぁ~と思って。そろそろそんな展開、あってもいいんじゃないかぁ~と思っちゃって。・・・よく分からないけど・・・」

俺の心が読めるのか、頬杖をついたままチラリと俺を見て、ポーラはクスッと笑った。


「でも、大変よね。私たちが考えるよりずっと大きな障害がありそう。あ・・・知ってる?今パリで流行ってる小説。タイトル・・・なんだったかしら?貴族と平民の恋人たちの話なのよ。それでは結局二人は不幸な結末を迎えるらしいけど・・・何が不幸で何が幸福かなんて他人にははかれないものよね・・・。生まれて来て心から好きだって思える人に巡り逢えただけで、それだけで十分幸せって人も・・・世の中にはいるんじゃないかしら・・・
その中でもし・・・相手の人を独り占めしたいとかってなれれば、それは一歩も二歩も進んだ恋なんだと思うわ!だって、まったく可能性がない事を人は行動に移したりはしないもの・・・。何か出来たのなら続きが必ずあるわ。・・・生きてる限り、前進しないとね!」

思いがけず得られた激励の言葉にどう返していいか迷ったが、口をついて出てきたのは、たいした台詞じゃあなかった・・・

「そんな・・・そんな前向きでいていいあれじゃないんだ。俺のした事は・・・・・」


「ちょっと、もっと自信持ちなさいよ。しでかした事はもぅ仕方ないじゃない。それに、悔やんでるわけじゃないくせに。って、何があったのか私は知りませんけど。・・・ひとつ言える事はね、好きなら好きでいた年数分、ビシッとしてなきゃ駄目よ!男も女も、好きなら好きなぶん堂々としてなきゃ。特に男はね、ビシッとしなきゃ駄目なのよ!!」

何故か怒り出したポーラは俺の手からグラスをもぎ取ると一気に中身を飲み干した。

目から鱗、ではないけれど・・・俺は今日一晩で二度、彼女に救われたような気がした・・・。



「ポーラ・・・今夜、君に会えて、よかったよ」


「そう?・・・よかったわね・・・!!」

        
      


RES ECURIESの帰り道。


もうすぐ夜明けを迎える空が薄いピンク色に染まり出す頃が、一日で一番寒いの。
・・・別に、送って貰わないでも大丈夫よ。私には私だけが感じられる幸せがあれば、それでいいわ・・・。

可能性のない事を人は言ったりやったりはしないけど・・・想うことくらいはするのよね。



今夜、もし一緒に過ごせていたら・・・・・
アンドレ、私の恋も・・・一歩前に進めていたのかもしれないわ・・・・・。


   現在のRES ECURIESの店内写真
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